第249話 ツェントルム
エリカのお父さんと商談するためオストリンデンに赴いた俺たちは、お父さんと店の応接室で商談に入った。
席に着いたところで店の人がお茶をテーブルの上に置いて一礼して部屋を出ていった。
「それで、大麦30トン、小麦20トン、肉の種類は問いませんが、合わせて50トン。用意していただけませんでしょうか? 受け渡しは、こちらの倉庫で構いません」
「穀物は大丈夫です。用意できる肉類はどれも塩漬けになりますがよろしいですか?」
「もちろんです」
「受け渡しはうちの倉庫で構わないということは、商隊でお越しですか?」
「いえ、わたしが直接運びます?」
「えっ?」
「物品を大量に持ち歩ける特殊なアイテムをダンジョンで見つけたもので、その中に入れて運ぶつもりです」
「100トンもの物品を? 一度に? ですか?」
「はい」
「お父さん、そういうことだから、倉庫に案内してよ」
「あ、ああ。
どうぞ、こちらです」
エリカのお父さんのほか、似たような年恰好のおじさんに案内され、店の奥の扉から裏庭というか、かなり広いヤードに出た。倉庫がかなりの数ならび、荷馬車が何台も出入りして多くの人が立ち働いている。
サクラダダンジョンギルドの裏庭より明らかに広い。まさに大店だ。
最初に案内された倉庫が穀物倉庫で、布袋一つに50キロの大麦が入っているということで600袋。
次の倉庫で50キロの小麦袋を400袋。
最後の倉庫で200キロ樽の肉を250樽。それらをお父さんの部下らしいおじさんと数を数えながらキューブに収納した。
「驚きました。これほどの量を一度に持ち運べるとは。
もしや、まだまだ余裕があるとか?」
「いちおう」
「なんと!」
再度応接室に戻り、代金を支払った。金貨300枚、内訳は大麦、小麦合わせて50トンで金貨50枚。肉が50トンで金貨250枚。だった。
支払いのためあらかじめ金貨は25枚ずつの束にしていたので簡単に支払えた。
「お父さん。ボッてないわよね?」
「当たり前だろ。大出精値引きだ」
「ならいいけど。これからもよろしくね」
「それで、みなさんの宿はどちらですか?」
「このまま、帰るつもりです」
「いえいえ、そういったわけにはまいりませんので、わたくしの屋敷にお越しください」
「お父さん。だから気を使わなくっていいから。
それに、わたしたちのいるところは今は村なんだけど、来年には村からオストリンデンまで道を造るから」
「そういえばうかがっていませんでしたが、皆さんの拠点と言いましょうか、領都? はどちらなのでしょうか?」
「オストリンデンの北、100キロほどのところに村を拓きました。今はまだ200人ほどの村ですが、先ほどエリカさんが伝えた通り、来年中にはオストリンデンまで道が拓けると思います。その後大々的に移民を募るつもりです。その時はよろしくお願いします」
「は、はい。お任せください。おそらく閣下がお呼びかけになれば多くの者がその村に押し寄せると思います。近い将来、わたしの店の支店を出さねばなりませんな」
「その日が早まるようわたしたちもがんばります。
それではそろそろわたしたちは失礼します」
「そうですか。それではお気をつけてお帰りください。
エリカもちゃんと侯爵閣下の役に立つんだぞ」
「分かってる。それじゃあね」
「ああ」
エリカのお父さんの店を出た俺たちは、エリカの案内で商店街に回って大量の魚介類を購入した。村のエルフたちには悪いが、俺たちだけで消費するつもりだ。悪いな。
1日半かかってツェントルムに戻った翌日から、俺はオストリンデンに向けての道造りを始めた。
ようはオストリンデンに向けて道路予定地上の立木を根ごと収納していく簡単な仕事だ。それもウーマのスリット越しの作業なので、作業中はスリットの前に椅子を置きそこに座っている。
とても仕事をしているようには見えないが、時速1キロほどで着実に立木が根ごと消えている。1日8時間労働で、12日半。12日目に森を抜け田園地帯に出た。田園地帯の先にオストリンデンの街並みが見えた。
次は道路の地盤を固めて砕石を敷き、その上に石板を敷いていく作業だ。石板と砕石は例の岩山から切り出して道のわきに並べている。この街道建設はエルフの里から第2陣がやってくれば彼らの主な仕事となる。
大まかに道ができ上ったころには、土地の開墾も進み、農地もだいぶ広がった。
種まきも始まっている。
そしてエルフの里からの第2陣受け入れのための小屋も建設も進んでいる。第2陣は家畜を運んでくる予定なので家畜小屋も建てている。
鍛冶場、木工所などもでき上がった。木工所の脇には生木置き場あり、俺が引っこ抜いた立ち木から枝を払った上、積み上げている。
4月に入り、エルフの里から新たに200名が馬、牛、豚、羊といった家畜と共にツェントルムの住人になった。
俺たちが何から何まで指示するわけにもいかなくなってきたので、ツェントルムの運営をになう行政庁を作ることにした。エルフたちの中から世話役的な人物を5人ほど選んで、建設、建築、農・林業、工業、その他全般の担当とした。彼らの下に2名ずつの補佐を付けることにし、簡単な建物も建てた。俺の漠然とした指示をちゃんとした形にして、下に下ろすことを目的にしている。将来的には鉱業、商業担当、そして軍事担当を設けると思う。
俺自身も大事な働き手なので、主に運搬の仕事だが、彼らの指示に従って作業することになる。
行政庁の屋根の上には櫓を建てて時の鐘を鳴らすことにした。時刻は日時計と砂時計を併用して計るエルフ式だそうだ。
鐘の音は朝の4時から夜の8時まで2時間おき。行政庁の当番が鐘を鳴らすことになっている。夜の8時はいいが朝の4時のため、当番はたいてい泊まり込むのだそうだ。ちょっとブラックだが、こういった無理も町が発展する初期には仕方ないことだと割り切っている。
時の鐘自身はエルフの里で鋳造してもらったものを時計とセットと一緒に持ち込んだ。
オストリンデンまでの街道建設も本格化して、1日当たり200メートルという驚異的スピードで街道は舗装されていった。街道の道幅は最終的には8メートルとし、道の両側には排水路を設ける予定だが、今回の舗装工事では道幅を3メートルとしている。3メートルしかないので荷馬車が1台通ればそれで道は塞がってしまう。まだ排水溝もないので雨は降ればそれなりに路上に水は溜まり、道の両側の地面もぬかるむことになる。
道路建設では、現場近くに飯場を作って、数キロ道が伸びるたびに新たに飯場を作り、古い飯場は解体して、次の飯場用の資材とする。
俺たちは使徒さまご一行なので、遠慮なくウーマの中で生活しているので快適だ。大量に収蔵しているバナナをみんなに『下げおろす』とことのほか喜ばれる。
この年の8月。大麦と小麦の収穫があった。乾かしたそれらを脱穀し、小麦は水車小屋で粉にひいた。ロジナ村のときどの程度の収量があったのかは記憶にないが、農業を担当しているエルフのおじさんの話によると、エルフの里での収量の5割増しだったそうだ。
土がそれほど肥えているとは思えないのに、不思議だと、首をかしげていた。
レメンゲンの力なのか、ミスル・シャフーの加護の力なのか。
そして翌年8月。誕生日が過ぎているので俺は18歳になっている。
街道の第1期工事が完了し、幅3メートルしかないが舗装道路がオストリンデンとツェントルムを結んだ。ツェントルムには荷馬車用に簡単な駅舎も設けた。街道が完全開通したら駅舎も本格的に拡張する予定だ。
ツェントルムの人口はエルフの里から最終移民となる200名+アルファを受け入れて600名+アルファとなった。アルファというのは第3陣は家族での移民で、子連れの家族も複数いたためである。また、これまでの400人の中にもカップルが生れており、彼らは家族用戸建てに移り住んで家庭を築いている。
街道開通に前後して、ヨーネフリッツ各所の商業ギルドその他にライネッケ領への移民の案内を掲示してもらった。これはエリカのお父さんに有償で行なってもらった。
9月に入り、ヨーネフリッツからの移民がぼつぼつ現れ始めた。移民はたいてい家族者だったので人口は着実に伸びている。彼らには各人の特性に合わせて仕事を割り振っていった。
まだツェントルムからの産品は何もないので、なんであれ外部から購入すればすべて持ち出しになる。とはいえ徐々にそういった物は少なくなっており、近い将来自給自足体制が整いそうだ。
これまで労働の対価は衣食住の支給だったが、将来のことを考えて貨幣経済を導入することにした。というかエルフの里でもちゃんとした貨幣経済が成り立っていたのだが、現在村にいるエルフたちは、俺とケイちゃんのためにある意味無償で働いてくれていた。これから先交易も始まれば嗜好品を購入したくなるのは人情なので、各人に1カ月あたり銀貨2枚を支給することにした。行政庁の中に机を置いてペラとドーラが担当した。支給用、流通用の銀貨、銅貨についてはオストリンデンの商業ギルドでダンジョン金貨から大量に両替してもらっている。
ツェントルムが順調に発展しているなか、俺たちは領地内の調査ということで大森林各所を巡ったところ、各所で鉱山を見つけてしまった。鉱山の種類は、金銀鉱山、銅鉱山、鉄鉱石鉱山、そして石炭鉱山だ。どの鉱山も地面に露出した露頭を見つけたものなので採掘は露天掘りでいける。
エリカのお父さんの伝手で鉱山技師をスカウトし、鉱山の開発を始めた。もちろん開発に先だって鉱山までの道を造ったり、鉱山の近くに飯場を造ったりのインフラからの開発になる。行政庁に鉱山担当も置いた。