第243話 戴冠式
父さんとシュミットさんはそれから3日後にロジナ村に向けて帰っていった。
帰りに際して、お菓子と、完熟前のバナナの房を2つずつ持たせた。
「その果物は2、3日したら黄色くなって食べごろになるから。あと固い物にあたるとそこから傷むから気を付けて」
「分かった」
「それじゃあ父さん、シュミットさん。気を付けて」
「父さん、それじゃあね。母さんたちによろしくね」
「ああ、お前たちもな」
それから1カ月後。
父さんの予定が分からなかったのでそのままロジナ村に手伝いに行きそびれていたら、父さんに伴われて、母さん、アルミン兄さん夫妻、そして、ディアナで書記をしていたクラウス兄さんが王都にやってきた。
それで、家族で集まり食事会を開いた。
なんでも、父さんはロジナ村からゲルタに隣接する王領の中心都市ゾーイに異動し、ゾーイを中心とした王領全土がライネッケ子爵領とされたそうだ。
規模的には伯爵領相当の土地であるため、国王の戴冠式が終わればいずれ父さんは子爵から伯爵に陞爵されると思う。
クラウス兄さんは書記を止めてゾーイに移ってアルミン兄さんと一緒に父さんの仕事を手伝うそうだ。
婿養子に出た次男のフランツ兄さんはいなかったが、久々家族が揃っての食事で、ドーラもニコニコだった。そのドーラを見て母さんも安心したようだ。
俺が伯爵、ドーラが準男爵ということは父さんがみんなに話していたので全然驚いてはくれなかった。話しているのは当然なのだが、ちょっとだけ残念だ。
ちなみに、父さんたちが住むゾーイには城はなく旧代官が住んでいた館があるそうで、そこが新しい家になるのだそうだ。召使などはそのまま残っているという。使用人がちゃんとした連中ならいいが、母さんもしっかり者だから使用人の中に不届き者がいればそれなりに対処するだろう。
ライネッケ遊撃隊はそれまでに1度だけ旧ヨーネフリッツ本土に出撃したが、戦闘前に敵が降伏してしまい実戦に至ることはなかった。戦いになれば容赦はしないが、同じヨーネフリッツの人間同士で戦わずに済んでそれはそれでよかった。
そして6月に入り、ヨルマン1世が率いる新ヨーネフリッツは旧領を全て回復した。
今現在、王都ブルゲンオイストでは来月初に予定されるヨルマン1世の戴冠式に向けてその準備が進められている。
戴冠式には国王陛下自身は参加しないが王都守備隊のパレードも行われるそうで、俺のライネッケ遊撃隊は王都守備隊には属してはいないがパレードの先頭に指定された。それで、このところの訓練は行進をもっぱら行っている。パレードにはウーマは遠慮してくれと言われている。俺たちだけが目立ち過ぎるわけにはいかないということなのだろう。いや、観衆が多いとかなり危ないからか。行進も最大5列縦隊でお願いしますと言われているし。
部隊編制の基本は従来通り20人隊だが、4個20人隊を100人隊と称して100人隊を5個作り、それぞれに20人隊長から昇格させた100人隊長を置いた。
20人隊が5個残るのだが、その5個20人隊はペラの直属とした。伝令、物見までこなす万能部隊を目指しており、たまにペラが「しごいて」いる。
隊旗はそれまで1本だけだったが、5本増やして6本にした。元の1本はペラの部隊。増やした5本の隊旗は各100人隊に預けている。
戴冠式の翌々日には恒例の武術大会本選が開かれることになっている。会場は俺たちの駐屯地が予定されているのでその日は一部の大会関係者と当直を除いて休日になる。
去年までは旧ヨルマン領からから予選を勝ち抜いた者が参加していたが、今回はヨーネフリッツ各地からの参加者もあり、王都でも本選の前に予選が開かれることになっている。成績上位者は20人隊長、100人隊長などに抜擢される。
武術の腕前だけで指揮官を決めるのはいかがなものかという考えもあるが、所詮は100人隊長止まりなので、その上の500人隊長がしっかりしていれば何も問題もない。王都守備隊の第1、500人隊のベッカー隊長のように軍を率いる才能があればいずれ上に上がることもある。
ヨルマン1世の戴冠式当日。
今日は俺の誕生日でもある。これで俺は16歳。エリカの誕生日は俺の前日なので、昨日エリカは16歳になっている。
戴冠式そのものは在京およびブルゲンオイスト近郊の貴族が参集した王城内の大広間で行なわれた。もちろん俺たち5人も参加したし、王都に比較的近い領地を持つ父さんも参加した。
戴冠式といえば、どこかの偉い坊さんが冠を王さまの頭の上にのっけて祝詞を上げるものと前世知識から何となく思っていたのだが、小姓に持たせた王冠をヨルマン1世が持ち上げて自分の頭に載せただけで戴冠そのものは終わってしまった。まさに戴冠式である。
それでも大広間は参加者による割れんばかりの拍手に包まれた。
そのあとパーティーが王城内で開かれるのだが、俺たち5人はパレードに備えるため急いで城を出て駐屯地に戻った。
俺は預かっていた装備をみんなに渡し自室で着替え、エリカたちはこれまで父さんとシュミットさんが使っていた隣の部屋で着替えている。着替え終わった戴冠式のときの衣装は俺があずかった。
俺はエリカたちが脱いだばかりの衣装を触ることなく俺はキューブにしまっている。もう一度言おう。俺は脱ぎたてを触ることなくキューブにしまってしまった。
10時の鐘が鳴ったところで俺を先頭としたライネッケ遊撃隊が駐屯地を出発した。
駐屯地から隣接する王城の回りを一周し、その後旧市街から新市街に出て、大通りを南に行進した。
沿道には王都民がぎっしりつめかけて拍手を送ってくれる。
俺が沿道の女子からの歓声に応えて軽く手を振ったところ、視線が全く合わなかった。彼女たちの視線はなぜかエリカ以下の女子4人に集中しているような、そうでもないような。
沿道のおっさんたちの目も、当然エリカたちに注がれているのだが、その中でドーラに向けられる目が明らかに多い。
この国は前世の日本と違って恋愛に年齢制限はないので、犯罪でも何でもないのだが、兄とすれば複雑な気持ちである。ただ、全く見向きもされないよりはましではある。
市街を抜け街道に出たところでUターンし、もと来た道を戻っていった。
駐屯地に戻った部隊はそこで解散し、パレード中に食堂から訓練場に運び出されたテーブルの上に並べられた料理と酒で野外宴会が始まった。
ライネッケ遊撃隊だけでなく、パレードに駆り出された王都守備隊の兵隊たちも駐屯地に帰り次第解散して、宴会に参加するので会場は1500人ほどの兵隊たちであふれ返ることになる。
俺たち5人はそんな中、隊舎に戻り、再度礼服に着替えて駆け足で王城に戻り祝賀パーティーに参加した。
俺たち伯爵を筆頭として結構エライ5人なんだがちょっと軽く見られてるんじゃないか?