第273話 ハルネシア5
昨日クロジクを捕まえる手配を終え、今日はケイちゃんによる財務部門の人間の面接だ。取り調べともいう。アニムニの作ったリスト順にケイちゃんが面接して、不正に携わっていなかったか質していく。ケイちゃんでは不正に携わっていることは分かるそうだが、不正の程度ははっきり分からないそうなので、不正の度合いはアニムニに任せて厳しく追及させればいいだろう。不正の度合いによっては不正額と見合いの資産の没収から、死罪まで。
その肝心のアニムニだが、ケイちゃんが人物を保証してくれているので任せられる。あくまでドリスの判断だが、俺たちがブルゲンオイストに帰ったら、ハルネシア一帯の太守にしても良いだろう。
ペラの方も監査は終わったようで、伝票などから怪しい人物をピックアップしており、ケイちゃんにそのリストを渡している。
俺はエリカと一緒に国軍本部に顔を出し、その足で俺たちが連れてきた部隊の駐屯地に回って訓練を視察した。
ところが変わっていてもきびきびとしたいい動きだ。
同じ駐屯地に旧西ヨーネフリッツの国軍部隊も駐屯しており、訓練していたのだが、明らかに見劣りする。ライネッケ領軍部隊の練度の高さはうれしいが、今となってはうちの部隊となった旧西ヨーネフリッツの国軍部隊の練度の低さに正直がっかりする。
「エリカ。何とかしないと役に立ちそうにないぞ」
「うちの2個大隊をここに残して、2個大隊をツェントルムに連れ帰って訓練しようかって思ってるんだけどどう思う?」
「そうすると帰りに時間がかかってしまうから、うちの連中はちゃんと連れ帰ってここの部隊は別途ツェントルムに異動させた方がいいんじゃないか? 半年くらいツェントルムで鍛えればものになるだろう。そしたらここに戻して次の部隊と交代でいいんじゃないか?」
「そうよね。
後で本部に行って、用意するよう指示しておくね」
「うん」
視察を終えて、エリカと一緒にウーマに一度戻ったのだが、国内の神聖教会の施設に対して監視の件を思い出したので、俺だけウーマから降りて城に入っていった。
行政府の区画にあるアニムニの部屋にアニムニがいたので、手始めにハルネシア内のカルネリアの施設と神聖教会の施設に対して監視するよう指示したところ、カルネリアの公館は既に閉鎖されもぬけの殻だそうだ。それは仕方ない。
神聖教会の監視に別途予算が必要なら俺に申請するように言ったところ、警備隊の日常業務として監視できるので必要ないという返事だった。
その辺りアニムニはプロなのだろうから安心して俺はウーマに戻った。
面接の終わったケイちゃんがちょうど昼前にウーマに帰ってきたので、ケイちゃんからの報告は後回しにして昼食にした。
後片付けをしたあと、全員で会議テーブルに着いてケイちゃんからの報告を聞いた。
「ペラが用意してくれた怪しい人物リストとわたしが判断した怪しい人物は完全に一致しました。リストに印をつけてアニムニさんに渡しておきました」
「アニムニは何と言っていた?」
「厳しく調査します。と、言っていました」
アニムニは警察権まで持つ行政の長。警察権だけを取ってみれば警視庁のトップである警視総監だ。いや、この世界の警察は前世のように生易しいものではないだろうから、かなり苛烈な追及がなされると思う。とはいえ、デフォルトで厳しい追及なんだから犯罪者もそこは理解しているはず。その上での犯罪ということを理解していなければならない。
ケイちゃんの報告を聞いたあとはみんなでハルネシア市街の視察に出かけることにした。目当てはアノ店だ。
ここのところ用事がないものだから、ウーマの中で暇をしていたドーラがやけに元気だ。足取りも軽くスキップしている。
今までドーラはペラの手伝いくらいしかしていなかったのでそろそろ責任ある仕事を与えた方がいいような気がする。ドーラは今17歳、見た目はまだお子さまだが、俺がサクラダに行ったのは15歳の誕生日だったから早すぎるということはないだろう。
などと考えていたら、それほど歩くこともなく例の店に到着した。
遷都式の時以来で、あの時は5人だったが今は9人全員革鎧を着ている。
9人の大所帯で店に入ったのだが、4人席2つと2人席一つをくっつけて全員座ることができた。
注文を聞きに来た女子店員に、各々目当てのスウィーツを注文した。お茶は全員同じものを頼んだ。女子店員はまさか俺たちが国王陛下御一行だとは思っていないようで元気に注文を復唱して奥に戻っていった。
代金はいつも通りチームの財布から出納係が支払っている。最近お金を使っていなかったので久しぶりだ。
俺は、俺の隣りに座ったドーラに先ほど考えていたことを伝えておいた。
「ドーラ、なにかやりたい仕事はないか?」
「うーん。いままでエドの後ろについて歩いて気が付いたら貴族さま。
ちょっとおかしいとは自分でも思ってるんだ。
だからといってわたしにできること言うと、ちょっとばかり伝票が書けるくらいだし。
わたしにできることって他に何かないかな?」
ドーラの杖の扱いは、そこらのダンジョンワーカーを圧倒する程度に上達している。
「ドーラは伝票も書けるし。エリカの副官にでもなるか?
エリカどう思う?」
「ドーラちゃんが、副官ならありがたいわ」
「副官ってどんな仕事なの?」
「副官というのは、仕える上官の手足となって上官を助ける。というのが仕事だな。
例えば、各部隊にエリカの命令を伝えるとか。そういう意味だと、人の顔と名まえを覚えることも大切な仕事になる」
「人の顔と名まえはすぐに覚えられる。と、思う」
「なら試しにエリカの副官をやってみないか? とにかくエリカについて歩いていればそれなりのことが分かってくるだろうし。
副官をある程度こなせるようになったら、部隊を受け持ってもいいかもな。ドーラは杖を使えばそこらの連中なんかよりよほど強いわけだから、舐められることもないだろうし」
「いいんじゃないかな。ドーラちゃん、どう?」
「うん、それじゃあやってみる。
エリカさん、よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
「ねえエド、上官に向かってエリカさんじゃマズいと思うんだけど、なんて呼べばいいかな?」
「ハウゼン伯爵とか本部長でいいんじゃないか」
「そうか。そうだよね」
「ドーラちゃん、それは外にいる時だけ。内輪の時は今まで通りでいいんだからね」
「うん。じゃなかった、はい」
「アハハハ。まあ、すぐに慣れる」
……。
「食べ終わったら、そろそろ野菜と肉が少なくなってきたから仕入れたいんだ」
「じゃあ、商店街に行って見てみましょ。国王陛下御一行さまが買い物に来たと知ったら商店街の人、驚くでしょうねー」
「そうだろうなー。そもそも国王陛下って街の中を出歩かないだろうし」
「普通なら暗殺とか危ないしね」
「俺たちにはペラがいる以上、矢や剣での暗殺は不可能だしな。
そういえば、ドリスたちは商店街で買い物したことあった?」
「はい。ベルハイムでは買い物していましたから」
「そういえばそうか。でも、お城にいた時は商店街じゃ買い物したことなかったろ?」
「はい。大通りに面した大きなお店には何度か入ったことはありましたが、商店街のお店には一度も入ったことありませんでした。」
「ドリスは、お姫さまだものねー」
「そういう意味では、お姫さまは不自由だよな。
ドーラなんかは、ちょっと前まで裸足で野山を駆けまわってたわけだし」
「裸足で駆けまわってなんかないもん!」
「そうかー?」
「そ・う・な・の。ふん!」
「ドーラはどうでもいいけど、今のドリスは王さまだけど自由にしてるよな」
『どうでもいいって何よ!』
「王になったこともこうして自由に出歩けるのもエドたちのおかげですから」
『自分だって裸足で走り回っていたくせにー』
「俺たちは俺たちのためにドリスに力を貸しただけなんだから、あまり気にしなくていいし、ドリスはドリスで俺たちを利用してくれていいんだから」
『ブツブツ……』
「はい」
「ドーラ。ほれ、機嫌を直せ。ほれ、ほれ。エリカの副官なんだろ?」
「そういえばそうだった」