第263話 旧ヨルマン領回復2、ブルゲンオイスト
ドリスたちにはウーマの中に戻ってもらい、ゲルタ守備隊本部の会議室でホト子爵、俺、エリカ、ペラで会議をした。
俺たちが連れてきた兵隊たちは守備隊員に連れられ宿舎に移動し、食事の用意が整う2時間後に食堂に案内されることに成っている。
「わたしが指揮権を頂いたわけですが、ホト子爵以下の守備隊の面々はわたしのライネッケ領軍の組み込まれてくれませんか?」
「われわれに、今の国王と戦えと?」
「はい。その通りです。
兵隊の数がまだ足りないのでハルネシアに進軍するのは少し先ですが、いずれ進軍し簒奪者を追います。今回は旧ヨルマン領の解放が目的です。
そこで、ゲルタ守備隊のみなさんにはブルゲンオイスト攻略に参加していただきます。
わたしのカメとクモが前を行きますからついてくるだけで十分です。おそらく戦闘は起こらないでしょう」
「了解しました。
ただ、ヨーネフリッツ本土に家族を置いている者もいます。その者たちは家族のもとに帰してやりたいのですが」
「何人くらいでしょうか?」
「現在、ゲルタ守備隊の総数は580名。うち非戦闘員が40名ほど。そのなかでヨーネフリッツ本土に家族を持つものは60名強います」
「それくらいなら大丈夫です。本人の希望を聞いて帰してあげてください」
「ありがとうございます」
そういった話の後、ゲルタ城塞の守備の引継ぎとブルゲンオイスト戦とそれ以降に続くその他の都市攻略について簡単に説明しておいた。
「明日の午前中、わたしが連れてきた部隊との守備の引継ぎをした後、半日かけて出陣準備をお願いします。
ブルゲンオイストへの進軍は明後日の午前7時。午前中にブルゲンオイストに到着するつもりで急ぎます」
ホト子爵がちょっと渋い顔をしている。
行軍訓練をキッチリしていないと半日で25キロはきついだろう。
それでも俺の部下になった以上はレメンゲン効果で能力が底上げされるはずなので脱落者が出ることはないはずだ。
「何日分の食料を持てばいいですか?」
「ブルゲンオイストを解放すれば食料は手に入りますから、3食もあれば十分でしょう。
あと、荷車を提供するので重い物は荷車に積めばかなり軽装で移動できると思います」
「了解しました」
翌日。
半日を費やして、守備隊の引継ぎを行ない、守備隊の武器庫に俺が運んだ5万本の矢を置いてきた。
ヨーネフリッツ本土に去っていった兵隊を除き、480名ほどのゲルタ守備隊はライネッケ領軍第4、500人隊と改名した。隊長はもちろんホト子爵だ。
旧ゲルタ守備隊に代わったライネッケ領軍とエルフ部隊から成る守備隊の指揮は、ケイちゃんがゲルタに残り自分で執ると言ったので任せることにした。エルフ部隊もいることだしある意味適任だろう。念のためペラをケイちゃんの補佐に残そうかと言ったが、守るだけなら今の部隊で十分だし、ペラは作戦に必要だろうからゲルタに置かなくてもいいと断わられた。
その翌日。
第4、500人隊は早めの朝食を摂った後ウーマの先導でブルゲンオイストに向けて街道を東進した。
初老のホト子爵がウーマのすぐ後を歩いているのだが、見た感じ行軍に支障はないようだ。
やはりこれもレメンゲン効果なのだろう。言い方を変えると、ホト子爵がちゃんと俺の部下としてレメンゲンに認識されたということだと思う。こういった厳しい行軍をして脱落したらそいつはレメンゲン効果が現れなかったわけだから、俺の部下としてレメンゲンが認識していない=裏切り者と考えていいだろう。この判別法はそのうち役に立ちそうだ。
途中小休止を何度か挟み、部隊はブルゲンオイストの市街に到着し、ウーマはそのまま部隊を引き連れ市街の大通りを進んでいった。
大通りを行き来する馬車は道のわきに寄り、通行人も脇によってウーマと後に続く部隊に道を譲っている。
俺はペラを連れてウーマのステージの上に立っているのだが、道を譲ってくれた人たちの声が耳に入ってきた。
『ライネッケ侯爵と大ガメだ!』
『大ガメじゃない。戦亀だ!』
『とうとう山が動いたんだ』
『王家のあの仕打ちにいままでよく耐えていたものだ』
『いつでも王家を滅ぼせたのに滅ぼさなかったのは前王の顔を立てたからに違いない』
『これでヨーネフリッツは安泰だ!』
『戦神が戦亀でやって来る!』
後を振り返るとなぜか俺たちの後を街の連中が付いて来る。なんだ?
街の内壁の通路を潜り抜けて少し進むと旧王城と堀が見えてきた。
どう見ても武装集団である俺たちが旧王城に近づいているのだが、旧王城前は平素と変わらず、城の門も開け放たれたままだった。
これでいいのか? 俺たちに空城の計など無意味なので、普通に門の中に入って城を占拠するだけだし。逆に降伏するつもりなら、最初から門を開けていた方が心証はいいのは確かだ。
そういうことなので、俺たちは堀にかかった橋を渡って城に入ろうとしたのだが、橋の幅も門の幅もウーマの横幅より明らかに狭い。
仕方ないので後に続く部隊を停止し、俺とペラとで橋を渡り降伏勧告することにした。
「わたしは、ライネッケ侯爵だ。
ヨーネフリッツの正統なる後継者、ドリス・ヨルマン殿下にヨーネフリッツを返してもらうためにやってきた。
速やかに、殿下に恭順しヨルマン領を明け渡すように。半時間を過ぎても回答がない場合は要求が拒否されたものとみなして実力を行使する」
俺が門前で口上を述べたら、衛兵がこぞって門の中に駆けこんでいった。ご注進のために城内に数名が駆けて行ったのだが、門は開け放たれたままだった。
10分ほど門の前で待っていたら、城の中から上等な服を着た男が数人の若い男と数人の兵隊を連れてやってきた。
「ライネッケ閣下、お初にお目にかかります。
ヨルマン地方を預かるケスラーと申します。
ドリス殿下は失踪されて行方はようとして知れず、殿下の名を騙りご謀反を企てるおつもりでしょうか?」
「ほう。殿下がいらっしゃれば、ヨルマン領を明け渡すということでよろしいか?」
「いえ、殿下がいらっしゃろうといらっしゃらなかろうと、このヨルマン領は陛下の持ち物です。わたしが勝手に明け渡すことはできません」
「分かりました。
それでは実力を行使します。どうぞ城の中にお戻りになり、わが方に備えてください」
「それが何を意味するのか、閣下は分かった上で実力を行使するとおっしゃってるんですか?」
「ヨーネフリッツ全軍程度を相手にしてわれわれが後れを取ることなどありえないんですよ。あなたは文官のようだからわれわれについて認識が追い付いていないのでしょうが、この城もその気になれば外からでも簡単に叩き潰せるのにわざわざ明け渡すよう声をかけたまで。じっさい叩き潰すのは忍びないですからね」
俺はそこまで言って俺とケスラーなにがしとの間にリンガレングを出してやった。
「リンガレング、見参!」
「聞いたことありませんか? わたしが操るあらゆるものを破壊し焼き尽くすカラクリのクモをことを?」
俺は何も言っていないのだが、リンガレングはその尖った2本の前足をこすり合わせて横隔膜に響くような不快音を発生させ始めた。いつも場を読まない登場だが、実は場を読む能力があったのか!
目の前の男は数歩後ろに下がったが何も言わない。この男、リンガレングのことを本当に知らないのか?
「試しに城壁越しに城の本館を叩き潰してあげましょうか? 城の建物程度このクモの手足で切り刻むことも容易ですが、特別にわたしのクモの特別な力を見せてもいいんですよ。
四半時間ほどあげますから、本棟の中にいる人を退避させてください」
城は惜しいが、なくてはならないものでもないし。そちらの兵隊を殺してしまうよりよほど穏便だ。
「リンガレング、右手に大き目の建物が見えるだろ?」
「はい。確認しました」
「あの建物だけを特殊攻撃で叩き潰せるか?」
「もちろん可能です」
「ちなみにどういった攻撃を考えている。
周囲への影響を最小限に抑えるため『神の鉄槌』で破壊します。脆そうな建物ですから超低温で脆弱化しなくても超重力で押しつぶすだけで十分です」
「じゃあ、俺が合図したらやってくれ」
「了解」