第268話 ヨーネフリッツ王国
部隊の呼称変更もすんなり決まった。エルフ部隊だけ第1弓兵大隊として、他の500人隊は第1から第4大隊とした。
ブルゲンオイストからの報告が届いたところで、そのように呼称変更したことをヨルマン領に駐留中のライネッケ領軍各部隊に伝えるよう連絡員に依頼しておいた。
9月末までに西ヨーネフリッツの領主のうち3分の2から進退伺の書簡がブルゲンオイストに届けられた。さらに、国の直轄領の太守たちから、ヨーネフリッツに対して敵対しない旨の書簡を受け取っている。
結局ゲルタ城塞を接収しただけでヨーネフリッツのほとんどがドリスになびいたことになる。
俺たちを切り捨てた段階でヨルマン2世は詰んでいたわけだ。
西ヨーネフリッツの王都ハルネシアまでの道は開けたと判断したので、ヨルマン2世を追い落とすため、ハルネシアに向けて進軍することにした。
出陣準備というほどではなかったが、しばらく留守にすると行政庁の面々にことわり、ドリスたちをハルネシア奪還作戦に同行させるためウーマに乗り込んだ俺たちはブルゲンオイストに向けツェントルムを出発した。
街道に出てオストリンデンを過ぎディアナの直前にした街道上移動中、前方からペラが駆けてきた。
一大事が起きた!?
ペラをウーマに招き入れ、少しだけドキドキしてペラからの報告をみんなで聞いた。
「ハルネシアからヨルマン2世が逃亡したようです」
「何だってー!?」
「ヨルマン2世と王族がハルネシアから南に向けて逃走したとのことです。行き先は今のところ不明です」
「ハルネシアから王族が逃げだしたのはこれで2度目か。呪われてるのかね」
「そんなことはないと思うけど、これからわたしたちどうする?」
「ハルネシアに向かっての行軍は予定通り行なおう。
道中の領主が兵を出してくると思うがそれは断ろう。ヨルマン2世がハルネシアから逃げ出した以上威嚇の意味もないし、第一移動速度が制限されるからな。
ハルネシアに入ったら王城をできるだけ早く接収しよう。少なくとも戴冠式用の諸々は手に入れないと面倒だから」
「逃げ出した連中が、他の宝物と一緒に持ちだしてないかな?」
「あり得るけど、邪魔なだけじゃないか? ヨーネフリッツ王に復活する目はもうないんだし。持ちだすなら、金貨だろ?」
「それもそうか」
当日午後。ブルゲンオイストに到着した俺たちは、王城の会議室でドリスたちのほか城の重役も出席した簡単な会議を行ない、ハルネシアへの行軍について説明しておいた。
その後、城の食堂で内輪だけの夕食会が開かれた。ドリスは建前上俺の上司なので人前だと陛下呼びしないといけないのだが、先ほどの会議の時と違って身内しかいない会食なのでドリス呼びでいい。
料理をつつき、ワインを飲みながら、ドリスにヨルマン2世の行方についてたずねてみた。
「ドリス。ヨルマン2世はどこに逃げたと思う?」
「わたしでは何とも。
南方向に逃げたということは、ドネスコ、ズーリ、ハイムントが考えられますが、ドネスコに逃げ込むことは考えられませんから、方向的にはズーリないしハイムント。ズーリもハイムントも今はカルネリアの属国のようですから、カルネリアに逃げたのでは? それに神聖教会の総大主教の娘と婚約していたはずですから」
「神聖教会の総本山だか聖地はカルネリアにあるって話だしな」
「それで決まりね。
追うの?」
「追わないまでも、身柄の引き渡しはキッチリ要求しよう」
「身柄を引き渡すかな?」
「さすがにそれはないだろうが、ひとこと言っていれば俺たちが気にかけているってことは相手に伝わるだろ? 何かあれば向こうの交渉の材料として身柄を引き渡してくれるかもしれない」
「なるほど」
「わたしは父の死について疑っているんですが、関係者を調べたいんです」
「ドリスの気持ちは分かるけれど、俺たちがハルネシアに到着したころには関係者はみんなハルネシアから逃げ出してるんじゃないか」
「そうですね。それでも……」
「ヨルマン2世を捕まえることができれば全ては明るみに出るわけだから、できるだけのことはやってみよう。そうだなー、カルネリアに何か圧力をかける材料がないか考えてみよう。最悪、ウーマとリンガレングで脅してもいいしな」
「そこまでやるの?」
「場合によってはな」
何せカルネリアは俺の覇業の障害になりそうな国だ。脅し程度どうってことはない。
ヨルマン1世の死が変死だとして、俺はヨルマン2世と彼を推す連中による犯行と思っていた。
ヨルマン2世たちの犯行なのだろうが、ヨルマン1世の急死前後で神聖教会の大主教が出入りしていたというからには、カルネリアに教唆されての犯行の線も濃厚だ。言ってみればこれはカルネリアに対する大変な弱みだ。小国カルネリアからわざわざ嫁をとることも説明がつく。
いずれにせよハルネシアの王城には関係者は一人も残っていないだろう。それでも、ケイちゃんがヨルマン1世が亡くなる前に城に勤めていた連中から話を聞けば、大体の見当がつくのではないだろうか?
「それでドリスは、ヨルマン2世による犯行だと分かったら、どうするつもり?」
「もちろん責任を取らせます」
サリーたち3人もうなずいている。
当然だよな。国王殺しは大逆罪。一族もろとも処刑だ。カルネリアからの嫁さん可哀そうに。そういえば婚約までの情報しか俺は知らないのだが、結婚してる?
結婚していなければセーフかもしれないが、カルネリアの教唆が明るみに出たら討伐も視野に入ってくるよな。そうなればカルネリアの属国ズーリとハイムントも討伐対象だ。
ドリスがカルネリア討伐命令を俺に出すようドリスを唆してやろ。俄然やる気が出てきたぞ。
「それはそうと、ドネスコやフリシアも干渉しただろうに、ズーリとハイムントはよくカルネリアの属国になったよな? 何があったんだろう? カルネリアのことはよく知らないけれど、精強な軍隊を大量に持ってるわけじゃないんだろ? 宗教がらみでなにかあったのかなー?
ドリスは何か聞いてる?」
「いえ。何も」
「余力が出てきたら、その辺りを調べた方が良さそうだな。
密偵を入れられればいいんだが、難しいかな?」
「そうですね。商人が金属の買い付けにズーリと行き来しているはずですから専門の密偵でなくてもうわさ話程度のことは分かるかもしれません」
「それくらいでも、何も分からないより何倍もいい。商業ギルドからその辺りの情報を得られそうだ」
「分かりました。調べさせます」
「それじゃあ、お願いします」
翌日、ウーマにドリス以下4名を迎え入れ、ペラのメンテナンスボックスも忘れずに積み込み俺たちは王城の横の駐屯地に駐屯中のホト子爵率いる第4大隊、旧第4、500人隊を引き連れゲルタ城塞に向かった。
昼前にゲルタ城塞に到着し、そこで駐留中の第1大隊長、第2大隊長、第1弓兵大隊長を守備隊本部に呼び、ホト第4大隊長も交え、ハルネシアへの進軍と守備隊の交代についてエリカが説明し指示を出した。