第335話 蛇足
蒸気機関車がけん引する鉄道の試乗会を無事終え、昼食会で各国大使たちと歓談した。
大使ともなると、それなりにわがライネッケ領の実力を垣間見ているはずだが、こうやって公にされた技術に度肝を抜かれたはずだ。
試乗会の翌日。
発電機の公開実験を視察した。すでに蒸気機関を使った小型の発電機は稼働している。今日の発電機は永久磁石を使わない励磁方式の発電機だ。小型発電機で作り出した電流で回転子の周りの鉄(固定子)を励起させて磁場を作ったうえで、蒸気機関によって回転子を回転させる。
実際は先に蒸気機関で回転子を回転させて、次に固定子に電流を流して発電する。
出力に対する負荷は炭素棒とした。(注1)
周波数は60ヘルツで統一することにしている。
実験室で一応成功している試験のため俺の視察でももちろん実験は成功した。
視察にはエリカとドーラそれに領軍本部の技術系士官数人も俺に同行している。俺たちは午前中で引き上げるが、技術系士官と研究所の研究者で午後から意見交換するそうだ。
発電機の大型化を進める傍ら、電球の開発を進めていく。大型店舗内はランプの明かりではどうしても暗くなるんだよな。領民は夜目が利くのだが、領民以外はそういうわけでもない。官公庁、大通りに面した建物から明るくしていき、一般家庭に広げていく。
研究所では研究範囲がどんどん広がって、人員もどんどん増えている。研究所の管理部門以外ツェントルム郊外に複数の研究施設を設けた。
農業、漁業、林業などの農学系統を扱う第1技術研究所。
鉱山、冶金、土木、建築を扱う第2技術研究所。
機械、精密機械、輸送機械、電気などを扱う第3技術研究所。
ただ、ダンジョンポーションがある関係で医学の研究は滞っている。
数学の他、化学、物理学の基礎研究ももちろん進めている。こちらは基礎研究所と名づけた。
化学と冶金が進めばハーバー・ボッシュで化学肥料と火薬、爆薬の世界だ。
以前の中等教育は職業訓練中心だったが、職業訓練中心の中等教育に加えて、いわゆる理数系中等教育校、高等教育校を新設した。
文化事業として劇場と図書館を作った。博物館、美術館は中身の当てはハジャルで手に入れた物品しか当てがなかった関係で今のところ計画止まり。
図書館は一般図書中心で基本的には娯楽書だ。一般貸出も当然行なっている。技術書などは各研究所内で著し、研究所内に収蔵している。
著作権などない世界なので、担当者を各地に派遣して書籍を集めさせ、それを活字化して印刷するといった荒業で蔵書はドンドン膨れている。
これに伴って、下絵から版画を作る専門職が生れた。将来的には、漫画も視野に入る。
俺が生きているうちに面白いコミックが読みたいが、面白いコミックができるまでには長い道のりになるだろう。
そこで気づいたのだが、俺は学問研究について研究所を作り理数系、技術系のみ進めてきたのだが、文学系にも手を出さないと面白いコミックはできない。
動機は不純かもしれないが、読み書きだけではない国語研究を始めることにした。国語研究の主な題材は言葉の定義、語源などの調査。目標は国語辞典の編纂だ。そうやってでき上った国語辞典を使って正しい言葉で百科事典を編纂する。エンサイクロペディア・エドニカだ。俺が表向きの編纂者として歴史に名を残すのだ!(注2)
当初、人文系にどういった人間をアサインしていいのか分からなかったのだが、とりあえず図書館員を増員して副業として作業させてみることにした。うまくいけば儲けくらいの軽い気持ちではある。
ツェントルム-オストリンデン間で鉄道の試乗会を終えた1年後。
フィラメント用金属素材も何とか開発でき、電球が完成した。寿命は平均して1000時間。十分実用的だ。
将来邪魔になりそうではあるが、電線は電柱に架けることにして主要な建物に配線した。それと同時に市街地の電柱には街灯を取り付けた。街灯の点灯消灯は今のところ人力だ。
俺たちはウーマの中の謎の明かりで夜間も明るいし夜目も人一倍利く関係で、明かりのありがたさをあまり意識する必要のなかったが、領外者だけでなく夜目が利くはずの領民にもかなり好評だった。
それで、視察に訪れたドリスにブルゲンオイストにもぜひ電気を通してくれとせがまれて、まずはブルゲンオイストの郊外に火力発電所を建設することにした。鉄道の支線を通すことで石炭の搬入も容易にできるよう考えている。発電所の建設と並行して電柱を立て電線工事を進めるほか、王城内の配線工事も進める。発電所が稼働すれば、王城に最初に電気の灯がともることになる。
鉄道については、ゲルタからハルネシアまでレールが伸びた。もちろん複線だ。そのままレールはフリシア方面に伸ばしている。
また、ゲルタ-ハルネシア線の途中駅である父さんのゾーイからはドネスコに向けて線路を伸ばしている。なお、父さんの強い要望でゲルタ-ゾーイ間は半年前に部分開業している。
フリシア、ドネスコ両国に線路が伸びれば国際線だ。生前国際線の鉄道車両に乗ったことはないので楽しみだ。
その2年度。俺は33歳。
待望のジュニアが生れた。女の子。名まえはエリカに似せてエルザと名づけた。母子ともに健康。エリカは1年ほど公務を休業したがその間、ペラとドーラで領軍を回している。
バナナを栽培することに成功した。温泉に付属して作った温室栽培だがあと数年すればかなりの量収穫できるようになる。そしたら、例の店に卸してバナナ関係のスウィーツを開発してもらうのだ。俺はフルーツパフェもアリだがバナナクレープを所望する。エリカが大喜びしそうだ。
さらに2年後。35歳。
第二子、クレアが生れた。一姫二太郎とはいかなかった。
こうなってくると男の子が欲しくなるのは人情だ。
この年、ツェントルムでは上水道の圧送が始まった。コンクリート製の土管が主線でそこから鋼管で各使用者のもとに水が届けられる。今までは上水はトイを通って各水場に供給されるものと、井戸から手押しポンプでくみ上げるものの2系統だった。これで蛇口をひねれば水が出るようになる。数年後にはツェントルム全域の施設や家庭に上水が行き渡る。
もちろん下水についても同様の整備を進めており、下水処理場の大型化なども行っている。
ツェントルムは20世紀初頭の欧米諸国並みの水準には到達していると思う。
40歳。
ヨルマン領の各都市近郊に発電所を建設して、電力の供給を始めた。どの発電所にも鉄道の支線を繋げている。
電力供給は安定しており、ツェントルム市内に市電が走った。
市内が電柱などでごちゃごちゃしてきた関係で、屋敷をツェントルム郊外に移すことにした。旧屋敷は改装して博物館とした。名まえは大エド博物館ではなく無難にツェントルム博物館となった。飾るものがあまりないのだが、敷地面積もそれほど広くないのでちょうどいい。主な展示品は神聖教会がらみで手に入れた品々で、それにフリッツ4世時代の王冠、王笏などがドリスの好意で置かれている。
ヨーネフリッツ各都市を結ぶ電信網は既に完成しており、次のステップとして電話の研究開発。そして、交換機の開発だ。弱電関係の進歩がここにきて加速してきた感がある。
そしてついに水素と窒素からアンモニアの製造に成功した。次の段階としてアンモニア製造の安定化と工業化に進んでいく。それから先の工程は技術開発済みなので窒素肥料、火薬、爆薬の工業製造は容易のハズだ。すでに雷管付き銃弾とライフル銃の試作品は完成しているので、火薬の量産化が進めば、ライネッケ領軍でライフル銃が正式採用される。
装備が充足し訓練を積めばライネッケ領軍1個大隊で他国の10個500人隊を凌駕するとエリカとドーラが豪語していた。
翌年。俺はヨーネフリッツ王国大侯爵のままヨーネフリッツ王国大元帥にまつりあげられてしまった。何が変わったかというと、ヨーネフリッツ王国国軍の最高責任者となったようだ。国王といえども俺の許可がない限り戦争はできない。ということらしい。とはいえ、ヨーネフリッツが単独で戦争する相手などどこにもない。また軍人を含む高級官僚の人事にはドリスの裁可だけでなく俺の裁可が必要になるとのことだった。ヨルマン2世の時のようなことが起こらないようにとのドリスの配慮らしい。しかし、そんな実務などできるわけはないので、めくら判だ。
科学技術の産物を積極的に外部に普及させていく。その方針のもと、鉄道はかなり伸びている。さらに主要工業資材、機器は全てツェントルムで生産、製造したものを使用してヨーネフリッツを皮切りに、フリシア、ドネスコといった近隣国に発電所を建設していった。最終的には世界中の電力、鉄道といった社会インフラをツェントルムが握ることになる。
そういった結果が待ち受けていることくらい各国の指導者たちも理解していたはずだが、対抗策は鎖国しかないわけで、ツェントルム発の文明開化の津波が全てを押し流してしまった。
さらにこのアドバンテージを盤石とするため鉄道技術者であれ、どういった分野の技術者であれ国外への技術流出については厳しい制限を設けた。他国に派遣する技術者は妻帯者に限り、他国への引き抜きには応じない事、高度な技術の開示は決してしないことを宣誓させたうえ、家族をツェントルムに残し単身赴任させることにした。人権問題かもしれないが、ツェントルムの科学技術覇権維持には必要なことである。
ただ、技術の開示内容自体は少しずつ緩和方向で、ヨーネフリッツ、フリシア、ドネスコの3カ国については最先端技術の開示はしていないが、中級技術者の養成のため中程度までの技術は開示している。
科学技術の独占方針は俺が生きている間変更するつもりは全くない。
注1:
発電については流し読みしてください。作者自身がよく分かっていないもので。
注2:
気持ちはアシモフのファウンデーションに出てくるエンサイクロペディア・ギャラクティカ。
次話。最終回。最後までよろしくお願いします。