第33話 サクラダ劇場
領都で行なわれる武術大会の地方予選がここサクラダの領軍駐屯地内の練兵場で行なわれた。
俺とエリカは見学にやってきたのだが、既にすごい人出で、試合場の中はほとんど見えなかった。
「あまりよく見えないし、まだ1回戦だから準決勝が始まるくらいまで買い物にでも行っておこうか?」
「そうね。先に買い物を済ましちゃいましょうか」
そういうことで俺たちは街の中心部の方に歩いていった。
そんなに歩くこともなく雑貨屋があったのだが、その雑貨屋には目当てのスライム液用の瓶は置いてなかった。やはりダンジョンギルド近くの雑貨屋に行かないと買えないようだ。
結局いつもの雑貨屋まで戻ってスライム液用の瓶とひしゃくを買った。瓶は20個。ひしゃくは2個買った。スライム液用の瓶は赤味を帯びた陶器の瓶と青みを帯びた陶器の瓶の2種類あったので10個ずつにしている。青い方の瓶のふたはただのコルク栓だったが赤い方の瓶のふたは陶器製で瓶とふたにねじが切ってありさらにグリスのようなものが塗られていた。そのせいだと思うが赤い瓶の方が少し高かった。
どちらの瓶も肉厚だったので簡単には割れそうではなかったが、どうせ使うものだし瓶が少しでも割れないようにボロ布とタオルも補充しておいた。
今回の代金は俺とエリカで折半した。
「買い物も終わったからまた試合を見に行こうか」
「その前に瓶は部屋に置いてた方がいいんじゃない?」
「それもそうだな」
結局俺たちはダンジョンギルドに戻ってきてしまった。
スライム瓶は小物担当のエリカの部屋に全部置くことにした。
今まで一度もエリカの部屋に入ったことはなかったのだが、瓶を置くために初めてエリカの部屋に入った。
素人も玄人もひっくるめて女子の部屋に60年の人生の中で初めて入ってしまった。ドキドキしたわけではないが、また俺の初めてが奪われたと感慨ひとしおだった。
冗談はともかく、エリカの部屋は俺と全く同じだった。違ったのは俺の物干しロープにはたいてい下着が干してあるのだがエリカの部屋の物干しロープにはタオルしかかかっていなかったところだけだった。俺の初めてを返せ! と、言いたい。
「エド、さっきから口の中で何ブツブツ言ってるの?」
「いや、何も」
「何か言ってるように見えたし聞こえたような気がしたんだけど」
「気のせい」
「そうかなー?」
俺はリュックから瓶をひとつずつ取りだしてエリカに渡していき、エリカは受け取った瓶を邪魔にならないように部屋の隅の床に並べて積んでいった。
エリカが瓶を床に置くときどうしても前かがみになるわけだが、ミニスカートというほど短くないエリカのスカートがそれでも上にあがり、太ももの後ろ側の見えている範囲が広がってしまう。その先は決して見えることのない世界だが、その見えないというところが奥ゆかしいというか。精神年齢60歳の俺だがつい生唾を飲み込んでしまった。
「(残念だが)これで最後だ」そう言って20個目の瓶をエリカに渡し、最後にひしゃくを2つ手渡した。
「これでお終いね」
「うん。じゃあ試合を見に行こうか」
俺とすれば決勝戦の観戦時スカートで生足のエリカを肩車したいだけなんだ。
「そうねー。人が多すぎてあまり見えないし、もう観にいかなくてもいいかな。
エドはどうしても観にいきたい?」
どうしても行きたいと聞かれてやましい下心がある俺とすれば『はいそうです』とも答えづらい。
「どっちでもいいよ」
「それじゃあ、二人で芝居でも観にいかない?」
キャバクラはマトモな娯楽に入らないとしてだが、生まれ変わった俺は田舎者なのでこの世界でマトモな娯楽に今まで縁がなかった。
前世でも芝居なんて生では一度も見たことなかったのでちょっとだけ芝居に興味がある。海外出張したとき半裸のお姉さんが棒の周りで踊っているのを見たことがあるがアレは芝居とは言わないだろうし。いや、一人芝居? いや、独り相撲? わけわかんなくなってきた。
芝居小屋と言うのか劇場と言うのか分からないけれど、俺はリュックを自分の部屋に置いてエリカの後についてギルドの建物から通りに出た。
いつもの方向に歩いて行くのかと思っていたのだが歩いて行く方向は逆方向だった。そっち方向には今まで意識して歩いて行ったことはないのでちょっと新鮮だ。
10分ほど大通りを歩いて、それから直角に折れて少し進んだところに大きな建物に囲まれた石畳の広場があった。
「あの向かい合って建ってる2軒が劇場よ。手前がサクラダ劇場。向こうのは名まえ忘れちゃった」
広場を囲う建物の中で一番大きな2軒が劇場だった。時代劇などに出てくるむしろ壁のチープな芝居小屋を想像していたのだが、立派な劇場だ。
「エリカ、今何やっているのか知ってるのか?」
「知らないけど、看板が出てるから、どっちか面白そうな方を観ましょうよ」
確かにそれっぽい看板が各々の劇場の出入り口の上に掲げられている。
まずは手前のサクラダ劇場の前まで行って看板を見上げてみた。
開演時間前のようで結構人が建物の中に入っていっている。
演目は『ブーツをはいた猫』
どこかで聞いたようなタイトルだった。
「エリカはこの芝居を見たことある?」
「ないけど、有名なお話だから内容は分かるわ」
有名な話だったのか。ロジナ村出身の俺は聞いたことなかったのだが、都会育ちのエリカは文化人だったようだ。
「内容聞きたい?」
「この芝居を見るかも知れないから、今はいい。
もう一軒の劇場も見てみよう」
「うん」
もう一軒の劇場の出入り口の上に掲げられていた看板を見上げると、演目は『聖なる石』
劇場名はサクラダハジャル劇場という名まえだった。
たしかハジャルというのは神聖教会の聖地の名まえだったはず。『聖なる石』は神聖教徒が崇める石のことだった。どうも神聖教会がらみの宗教劇のようだ。こっちはパスだな。
「エリカ、こっちは止めておかないか」
「そうね。神聖教会ってサクラダにも進出してたんだ」
「エリカのオストリンデンにも何かあった?」
「うん。教会があった。エドのところは? やっぱりなかったよね?」
最初からないと決めつけなくてもいいんじゃないかなー。
「もちろんロジナ村にはなかったよ」
「それじゃあ『ブーツをはいた猫』ね。きっと鐘が5つ鳴ると開演だからもうすぐのハズよ」
「急ごうか」
そういうことで俺たちはサクラダ劇場の中に入った。