第334話 試乗会
俺たちの住む惑星の地球儀?を柱の5階層の中心部に建つ神殿風の建物の中で見つけた。
地図には地形の他、ダンジョンの出入り口や資源の場所が示されていた。
あと、ヨーネフリッツの見た目が地球儀上で小さかった。この世界の広さのことを俺は無意識に地球と同程度だと考えていたのだが、どうも面積的には地球の2倍程度ある。地球の広さであっても、世界征服は人の一生ではホボ不可能だろうが、それが2倍になれば、不可能の2倍だ。
そういうことなので、今まで軍事的な拡大を目指していたのだが、大きく方針転換して科学と技術の力で世界を従える。という方向に転換することにした。
とはいえ、科学技術が進めば資源の確保がより重要になっていく以上軍事的を含む物理的な拡大を停止するつもりはない。
地球儀?を観察したあと、神殿の中を調査してみたが、新たな発見はなかった。可能性は少ないが5階層エアロックの反対側に階段があるかもしれないと思って神殿から出てウーマに再度乗り込み、そちらの壁を目指した。
1時間の移動後、俺たちを乗せたウーマは壁の前に到着したが、やはり階段は見あたらなかった。
「やはり、この階層でお終いみたいだな」
「結局、あの球体をわたしたちに見せたかったって事よね」
「それがミスル・シャフーの意思だったのかもしれませんね」
「そうかもな」
「それじゃあ、向う側の扉の前まで帰ってそこで一泊してから帰ろうか?」
「うん」「了解」「うん」
移動中みんな風呂に入り終え、夕食の最中にウーマは扉の前に到着した。
そこで1泊した俺たちは翌日早朝から柱を下っていき、当日夕方、柱から13階層に出た。
そしてその翌日夕方、12階層への階段前に到着し、そこで一泊して翌日12時少し前にサクラダダンジョンギルドに到着した。
久しぶりに雄鶏亭で食事した。かなり注目を集めながらの食事だったが、それほど気にかからなかった。すっかり忘れていたが、今でも俺たちの定食料金はタダだった。
俺たちがいる関係で雄鶏亭の中は客同士の会話は少なかったがそれでもいくつか話が聞こえてきた。
なんでも神聖教会系のサクラダハジャル劇場はたたまれてしまったそうで、新しい劇場がオープンしたそうだ。
俺たちに借金してるんだから、キリキリ仕事してほしいものだが、演劇を通じて妙な宗教活動されないことの方がよほどありがたい。
ツェントルムには今だ劇場はないので、そろそろ誘致してもいいかもしれない。
1時間ほど雄鶏亭で飲み食いして、給仕で店主のモールさんに礼を言って雄鶏亭からそのまま大通りに出た。俺たちがホールから出たとたん背後から聞こえる雑音が大きくなったような。
外はあいにく雨が降っていたのだが小降りだったので、キューブに入れていたヘルメットを被った。そのまま大通りを門まで速足で歩いていき、通行の邪魔にならないところでウーマに乗り込んだ。
すぐにツェントルム-サクラダ街道に入ってツェントルムを目指すようウーマに指示した後、濡れた装備を外した。装備は各自乾いた布でよく拭いたあと各自、自分のキューブにしまった。
5時間後。午後8時過ぎにウーマはツェントルムに到着した。ツェントルムでは雨は本降りになっていた。
ウーマからいったん降りて、急いで屋敷の中に入り、屋敷の中からウーマをキューブにしまい、屋敷の中を通って、中庭に出したウーマに駆け込んだ。
今度は鎧を着ていなかったのでかなり濡れてしまった。冬の雨なのでかなり冷たい雨なのだが、寒くなるようなことはなかった。
翌日から、科学技術の一層のブーストのための方策を実行するため、行政庁と研究所を行き来して可能なことはどんどん実施していった。
ペラは、俺の執務室の会議テーブルの上で柱の5階層で記憶した地球儀の部分部分を地図に描き写していった。
後日、ペラの資源地図を検証した結果、既存鉱山と一致したのはもちろん、ツェントルムに比較的近い大森林内にも新たな鉱山がいくつか見つかった。
科学技術と教育関係で予算的に窮屈になると、俺とペラとでサクラダダンジョンの12階層に潜り大量のダンジョン金貨とポーションを手に入れて帰ることで凌いでいった。
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それから6年。
30歳の誕生日が間近となった。
ツェントルムは大きく広がり、当初の衛星村はすでにツェントルムの市街に吸収されて、郊外に新たな衛星都市が複数生れている。
この6年の間にガレアに対して調査隊を送った。調査隊といっても公式なものではなくあくまで非公式。情報収集が主な仕事なので、密偵のようなものだというか密偵そのものだ。
彼らの報告によりガレアの全体像がつかめた。
それによると、ガレアは一大帝国を築いていたが、先般の外征の失敗と皇位継承問題がこじれで内乱が発生し分裂状態ということだった。どこかの国に介入しようとエリカとドーラが言い始めたのだが飛び地ができたとしてもあとあと負担が大きくなるとして却下した。
私事ではまだ2世は誕生していない。励んでいないわけではないんだが、もう少しピッチを上げる必要がある。
すでに転炉も完成しており、鋼鉄の大量生産も始まって、今は鉄道レールを主に生産している。ちなみに、炉という意味で同じ耐火構造を持つセメント製造用のキルンも完成し、セメントの製造も始まっている。建築、建設材料としての用途が主だが、土管やコンクリート樋などのコンクリート製品も製造している。
蒸気機関も数年前に完成して、機械関係の動力化が進んでいる。
工作機械の精度もかなり上がっており、機械式時計も開発されて、精度向上、小型化が進められている。
科学技術については、前世における19世紀に入ったところではないだろうか?
鉄道は最初ツェントルムと各鉱山を結んでいたが、今では範囲が広がっており、旧ヨルマン領の各都市は複線でつながっている。そしてゲルタからハルネシアまで街道に沿って鉄道工事が進んでいる。
ただ、まだ蒸気機関車が実用化されていないため、客車、貨車を引くのは馬である。
とはいうものの蒸気機関車のプロトタイプを数種類作ったあと、実用蒸気機関車が先日完成している。
そして、今日はその試乗会で、半日通常の鉄道業務を止めて試乗することになる。
試乗区間はツェントルム-オストリンデンの約100キロ。蒸気機関車の最高時速は2両の客車を引いて平地で時速60キロ。平均時速50キロでツェントルムとオストリンデンを2時間で結ぶ。
試乗会の客車2両に乗り込むのは俺たち5人の他、ドリスとその側近、フリシアで公爵家を立てた大使殿たち、そして各国大使たち。
ツェントルム駅で簡単な式典を行なった後、プラットフォームから招待客たちが客車にぞろぞろ乗り込んでいき、最後に俺たち5人とドリス、そして大使殿が乗り込んだ。客車の2両目の後ろ側は展望室になっており、今日の俺たちの座席ということになる。
発車のベルが鳴り、列車がガタンと音を立ててゆっくり動き始めた。
「動いた!」と大きな声でドーラ。肩書はヨーネフリッツ王国子爵でそれほど偉くはないのだが、俺の実の妹であり、常にライネッケ領軍本部長であるわが妻エリカと行動をともにしている関係でそこらの侯爵よりもよほど序列は高い。
このドーラも今は26歳。もういい歳なんだが独身だ。このままいけばいかず後家。いいのだろうか?
父さんのところにやって、適当な相手を見繕ってもらった方がいいかもしれない。
ドーラに関係なく徐々に列車の速度は上がって行き、おそらく最高速度の60キロに到達した。
俺自身は60キロの速度に驚くわけでもないが、展望室内の人間はウーマの時速30キロには慣れていたがその倍の速さで後ろに流れていく景色に驚いていた。
蒸気機関車の燃料が高品質な無煙炭なため、水蒸気から成る煙は白いまま。従って窓を開けていても煤が入ってくることはない。無煙炭中に不純物がほぼないため嫌な臭いがすることもない。環境にやさしい蒸気機関車だ。もちろん街中を走行しても街を煤で汚すこともない。
今日の試乗会では、途中の駅は飛ばしていくので2時間かかることなくオストリンデンに到着する。
展望室内では、キューブに用意していたワゴンを出して飲み物をサービスした。
アルコール類もあれば、ソフトドリンクもある。レールの長さは12.5メートルしかないので連結部で車輪がガタゴト、ガタゴト、音を立てて車内が振動するが、馬車での路上移動に比べればよほど振動は小さい。
列車は予定時刻にオストリンデン駅に到着した。機関車は一度客車を切り離し、操車場で方向転換して水と石炭などを補給したあと、復路の先頭客車である展望車の前に連結してツェントルムに向けて走り出した。
4時間弱の試乗会は大成功。ツェントルム駅の近くのホテルの広間で招待客を招いての昼食会を行なった。絶賛のあらしで、各国大使たちが自国へぜひ導入したいと俺のところにやってきたのだが、ヨーネフリッツ優先でその後順次各国に伸ばしていくので線路用土地だけは早めに手当てしておいてくれと忠告だけしておいた。
製鉄技術もない国に対して鉄道を伸ばしてやれば、その国の経済は俺たちが完全に牛耳ることになるのだが。そのあたりツェントルムに派遣されているほどの外交官なら理解できているのだろう。もとより軍事的な競争は無意味と知っているわけだし。
この試乗会の5日後からツェントルム-オストリンデン間の馬による鉄道輸送は終了し、蒸気機関車による鉄道輸送に切り替わった。
今後、蒸気機関車と蒸気機関車用車両の生産に合わせて他の路線も順次蒸気機関車による鉄道輸送に切り替わっていく予定だ。
現在建設中のゲルタ-ハルネシア線は最初から蒸気機関車輸送になる予定だ。