第254話 ドリス・ヨルマン2
期せずして女子会のたわいもない話に参加した翌日。
開墾予定地の立木をキューブに収納して木工所の生木置き場に下ろした俺は、学校の建設現場と駐屯地の隊舎の建設現場を見学したりしてツェントルム内を見回っていた。
ツェントルムも町から街っぽくなってきてそれなりに市街地も農地も広がっているので、一回りするとなると半日かかるようになった。
鉱山は市街からだいぶ離れているのでそれらを視察して回ると1日仕事になってしまう。ただ、鉱山の鉱石はヤードに積んであるので、俺がそれをキューブに入れて、街の鍛冶場=金属加工場兼金属精錬所の鉱石置き場に運ぶ必要がある。
まだ鉱山のヤードは一杯ではないだろうから今日は鉱山に行かなくてもいいだろうと思い、昼食をみんなと摂ろうとウーマのいる中央広場に戻ってきた。
そうしたところ、ウーマの前でエリカたちと見知らぬ女子たちが相対していた。
なんだ? なんだ?
こちら側はエリカとケイちゃん。向かいに女子が4人立っている。4人とも革鎧を着ており、その中の3人は大きなリュックを背負っていて、一人だけリュックを背負っていなかった。
4人とも歳のころは二十歳前後。つまり俺やエリカと同じくらい。
「エド。やっと帰ってきた」
エリカがほっとした声で俺に声をかけた。
「この人たち誰?」
「本人たちに聞いた方がいいかも」
エリカがそう言ったところで、リュックを背負っていない女子が俺に話しかけてきた。
「ご無沙汰していました」
って、だれだっけ?
その女子の顔をあらためてよく見たら、なんと昨日話題になった今の王さまの妹、ドリス・ヨルマン殿下だった。
「これはどうも。ドリス殿下ですよね」
「はい!」
とにかく立ったままの話もないと思い、俺とエリカとケイちゃんの3人で行政庁の中の会議室にドリス殿下以下4人を連れていった。
行政庁の中ではペラとドーラが仕事を終えて帰っていくところだった。二人を交える必要はないので二人はそのままウーマに帰した。
ちょうど昼だから殿下たちに食事を出さないとマズいかも?
「ちゃんとした応接室もないもので、ここで我慢してください」
「いえ。いきなり押し掛けたのはわたしたちですからお構いなく」
お構いなくと言われて『はいそうですか』と、言うわけにもいかないし。だからといってここにはいまのところ給湯室はない。ない袖は振れず。俺が部屋の隅に立って加熱版とヤカンと水筒でお茶を淹れることは可能だし、そうしたらそれはそれでものすごく斬新ではあるけれど、それはちょっと違うような。ここは『はいそうですか』しか選択肢はないような。
頭の中の気遣いの言い訳はそれくらいにして、来意を聞くことにした。
「こんな田舎まで、どうされました?」
何をしようが本人の勝手だが、なぜにツェントルムに?
「父の葬儀の前日、兄のもとを逃げ出して他国に潜んでいたのですが、ライネッケ侯爵閣下の領地が大方の予想に反して発展していると聞き及び、こうしてやって来ました」
ヨルマン1世の葬儀か。そう言われればドリス殿下は王族の居並ぶ中にいなかったような。はっきりとは覚えていないが、本人がそう言うのならそうだったのだろう。
それで今の王さまのもとを逃げ出したということは、どういうことだ?
そういえばヘプナー侯爵、あのころはまだ伯爵だったが、あの人がドリス殿下を俺に紹介した時「ヨルマン公を嗣ぐのはドリス公女だろう」と、言っていた。
なるほど。
今の王さまが王太子になったと思ったら、前の王さまが急に亡くなり、王太女の呼び声の高かった4女が逃げ出した。ってことか。
真実は闇の中かもしれないが、それでも真実はある。
それはそうと、大方の予想に反してライネッケ領が発展している。だと? 俺たちの領地が発展しないというのがコンセンサスだったというのか!?
貴族になって1年も経たず年金打ち切りだったわけで、わずかな資金しかないと思われてたんだろうし、そんな小僧たち5人で何かできると考える方が非常識か。
大体察しは付いたがいちおう念のため。
「逃げてきたというのは尋常ではありませんが、どういうことでしょうか?
お話になりたくないようでしたら、いいんですけど」
ここに逃げてきた以上、俺たちに保護を求めているんだよな。そこらへんの小娘ならどこかに突っ込んで働かせればいいだけなので簡単だが、相手は一応ではなく本物のお姫さま。すごく面倒ではある。
「いえ。構いません」
そのあと、姫さまが逃げてきた事情を話してくれた。
大筋は俺の読み通りだった。俺ってこのところ妙に頭が冴えているような。
驚いたのは殿下が潜んでいたのがハグレアのベルハイム島だったようで、ベルハイムでツェントルムのうわさを聞いたそうだ。それでベルハイムから出ていたディアナまでの便船に乗って帰国し、そのままここツェントルムにやって来たのだそうだ。
「ライネッケ侯爵閣下に対する兄の、ヨルマン2世の仕打ちをお詫びします。厚かましいお願いですが、どうかわたしたちを保護していただけませんでしょうか?」
そう言ってお姫さまが頭を下げ、おつきの3人も頭を下げた。
現王と確執がある人物ということは、現王に対して人質的価値はゼロに近いだろうし、うちで飼っておく意味合いはないのだろう。逆に差し出せば礼を言われるレベルだ。とはいえ、こうやって頭を下げられてしまうとさすがに邪険に扱えないよな。
いや待てよ。
考えようによっては、ドリス殿下はいい手駒になるんじゃないか? いずれヨーネフリッツは俺たちがいただくわけだが、その時の大義名分が『以前ひどい扱いを受けた』という個人的な恨みより『ヨルマン1世の正統な後継者をヨーネフリッツの王につける』と、言った方が何倍も共感が得られる。
今の王さまに遺恨を持つ俺たちのところにわざわざやってきたということは、ドリス殿下もその気がないわけだはないのだろう。利益共同体というわけか。いいんじゃないか。
こういった事柄を俺の一存では決められないので隣りに座るエリカの顔を見たらうなずいた。
エリカからOKが出たので、殿下に受け入れることを伝えた。
「分かりました。ここに好きなだけいらしてください。
ただ、開発途上の町ですので不便は我慢していただくことになると思います」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はい。任せてください。
ちゃんとした屋敷を建てるとしても、当面、住んでいただく住居を見繕わなければいけないんですけど、
エリカ、どこかなかったかな?」
「すぐに提供できるとなると、夫婦者用に建てている建物くらいじゃない?」
「建築担当の誰かを呼んでくる」
「エド、それでしたらわたしが呼んできます」
ケイちゃんが立ち上がって部屋を出て、すぐに建築担当のエルフを呼んできた。
「どういった用件でしょうか?」
「夫婦者用に建てている家で、ここになるべく近い家を使いたいんだ」
「了解しました。閣下がご使用ですか?」
「いやいや、こちらの4人に当面住んでもらうつもりだ。家財道具は揃っているんだよな?」
「もちろんです。いつでも夫婦者が暮らせるよう整えています」
「良かった。
それと、それなりに立派な屋敷を大急ぎで作ってもらいたい」
「屋敷といいますと?」
「夫婦者用の家の2、3倍の広さで、応接室とか居間とか書斎とか。そんなものがある、いわば貴族用の家だ」
「閣下がお住まいになられる?」
「いやいや、それができたらこちらの4人に移っていただく。だから、その屋敷にも家財道具が必要だ」
「了解しました。建築順位を1位に上げて取り掛かります。家財道具はそれぞれの担当に声をかけておきます」
「よろしく。あと、誰かを寄こしてこちらの4人をその家に案内してくれ」
「はい。しばらくお待ちください」
建築担当者が部屋を出た後、すぐに建築担当補佐がやってきた。
「どうぞ」
建築担当補佐に連れられて、ドリス殿下たちが荷物を持って部屋を出て行った。
殿下たちの気配が無くなったところで、俺の考えをエリカたちに説明しておいた。
「単純にかわいそうだからだとか美人だから保護するわけじゃないと思っていたけれど、さすがはエド」
「そういうことなので、なるべく早い時期にドリス殿下をヨルマン3世にしようじゃないか」
「そうね。
それには何はともあれ兵隊よね」
「その通り。
それはそうと、殿下たちは自炊できるのかな? できないとなると食事を届けることになる?」
「ベルハイムに潜んでいた時どういった生活をしていたか分からないけれど、自炊くらいできるんじゃない。殿下は無理でもあと3人女性がいるわけだし」
「でもあの3人はどう見ても護衛ですよ。わたしとエリカが料理できないのと同じくらい料理がダメかも?」
「そういったことは、本人たちに聞いてみるのが一番だろう。
今日は気楽亭で歓迎会を開こう。
そういえば、ペラとドーラはウーマに帰っていって昼食を待ってるはずだ。急いで帰ろう」