第302話 フリシア救援
俺の本業である領主さまの仕事として、今日もケイちゃんとペラを連れて市内の視察を行なった。
いろんな場所に顔を出して声をかけ、領民の声に耳を傾ける。これぞ領主さまだ。
そして、先日オープンした軽食屋に行ってスウィーツを食べる。
最近のマイブームだ。
一人で勝手にそんなことをしていると顰蹙なので、ケイちゃんとペラを連れて歩いているというわけだ。
今日は稼働始めた転炉の視察が目玉で、これで鋼鉄の生産量がいっきに増加する。とはいえ、鋼鉄の品質が安定するにはそれなりに日数は必要だろう。思った以上に技術の進歩は早いのは確かだ。それだからこそ焦る必要はない。
3時過ぎにはウーマに戻り、そこでソファーに座ってふたりとまったりしていたら、どうやらエリカたちが領軍本部から帰ってきたようだ。
風呂には早いが、きっと風呂だな。
「「お帰りなさい」」と迎えたら、エリカたちの後ろから大使殿たちが入ってきた。今日は珍しく3人だ。というか、来月帰ってくると言ってたけど予定が変わったようだ。
「殿下たちが屋敷に入れず屋敷の前立っていたから」
「大使殿お帰りなさい。お早いお帰りで、しかもうちの前にいらっしゃったということは何かありましたか?」
「はい。ライネッケ大侯爵閣下にフリシアの大使としてお願いがありやって来ました」
「分かりました。会議室でお話を伺いましょう。他のみんなも聞いていい話ですか?」
「もちろんです」
「それじゃあ」
全員でぞろぞろ俺の執務室兼会議室に移動して席に着いた。
奥の方に俺を中心にして5人並んで座り、テーブルを挟んで俺の向かいに大使殿。大使殿の両脇に二人の武官が座った。
「それでわたしに願いというのは?」
「はい。
8月末、西方諸国連合軍が国境を超えてフリシア領に侵入しました。その数はおよそ20万。名目はライネッケ大侯爵閣下を討つ。とのことでしたが、彼らは何の連絡もなく国境を侵した以上、フリシアが蹂躙されるのは目に見えています。
どうかフリシアをお救いください」
「わたしをたおすという名目ですか。そうなってくると、無視もできませんねー。
それはそうと、連中の名目は『ライネッケ大侯爵を討つ』ではなく『魔王ライネッケを討つ』ではありませんでしたか?」
「正確には」
「ハハハハ。まあいいんですけどね。
さてと。8月末ということはかなり厳しそうですが、持ち堪えてくれていれば何とかできると思います。
フリシアに救援に行くことでみんないいよな?」
「もちろん」「「はい」」
「われわれの準備としては何か特別なものって有るかな?」
「わたしとドーラちゃんは領軍本部に行って留守にすることを伝えるくらいかな」
「俺も行政庁に留守にすることを伝えるくらいか。
食料は問題ないし。これから行政庁に行って帰ってきたらすぐにでもフリシアに向おう」
「そうね。じゃあ、わたしもちょっと行ってくる」
「本部長、領軍本部にはわたしが行ってきます」
「わたしが行って言ってくるからドーラちゃんは待っていていいわ」
「分かりました」
「行政庁にはわたしが行ってきます」
「それじゃあ、ペラ頼んだ」
「はい」
二人がウーマから出ていった。
「大使殿の荷物なんかは?」
「ここの玄関に置いています。それと、マックスとエンマが遅れてツェントルムに向かっていますので公館に手紙を置いておこうと思います」
「分かりました。それならいったん公館に戻って手紙を書いてください。公館の前にウーマを止めて待っていますから。玄関の荷物はウーマに運び入れておくので大丈夫ですよ」
大使殿たちがウーマから降りて、数分してペラが帰ってきた。
「10日ほど留守にすると伝えておきました」
「10日で済むかな?」
「今頃敵兵がフリシアの都を囲んでいるとすると、ここからフリシアの都まで2000キロですから片道67時間です。20万の敵兵を蹂躙するのに時間かかるとしても数時間のオーダーです」
「なるほど。67時間と聞くとすごく近いな」
そうこうしてたらエリカも帰ってきたので、全員でウーマを降りていったんキューブに収納し、それから玄関に置いてあった大使殿たちの荷物も収納してウーマを通りに出した。
ウーマに乗り込み、少し先のフリシア公邸前まで移動して大使殿たちが公邸から出てくるのを待った。
それほど待つことなく3人が玄関から出てきたところでウーマに乗せ、まずはウーマをオストリンデンに向けて移動開始した。
「大使たちの部屋は、ドリスたちの部屋を使うしかないな? 私物を置いてるってことないかな?」
「わたしも入ったことないから分からないけれど、大丈夫じゃないかな」
「仕方ないよな。
エリカ、大使殿たちをドリスたちの部屋に案内してくれるか? 荷物を渡しておこう」
先ほどしまった荷物を床に出し、それをエリカが自分のキューブにしまった。
今ではエリカも慣れたものである。
「それじゃあ、殿下とお二人はこっちに」
何だかよく分からない顔をした3人がエリカに連れられて俺の執務室を超えてその先の寝室の並びに向かった。
数分して呆れたような顔をした大使殿たちを引き連れエリカが戻ってきた。
「部屋の中は問題なかったわ」
「そいつはよかった。
もう隠すこともないだろうから、みんなで風呂に入ったらどうだ?」
「そうね。
エドは、シュミットさんと一緒にお風呂ね」
そうであった。そこは失念しておったのだ。まあいいけど。ちなみにハンス・シュミットは今回大使殿に同行した二人のうちの男性武官で、女性武官の名まえはハンナ・クライン。この一件が片付けば、大使殿同様本国での評価が爆上がりするだろう。そうじゃないとわざわざ助ける意味ないものな。
うまくすれば、大使殿はフリシアの公爵閣下だ。
そうすればヨーネフリッツとフリシアを実質的に従えたようなものだ。俺の使徒としての第2歩ですよ。ウワッハッハ!!!
またまたよく分からない顔をして大使殿とハンナ・クラインは一度奥に入っていき、それから着替えらしきものを持って帰ってきた。そしてエリカたちに連れられ一緒に脱衣場に入っていった。
そこから先は想像するしかない。
後に残ったのは俺とペラとハンス・シュミットの3人。ハンス・シュミットをおいて俺とペラとで台所仕事をするわけにもいかなかったので、3人でソファーに座った。
せっかくなので、西方諸国についてハンス・シュミットにバナナを勧めながら話を聞いたところ、フリシアの西に5カ国ほどのフリシア並みの国があるのだそうだ。いずれも神聖教会が根を張っているのか? と、聞いたところ、予想通り肯定された。
もともと西方諸国などどうなろうとかまわなかったが、神聖教会の差し金ということがはっきりした以上、容赦する必要が1ミリも無くなってしまった。
西方諸国では俺の『雷名』が轟いていなかったため、神聖教会の甘言に乗せられたのだろう。
俺の使徒としての糧になってもらおうじゃないか。
「ところで、西方諸国のその先はどうなっているか知ってる?」
「海峡があり、さらにその先に広大な土地が広がっているそうです」
広大な土地というのは大陸のことではなかろうか。
海峡を越えた先に大陸があるとなると、結構俺の覇業って道が遠そうだ。
「その海峡の先の土地には国があるのか知ってる?」
「そこまではわたしは存じません」
それは仕方がない。とにかくためになった。
西方諸国のことやその先に大陸らしきものがあることをケイちゃんは知っていたのだろうか? 知っていないはずないか。いいけど。