第272話 ハルネシア4。フリシア3
アニムニに財務の連中との面接の段取りを指示して、ウーマに戻った。
エリカは帰ってきていなかったが、ペラは戻っており、俺の執務室の会議テーブルの上で似顔絵を描いていた。その作業をみんなで囲んで眺めている。
普通なら気が散って邪魔だが、ペラはそんなことに構わず、すごい勢いで似顔絵を描いている。1分ほどで1枚が仕上がる。生前うちにあったプリンターでちょっとした絵を印刷するより速そうだ。見る間に10枚描き終えてしまった。
印象派的な絵は難しいかもしれないが写実的絵なら写真並みに描けそうだ。
絵の腕前だが、墨絵風の線画であるにもかかわらず、誰が見てもクロジクだった。
これならクロジクを見逃すことはないだろう。
「ペラさん、なんでこんなに絵がうまいの? それにどの絵も全部狂いがないみたいに同じに見えるんだけど」
ドーラの言う通り。ペラの場合違うものを作る方が難しいというか面倒なのだと思う。
「ペラの特技だからだろ」
「ペラさん特技だらけじゃない」
ドーラの言葉にペラの口元が緩んだようなそうでもないような。
クロジクの似顔絵を描き終えたペラはその紙束を持ってウーマを降りエリカが待つ国軍本部に向かった。
そのあと20分ほどしてエリカとペラがウーマに戻ってきた。
「ハルネシアから出ている街道は6本だったみたいで、似顔絵を持って各街道それぞれ4騎向かったわ。あの似顔絵なら間違えようがないから、検問も楽だって。3日もあれば捕まえて城に連行できるでしょうって」
「クロジクを捕まえる捕まえないに関係なく後任は必要じゃないか?」
「王都はブルゲンオイストなんだから、クロジクの次の人間がシロなら、その人物をそのままここのトップにすればいいんじゃない?
ドリス、それでいいよね」
「はい。あくまで王都はブルゲンオイストですし、税などはブルゲンオイストに集める以上ブルゲンオイストの財務からの指示でこちらが動く形にしなくてはなりません。
ただ、財務に限らずハルネシアへの遷都の影響でブルゲンオイストの行政機構は領都なみに縮小されているので、ハルネシアからある程度の人員をブルゲンオイストに異動させる必要があります」
「その辺りの詰めもあるだろうから、あと10日はハルネシアにいないといけないな。ブルゲンオイストとツェントルムにそこらへんの予定を知らせた方がいいだろうな」
「そうですね。
サリー、頼める?」
「はい。お任せください」
「サリー。ここの国軍本部から軍用便で手紙も送れば早いから、わたしの方で明日にでも手紙を送っておくから任せて」
「エリカさん、ありがとうございます」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エドモンドたちがハルネシアの王城である意味掃除をしていたころ。
ヨーネフリッツの旧ヨルマン領がエドモンド・ライネッケ率いる部隊によって解放され、間をおかず、前王ヨルマン1世の娘、現王の妹がヨーネフリッツの正統な主権者と称し国王として独立した。との報がフリシアの王都フリシアンの王城にもたらされた。
その報に接したフリシア国王エリクセン1世は宰相テルマルクと話し合った。
「エドモンド・ライネッケが大森林に左遷されたと聞いたときは、よく我慢したものだと思ったのだが、なにかあったのかな?」
「あの段階でエドモンド・ライネッケが力で国を乗っ取ったとしてもあとが立ちいかなかったでしょう。それを考えて大森林で力を蓄えたのではないでしょうか。そして今十分に力を蓄え打って出た。ヨーネフリッツ全土を手中に納めるため、ヨルマン1世の娘を担ぎ出しヨーネフリッツの正統な主権者と称したということなのでしょう。
「なるほどな。そうなると、ハルネシアはもたないだろうな」
「エドモンド・ライネッケと軍事的に敵対するのは自殺行為ですから、いくら国王の命といえども国軍も戦いたくないでしょうし、ハルネシアの王に与する地方領主も現れないでしょう」
「だろうな。逆に雪崩を打ってエドモンド・ライネッケに味方するだろうな」
「おそらくは」
「つまりは、ハルネシアの王は先々代のヨーネフリッツの王と同じくハルネシアから逃げ出すしかないわけだ」
「はい」
「もし、ハルネシアの王がわが方に逃げ込むようなら捕まえて、エドモンド・ライネッケに差し出せば、エドモンド・ライネッケにわずかでも貸を作れるだろう」
「おっしゃる通りでございます」
「ではそのように取り計らえ」
「御意」
「ところで、ズーリとハイムントを瞬く間にかすめ取ったカルネリアの調査はどうなっている?」
「はい。
カルネリアのハジャルに総本山を持つ神聖教会の総大主教の娘がハルネシアの王と婚約したことは陛下もご承知と思います」
「婚姻したとはまだ聞いていないが、婚約までは聞いている」
「婚礼式典などは行われていないようですので、まだ婚姻はしてないと思われます」
「どっちでもいいがな。残念だがそれを考えるとハルネシアの王が逃げ出す先はカルネリアと考えた方が良さそうだな」
「御意」
「嫁を娶るつもりが婿入りか。しかし、国から逃げ出した王などカルネリアからしてみれば、なんの価値もないのではないか? 返ってエドモンド・ライネッケに付け入る口実を与えるだけであろう?」
「カルネリアがエドモンド・ライネッケの力を過小評価していれば逆にヨーネフリッツへの介入の口実になると考えるかも知れません」
「そうしてカルネリアがヨーネフリッツに攻め込んで痛い目にあえば、わが方もドネスコも多少は溜飲が下がるというものだ。その時は、ヨーネフリッツに援軍を出してもいいかも知れぬぞ」
「援軍を断ることもないでしょうから良いお考えかと思います。そのままヨーネフリッツと語らってズーリとハイムントに攻め入って分け取りにしてもよろしいかと」
「それも面白そうだな」
「御意。
調査結果に戻りますが、カルネリアの国軍の規模は約3万」
「わが方の3分の1もないわけだな」
「はい。
その代り、神聖教会が神聖騎士団と名乗る私兵を養っており、実際のところ国軍兵士と比べ精強とのことです」
「なるほど。それでその私兵の数は?」
「3万といわれています」
「教会ごときでそれほど軍を養えるのか?」
「各国の神聖教信者からの寄付などで潤っているようです」
「なるほど」
「神聖教会には私兵とは別に御子と称する異常なまでに戦闘力の高い者が4、5人いるようです。うわさですが一人で1万の敵を打ち負かすとか」
「二人目のエドモンド・ライネッケと彼の直臣たちいうわけか?」
「エドモンド・ライネッケと彼の直臣に匹敵するかどうかは分かりませんが、その御子が大きな戦力になっていることは確かなようです」
「その話が事実とすると、カルネリアはハルネシアの王を受け入れ、ヨーネフリッツに討ち入るやもしれんな」
「カルネリアがエドモンド・ライネッケの力を侮っていればそういった行動に出てもおかしくありません」
「そもそもハルネシアの王自身、エドモンド・ライネッケの力を見くびって僻地に押し込んでいたわけだからカルネリアがエドモンド・ライネッケの力を見くびることはありそうだ。お互いにつぶし合ってくれればありがたいが、エドモンド・ライネッケが勝つだろうな」
「御意」
「ほかに何かあるなか?」
「はい。国内の神聖教会の施設からもカルネリアの神聖教会の本山に資金が流れ出ているはずです。こちらの方も調査するべきではないでしょうか?」
「調査だけに止め、何かの折に摘発してやろう。こちらもそのように」
「御意」
「それはそうと、エドモンド・ライネッケと友誼を結べないものか?
アレに敵対するのは愚か者であるなら、友誼を結んでおく方がよいであろう?」
「もちろんでございます」
「向こう次第ではあろうが、向うにとってもそう悪い話ではなかろう?」
「どのような形を陛下はお考えでしょうか?」
「フリシアはヨーネフリッツに対して敵意はない。少なくともエドモンド・ライネッケと敵対する気はないことを伝えるだけでいいだろう」
「それだけでよろしいのですか?」
「できれば、エドモンド・ライネッケの領都にわが方の公館を建てたいな」
「公館というと大使を置くということでしょうか?」
「その通りだ」
「分かりました。使者を送るにせよ、何か手土産を持たせなくてもよいでしょうか?」
「そうだな。公館の建設費用のほかに何か適当なものがないかな?
宝物庫の中になにかあればよいのだが」
「それでしたら、王笏はドネスコが接収していますから無理ですが、ハルネシアの王城から接収した王冠を返還するのはどうでしょう?」
「それはいいかもしれないな。忘れずに王笏はドネスコが持っているということは付け加えてな。しかし、国王たるものが都から逃げ出すことも問題ではあるが、逃げ出すなら王冠と王笏くらい持って逃げればよかろうに」
「それだけ慌てていたのか、もう公の場で使うことはないと考えたのでしょう」
「そうかもしれんな。哀れなものだ」
「それで使者は誰を充てる?」
「外務卿のオイゲンを向かわせましょう」
「そうだな。外務卿直々となると、向うも無碍な対応はできないだろうしな」