第297話 親善試合
親善の模擬試合は第1駐屯地の訓練場で、歓迎会の日から5日後に開催することになった。
武器となる木剣はうちの工房で何種類か用意した。ドーラの杖は、サクラダで買った杖とした。
ペラが出場する試合は俺が審判で、ドーラが出場する試合はペラが審判だ。
ペラが選手でも審判でも、まさかのことは起こらないだろう。
試合はトーナメントではなく、ペラ対相手方。ドーラ対相手方の残りの一人の2回で終了する。
トーナメントだと恐らくペラとドーラが決勝で対戦するので、それでは全く面白くないのでこうなった。
訓練場に四角く綱を張って試合場にして、綱の外側が立ち見の観客席になる。
貴賓席として綱の外側の真ん中に椅子が並べられており、俺とエリカとケイちゃん。フリシア側は大使殿と文官2名。
俺たちの3人の格好は3人ともヘルメットと手袋以外の防具を着けている。武器は各々のキューブの中。それに対してフリシア側は3人ともちょっと上等そうな普段着だ。
試合場の内側には選手席が4つ並んでペラとドーラ、相手側の2選手が座っている。
観客はざっと見4、500名。時間帯が時間帯のためそれほど人は多くない。
最前列と次列の観客は後ろの立ち見のためかどうかは分からないが地面に腰を下ろしている。
試合開始は10時ということにしているので、そろそろ始めようかと俺は椅子から立ち上り試合場の真ん中に進み出て口上を述べた。
そうしたらちょうど街の鐘の音のが聞こえてきた。俺の体内時計の精度はなかなかのものだ。
「これよりフリシア、ヨーネフリッツの親善試合を始めます。
第1試合はフリシアのルーカス・シュミット選手対ヨーネフリッツのペラ・セラフィム選手」
そこで観客から盛大な拍手が起こった。
名まえを呼ばれた順に立ちあがった二人は、試合場の定位置まで歩いてきてそこで礼をした。
二人の間隔は3メートル(注1)ほどで、お互い一歩踏み込めば間合いに入る。無駄に歩かせる必要はないからな。
試合について俺はペラに「あくまで親善試合だから相手に恥をかかせないように」とひとことかけている。なかなか難しい指示ではあるが、ペラならやってくれるだろう。
俺の実家だったら試合開始の合図に『見あって、見あって』が付くのだが、さすがにここではまずいので『始め』だけだ。
「両者いいな?
それでは、始め!」
ペラもフリシア側のルーカス・シュミットも両手で木剣を構えており、両者とも俺の『始め』の合図では動かず様子を見ていた。ペラの場合、俺が相手に恥をかかさないようにという指示があるのでうかつに攻められないのかもしれない。相手からすれば撃ち込まば必ずカウンターが飛んでくるという未来が見えるのではないか? ただの勘だけど。
観客からヤジなど飛ぶことなく見合いが1分ほど続いた。ツェントルムの住人の民度が高いことを知って俺は嬉しいぞ。まあ、領主さまの前でヤジを飛ばせる度胸はないかもしれないが。
そこで、ペラは試合を盛り上げるためか、一歩前に出て明らかな大振りで相手に打ちかかった。
相手選手はその大振りの一撃を剣で払いのけ、すかさずペラの小手を狙って小さく切り返した。
その動きに対して、ペラが必要以上に大きく後ろに下がってその切っ先をギリギリかわした。サービス過剰かもしれない。あまりやり過ぎると相手をバカにしているように見えるからな。
それはそうなのだが、今回の一連の攻防で観客席は大いに盛り上がってしまった。ペラの目論見が大当たりしたということだ。
そこから数回ペラの大振りからの相手の切り返しという攻防が3回ほど続いたところで、いったん間合いから外れたペラが『行きます!』と小さく声を出してそのままルーカス・シュミットに近づいていき、剣を持った両手を突き出した。
ペラの突き出す剣に向かって剣を叩きつければ容易に払えそうな突きで、俺の思った通りルーカス・シュミットは軽く上げた剣をペラの剣に叩きつけた。
バシッ!
いい音はしたのだが、ペラの剣は全く逸れることなく、反対にルーカス・シュミットの剣が大きくはじき返されてしまった。ペラの剣の切っ先はルーカス・シュミットの胴に当たって、そのまま摺り上げられ、アゴの下に添えられた。
「そこまで!」
場内は一瞬静まったがそれから割れるような歓声と拍手が巻き起こった。
「両名開始位置に戻って礼!」
二人は開始位置に戻って礼をして、ルーカス・シュミットだけ選手席に戻った。
ペラは第2試合の審判なので、俺がペラの木剣を預かり、ペラは審判の位置に着いた。
審判から解放された俺は、大使殿の隣りの自席に戻った。
「先ほどの試合はすごかったです。うちのルーカスがセラフィム子爵にあそこまでできるとは意外でした」
「なんとか、ペラが勝てて良かったです。うちの最強が負けてはまずいですからね」
喜んでもらって何より。ペラに指示した甲斐があったというものだ。負けはしたがルーカス・シュミットくんは上司の覚えがめでたくなって、これからいい目にあうのでないかな?
選手席に座ったドーラを見たら緊張しているようだ。人前で自分の技を披露するのは始めてだろうから無理もない。
「ドーラ。気負わずにしっかりやれ! ペラがいるから事故は絶対にないから安心しろ」
ドーラに声をかけておいた。ただ、ペラの見立てではドーラも無難に勝てるだろうということだったので俺自身は心配はしていない。
「それではフリシア、ヨーネフリッツ親善試合の第2試合を始めます。
フリシアのハンナ・クライン選手対ヨーネフリッツのドーラ・ライネッケ選手」
今回も観客から盛大な拍手が起こった。
ペラに名まえを呼ばれたハンナ・クラインはすぐに選手席から定位置に着いたが、ドーラが立ち上がらない。
「ドーラ。名まえが呼ばれたぞ!」
俺の声を聞いてドーラは急いで立ち上がり、拍手の中開始線まで杖を片手で持って小走りで急いだ。
ドーラはかなり緊張しているようだが、これも経験。対人戦で勝てば違った意味での自信につながる。
「両者いいか?
それでは、始め!」
ペラの『始め!』の声でいきなりドーラが一歩前に出て杖を突きだした。その突きをハンナ・クラインが剣でそらしたが、そらされた力を利用してドーラは杖をうまく半回転した。杖を握った位置が普段より深く、ほぼ杖の真ん中あたりを握っていたようだ。
半回転したドーラの杖はハンナ・クラインの脇に向かっていったが、ハンナ・クラインは何とか後方に身を引いてドーラの2撃目をかわした。
ドーラはもう一歩踏み込み杖を突きだしながら地面を思い切り叩いてその反動を利用して下からすくい上げるような形で杖を突きだした。
下から伸びてくる突きに対してハンナ・クラインはとっさに剣で払ったが、払いきれずドーラの突きがハンナ・クラインの下腹の防具にあたりハンナ・クラインは後ろに尻もちをついた。
「そこまで!」
ハンナ・クラインは結局なすすべなくドーラに敗れてしまった。ちょっとかわいそうだった。
おそらくルーカス・シュミットとハンナ・クラインには実力的な差はないのだろうが、ドーラはペラのような演技ができないのでハンナ・クラインは相手が悪かった。と、いうことだ。
「今日の試合はここまで。
月並みではあるが選手たちはよく頑張った。
勝者には温泉保養所の2泊3日の宿泊券を贈呈するつもりだったが、二試合ともヨーネフリッツ側が勝ってしまったので、宿泊券はフリシアのエリクセン大使にお渡しします。
10枚あるので5人で2回温泉に行けますよ」
俺はそういってあらかじめ作っていた宿泊券を大使殿に渡したら帰りかけていた観客から拍手が起こった。
「ありがとうございます」
「実際いいところですからぜひ楽しんできてください」
注1:3メートル
剣道では2.8メートルとなっているようです。