第269話 ハルネシア
ゲルタに到着した翌日。
ウーマは第1、第2大隊と1個弓兵大隊を引き連れ、ゲルタ城塞を後にした。
ハルネシア到着は10日後の予定である。
ハルネシアまでの道中、各所で兵を率いて合流を求めてきた領主が何人も現れたが、ドリスが彼ら彼女らに対し「わざわざありがとう。その気持ちだけで結構です。もちろんこのことは覚えておきますので安心してください」
といった口上で丁重に断っている。
また、ハルネシアでは、俺が国王の代行としてふるまうことをドリスが了承した。
予定通りゲルタを発って10日目の昼前。ハルネシアの市街が見えてきた。
昼の大休止のあとハルネシアに向け行軍を続け、市街地に入ったところで、整列し直して城に向けて行進した。
ウーマのスリットから城までの大通りを眺めたら、大通りには人が沢山詰めかけて、声は聞こえないのだが歓声を上げているようだ。
そこで、護衛にペラを付けドリスをウーマの甲羅の上のステージに立たせた。
そうしたら、ハッチを通じて沿道からの歓声が聞こえてきた。
ドリスの人気が高いのか? 逃げ出した男の人気が底抜けに低かったのか? 判断に苦しむところだ。
王城の門前でウーマを止めたところ、門からちょっと立派な格好をした連中が出てきた。
いったんウーマの中に戻っていたドリスともども、俺たち全員がウーマから降り、その連中が俺たちの前までやってくるのを待った。
その連中が俺の前にやってきて、中で一番年長に見える男が一歩前に出てきた。
「われわれは、ヨーネフリッツ王国の者だ。そしてわたしは陛下の代行を務める者だ。
ところで貴殿は?」
「ハルネシア行政府の長官を務めますアニムニと申します。ライネッケ大侯爵閣下」
なんだ。俺のことを知ってたか。行政府の長官ということは、地方なら太守だろうが、王都一帯を治める以上、前世で言えば都知事のようなものだろう。
「単刀直入に言う。この城を含めハルネシアを明け渡していただきたい」
「かしこまりました」
いやに聞き分けがいいな。旧政府の役人である以上、必要以上にごねれば即逮捕だから当たり前か。
「それじゃあ、まずは玉座に案内してもらおうか。そのあと速やかに各部門の責任者を玉座に集めてくれ。国軍の責任者と財務関係の責任者は必ずな」
「かしこまりました」
アニムニに従っていた数人が走って散っていった。各部門の責任者に呼びにいったのだろう。
そのあと俺たちはアニムニと名乗る行政長官の後については城の中に入っていった。ウーマは門前に置きっぱなしで、兵隊たちには城門前で小休止をとらせた。
玉座の間に入り、ドリスをまず玉座に座らせ、右にサリーたち3人を、左に俺たちが並んで立った。
アニムニは、玉座の間の真ん中あたりに立っている。
しばらくして、10人ほどの男女が玉座の間に集まった。
「閣下、これで全部門の責任者が全員集まりました」
「よろしい」
俺は集まった連中に向かって、自己紹介してやった。
「わたしはヨーネフリッツ王国の大侯爵ライネッケだ。ドリス・ヨルマン1世陛下の御前ではあるが、現在は陛下の代理をしており、陛下の権限を代行している。
きみたちなら知っていると思うが、便宜上きみたちは今はなき西ヨーネフリッツ王国の役人ということになる。そして、われわれこそがヨーネフリッツ王国の役人だ。
きみたちに問題がなければ引き続きヨーネフリッツ王国の役人として仕えてもらう。よろしいかな?」
「まず、財務の責任者一歩前に出てくれ」
小太りの男が一歩前に出た。
「貴殿は?」
「王国の財務を担当していますクロジクと申します」
「西ヨーネフリッツ王国の財務状況をひとことで言うとどんな具合だ?」
「非常に苦しい。と、申せます」
「西ヨーネフリッツではドネスコ、フリシアによる襲撃で失った分の軍船の建造も終わり、国軍もほぼ定員を維持しているのだろ? どことも戦争をしてわけでないし。おかしくないか? 普通に運営していて財務的に苦しい?」
「おっしゃる通り、軍関係の出費で国庫が苦しいわけではありません」
「それじゃあ、何が原因で国庫が苦しい?」
「はい。王室関連費がヨルマン1世陛下時代の3倍にも上っております」
「なるほど。その金は何に使ったのか分かるか?」
「いえ。財務で把握している王室関連費の詳細は物品や工事などの通常伝票で処理される案件のみで、王室が現金として要求されていた部分については、どのように使われたのかは把握していません」
「なるほど。
それで王室が要求していた現金はどの程度だ?」
「ヨルマン1世陛下時代の王室関連費から増えた金額の全てがそれに充たります」
要は王室の出費で国の財政が苦しかったということか。
「つまり、王室の冗費を搾れば、財政は改善可能ということだな?」
「その通りです」
「いちおう分かった。しかし、王室といえどもどこかに使った金の記録くらい持ってるんじゃないか?」
「わたくしどもでは何とも」
確かに。帳簿的なものが残されているかもしれないから、ヨルマン2世の居室や執務室の調査は必須だな。金の流れが分かれば、何か見えてくるだろう。
「ヨルマン2世関係以外で財務的な問題はなかったと理解していいんだな?」
「はい」
一応は理解した。しかし、財務は国の要だ。ある程度の調査、監査は必要だろう。
「ペラ、監査はできるか?」
「はい。伝票と帳簿を突合し、ついでに資産管理台帳と実際の資産も確認します」
思った通りだ。ペラにかかれば伝票と帳簿の突合などアッという間だろうし。不正があれば一発だ。今目の前にいる財務のトップはペラの能力を知らないからな。何か出てきそうで楽しみだ。
「財務関係はペラに任せた。
ペラ子爵が伝票と帳簿類を中心に詳しく調べるから、彼女をきみの部屋に案内してくれ。
あと、ペラ子爵が要求する資料は速やかに提出し、あらゆるものを開示すること。隠し立ては国家反逆罪が適用される。もちろん不正などが見つかれば当然国家反逆罪だ。正直に申し出れば罪一等を減じることがあるかもしれないが、それは状況次第だ」
国家反逆罪って今思いついた言葉だけど、ちょっとカッケー。
「は、はい」ハンカチで額の汗を一度拭いたクロジクがペラを連れて玉座の間から退出した。
「次は国軍だ」
次も小太りのおっさんが一歩前に出た。
「それで、きみは?」
「国軍本部長は失踪しており、副本部長であるわたくし、シュペアがその任に当たっています」
「西ヨーネフリッツ国軍はきみも含めて全てわれわれの指揮下に入ってもらう。
具体的にはわたしの隣りのヨーネフリッツ国軍本部長であるエリカ・ハウゼン伯爵の指揮下だ」
「了解しました」
「わたしがエリカ・ハウゼン。よろしくね。さっそくだけど国軍本部に案内してくれる?」
「は、はい」
「エリカ。城の前で待機している兵隊たちを適当な駐屯地に案内するよう指示しておいてくれ」
「了解。何人かここに残さないでいい?」
「ウーマの中に戻ろうと思うから必要ないだろう。エリカも仕事が終わったらウーマに戻ってくれ」
「ウーマはあの場所?」
「うん」
「分かった」
エリカはそう言って国軍副本部長の後について玉座の間から出て行った。