第237話 釣り
駐屯地を後にした俺たちは倉庫に向かったのだが、ついでだったので例の軽食屋によってスィーツを楽しみ、お土産も買って倉庫に帰った。
「ヘプナー伯爵に十分英気を養ってくれって言われたけど、どれくらい休んでいいんだろうな?」
「適当でいいんじゃない? 少なくとも5日は平気と思う。この際だから魚釣りに行かない?」
「これから出発するのはちょっと面倒だから、出かけるとしても明日の朝から出かけようか?」
「わたしはそれでいいけど、ケイちゃんとドーラはそれでいい?」
「はい」「うん」
「行き先はディアナでいいか?」
「うん」
「それで、どうやってディアナまで行く? こんどは仕事じゃないからウーマで移動は控えるとして」
「この前ドロイセンに向かった時のあの海岸まで歩いていって、そこからウーマに乗って海からディアナに向えばいいんじゃない? 海が穏やかなら途中でも釣りができるし」
「今度は南大洋で波も穏やかそうだからウーマから釣りができそうだし。そうしよう。
ちょっと地図を確かめてみるか」
俺は自動地図を広げて目測で距離を測ってみた。
「前回は6時ごろ倉庫を出て、昼前にはここでウーマに乗ったと思う。
えーと、ここからだとディアナまでだいたい60キロだな。6時間もあれば何か釣れるだろ。ディアナに着くのは夕暮れ時だろうから、海の上で一泊して、次の日、ディアナの魚屋に行って魚の他にも貝とかいろいろ買い物すればいいんじゃないか?」
「うん。そうしよ」
その日の午後はウーマで昼食を食べてから商店街に繰り出し、少なくなっていた肉類と野菜類を補充しておいた。これだけあれば1カ月は余裕だ。
釣道具については竿に糸と重りと針を付けている。これはブレスカで買ったものでヘルムス襲撃前にウーマの中で作業したものだ。
翌朝6時。
支度を終えた俺たちはウーマを降り、そのままウーマを収納して倉庫を出た。留守にすることを国軍本部に告げていないことを思い出したが、今回は1泊2日。長くなったとしても2泊3日なので大問題が発生することもないだろう。ということで、そのまま市街を抜けて街道をディアナ方面に歩いて行き、途中で側道に入り海岸を目指した。
予定通り11時ごろ海岸に到着したので、そこでキューブから出したウーマに乗りこみ海に乗り出した。
天気は上々。風もなく波も立っていない。沖合にあまり出てしまうより岸に近い方がいいと思い、海岸から500メートルくらいの距離を保ってディアナに向けて進むようウーマに指示しておいた。
昼食の後はお待ちかねの釣りタイム。ウーマの甲羅の前3分の1を空けて、スリットがあった手前に弧を描くよう椅子を5つ並べそこに座って釣りすることにした。
各自の椅子の横には桶を1つずつ置いている。
餌はトカゲの白身、赤身の牛肉。そして赤身の豚肉。その3種類を薄くスライスし短冊にしたもの。
釣り針はそれほど大きくない。各自針に思い思いの餌を付けて糸を垂らした。
垂らしたところまではよかったのだが、ウーマは時速10キロで移動中だったので、糸が後ろに流されてしまいそのうち絡まりそうになった。
全員一度竿を引いてウーマの中に取り込んで。
「これじゃあ魚がかかったとしても、釣り上がりそうにないな」
「ウーマを止めるしかないわね」
「ウーマ、この位置で停止」
ウーマが停止したところで再度竿を海に突き出して糸を垂らす。
糸は流されずまっすぐ垂れ下がった。これならバンバン釣れる。ハズ。
……。
……。
ウーマを止めて30分。その間1度、餌がふやけてしまうと思って餌を代えてはいる。エリカは確か3度エサを代えている。
「誰か魚が餌をつついた感じした?」
「全然」「わたしも」「だめ」「反応ありません」
「時間は十分あるから気長に行こう」
……。
……。
ウーマを止めて60分。
「この場所じゃ釣れないんじゃない?」と、竿を上げ下げしながらエリカが誰に言うわけでもなくひとこと呟いた。
「事実として釣れてはいない。これなら岸から釣った方がよかったかもしれないな」
「せっかく船に乗ってるのに?」
船といえば船だけど。ちょっとウーマが可哀そうな。
魚というのは海の中の棚のようなところにいるのではなかったか? 魚群探知機もないわれわれでは漁場なんて見分けなどつかないわけなので、当たるも八卦当たらぬも八卦。
移動することは理に適っている。と、言えばそんな気もする。
「それじゃあ少し移動してみるか」
みんなに竿を納めさせて、岸から300メートルくらいのところまでウーマを寄せそこで糸を垂らした。
……。
……。
ウーマをそこに止めて30分。
「誰か魚が餌をつついた感じした?」
「全然」「わたしも」「だめ」「反応ありません」
「エリカ、諦めて、ディアナに向わないか?
「釣れない魚釣りほど面白くないものはないわよね。じゃあ行きましょ」
エリカお嬢さまは若干機嫌が悪そうだ。
世の中意気込みだけで何がどうなるわけではないからな。
開けていたウーマの甲羅を元に戻してからウーマをディアナに向けて航行させた。
ディアナに向けて5時間弱。空はだいぶ暗くなって、星が瞬き始めているなかで、ディアナの港がシルエットとして見えてきた。
海に突き出した小高い山の上に明かりが揺れているのは灯台なのだろう。
ウーマには港から2キロほど離れたところで停止するように言っておいた。2キロもあれば港側からでは海の上のウーマは海と見分けがつかないだろう。
たぶんだが停止状態を保つために、ウーマは水面下で4本の足を微妙に動かしているのだと思う。
ここまでくる途中で風呂に入って夕食も済ませているのであとは寝るだけなのだが。
「ねえ、夜釣りって聞いたことある?」と、エリカが思い出したようなことを言い始めた。
「聞いたことはあるけど」
「やってみない?」
「これから?」
「今、夜なんだから、今でしょ!」
『今でしょ!』を、ここで聞くことになろうとは。
「じゃあ、やってみるか。俺とエリカだけでいいんじゃないか? ケイちゃんたちはどうする?」
「わたしは少し疲れたので、そろそろ休みます」「わたしも」
あれだけやって坊主なら疲れもする。
「わたしはお付き合いします」
俺がエリカに付き合うのはリーダーとして仕方ないけど、ペラは無理をしているわけではないだろうが、付き合わなくてもいいんだからな。
ケイちゃんとドーラが寝室に入っていったあと、一度しまっておいた釣道具をキューブから出して、椅子を3つ並べてから天井を3分の1空けてもらった。
少し風が出ていたが、波が立つほどではなく、星明りの下、海面は穏やかだ。
針に餌を付けて3人並んで椅子に座り春の夜の海に糸を垂らした。
しばらくそうしていたら、針をつつく感触がわずかに伝わってきた。浅いかな? と思ったが一度しゃくったらかなり強い引きがあったのでそのまま竿を上げたら魚じゃないものが上がってきた。ペラに自分の竿は引いてもらってタモを渡してもらい、すくい上げたらイカだった。
イカは桶の中に放り込んでその中で胴体に引っかかっていた針を外した。
イカだから墨を吐くのかと思ったが不思議と墨は吐かなかった。
「大きなイカじゃない。エド、スゴーイ。
あっ! ちょっと。ちょっと、何かが何かしてる!」
「エリカ、きっとそれはイカだから、キュっと竿を立ててそのまま引き上げれば釣れると思う」
「じゃあ、やってみる。キュっ! 引いてる、引いてる。
上がってきた。誰かタモ取って」
俺がタモを取って上がってきたイカをすくいあげてやった。
それからというもの餌を付け代えて糸を垂らせば入れ食い状態となり、1時間ほどで3人合わせて100ハイほどのイカを釣ってしまった。
「イカしか釣れなかったけど、大満足!」と、エリカお嬢さま。
俺も大満足だ。前世を含めてこれほどの大釣果は初めてだ。
釣り上げたイカはしばらく置いて動かなくなってから桶ごとキューブにしまっておいた。
ウーマの甲羅を元に戻し、釣道具もしまって後片付けをして終了。一度洗面所で手を洗った後、エリカはシャワーを浴びた。その間にペラは体を清掃するためメンテナンスボックスに入ると言って寝室に入った。俺はモップを持ってきて床掃除しておいた。エリカが浴室から出て、入れ代わりに俺もシャワーを浴びたらすごくすっきりした。