第220話 ブレスカ戦4
ペラが領都の領軍本部から戻ってくるのを待ちながら、ウーマの甲羅の上のステージで突っ立ていたら、エリカがハッチから首を出してきた。
「エド、捕虜を見張っているの?」
「一応。ペラが帰ってくるまでリンガレングだけで見張るのもどうかと思って」
「大変でしょうから、わたしが代わってあげるわ」
「いいのかい?」
「うん」
「ありがとう」
俺は見張りをエリカと交代して、ハッチを抜けてウーマの中に入った。
なぜか知らないが、ウーマの中は真っ暗だった。灯火管制はもう必要ないと思うのだが?
「明るくしても、問題ないと思うけど何かあった?」
ドーラと一緒にソファーに座っていたケイちゃんに聞いてみた。
「特に理由があったわけではありませんが、この程度の暗さなら支障もなかったのでそのままにしていました」
俺たちは暗がりだと色の識別は難しいけれど、物の形などははっきり分かるので暗くても基本的には支障ない。
そういうことなので、ウーマの中は暗いままにしておき、バナナの房をひとつキューブから取り出して応接テーブルの上に置いた。
ケイちゃんとドーラが1本ずつ取ったので、俺も1本とってその場で食べ、エリカに届けようともう1本取った。
「エリカ、黄色いの持ってきた」
「エド、ありがとう。みんなおとなしくしてるわ」
「リンガレングが歩き回っているしな」
「なすすべなく大勢リンガレングに殺されているわけだし、恐いでしょうね」
「それでも疲れれば寝る。
明日の朝は、捕虜たちに勝手に自分たちで朝食を摂らせてブルゲンオイストからの味方と少しでも早く合流するため歩かせよう」
「そうね」
二人でしばらくステージの上に立っていたら、後方から人が駆け寄ってくる気配がした。振り向くとペラが街道を駆けてくるのが見えた。
すぐにペラはウーマの上に跳び乗ってステージの上に立った。
「ペラ、ご苦労さん。それでどうなった?」
「捕虜の監視および移送のため1個500人隊と食料などを積んだ輜重隊が明日の未明に駐屯地を出発することになりました」
これで一安心だ。こっちも明日早めに出発すれば、明日の夕方には合流できるかもしれない。
ちょっとくらい無理してもいいから、そうしよう。
「ペラ、領軍本部から何か指示はあったか?」
「特にはありませんでした」
「分かった」
指示がないということは、つまり自由にしていいということだ。
「ペラ。済まないが、俺たちと交代してここで捕虜の監視を頼む」
「了解しました」
往復180キロ長駆して職務を果たし帰還したペラに、引き続き監視を押し付けてしまった。ブラックと言いたければ言ってみろ! 申し開きはしませんよ。
俺とエリカは捕虜の監視をペラに丸投げしてウーマの中に入り、時刻も遅かったのでソファーで待機していたケイちゃんたちと一緒に寝室に向かってそのままベッドに入ってしまった。
翌朝。
目覚めたら午前4時だった。騒がしくしないように寝室を出て朝の支度をし、ハッチから甲羅のステージ上のペラに声をかけた。外はまだ白みかけてもおらず真夜中だ。
「ペラ、ご苦労さん」
「捕虜たちに問題ありません。リンガレングは巡回を続けています」
「了解。俺は朝食の準備をしてくるから」
「はい」
俺は下に下りて台所で朝食の準備を始めた。
とはいっても作り置きしていた料理を皿に盛りつけていくだけなので手間はかからない。盛り付けた順にキューブに入れてしまったら作業は終わってしまった。
台所でバタバタしていた関係でエリカたちも起き出したようで、しばらくして着替え終わったエリカたちが寝室から現れた。
そのあと顔を洗ったり朝の支度を終えた3人がやってきた。
「朝食の準備は並べるだけだから、早めに食べてしまおう」
先ほど用意した皿をテーブルの上に並べていき、カトラリーを並べ終わったところでペラを呼んで食事を始めた。
食事を終えたところでペラを伴い甲羅の上に上がった。リンガレングはさぼることなく捕虜たちの周囲を回っている。何の意味があるのか分からないが、たまにリンガレングは移動速度を変える。捕虜たちに緊張感を与えているのか、タイミング的な何かを捕虜たちに掴ませないようにしているのか?
寝ているのか起きているのか分からない捕虜たちに向かって「各自で朝食の準備をして食事しろ。1時間後に出発する」と、声をかけたところ、捕虜たちはごそごそと動き出した。
そして1時間が過ぎた。捕虜たちは自分たちの携帯食料を食べたようだ。
「全員立ち上がり、このカメのあとをついて来い」と、捕虜たちに大きな声で命令し、ウーマには人に速さ、だいたい時速5キロでブルゲンオイストに向かうよう指示した。
ウーマはその場で180度回転して歩き始めた。ウーマの大きさからいってかなり緩慢な動きなのだが、時速5キロなのだろう。
リンガレングにはちゃんとした指示を与えてはいなかったが、俺の言葉は聞こえたようで捕虜たちの最後尾の後ろについてきている。
そうやって2時間ほど移動したところでちょうど駅馬車用の水場があったので水汲みも兼ねて小休止を取った。
この2時間で宿場町を通過しているが、通りに人影はなかった。さすがにウーマは一般人から見れば怖いし、武装解除されてるとはいえ、ヨルマンの領軍とはとても見えない5000人もの兵隊がぞろぞろ歩いているわけだから通りに出ないのは無難な判断だ。
幸いなことに、これまで街道上で馬車にすれ違っていない。こっち方面は危ないとの情報が行き渡っていると思っていいだろう。
10分ほどの小休止を終えたところで、そこから2時間移動してそこで小休止。
そこからさらに2時間移動して大休止。
フリシア軍はよく訓練されているようで、ここまで30キロほど歩いたが脱落者は一人も出ていない。
戦場捕虜の場合、通常なら負傷者がいるのでこういった強行軍を行なうと脱落者は出るのだろうが、リンガレングはもれなく負傷者なしで敵をたおしている関係で負傷者皆無のおかげでもある。それと、一時的とはいえ、捕虜たちにレメンゲン効果が表れている可能性もある。
1時間の大休止のあと、2時間移動し10分の小休止。それから、もう一度2時間移動したが、領軍と出会えなかった。
これで朝から50キロ移動したことになる。捕虜をもう10キロ歩かせれば領都からの領軍に会合できただろうが、もう10キロ歩かせるとさすがに落伍者も出そうだ。幸い駅馬車の水場の近くだったので今日はここまでで野営に入ることにした。
フリシア軍の捕虜でさえ50キロ歩いたんだから、領軍が40キロも歩いていないことになるのだが、領軍ちょっとたるんでないか?
そして翌朝6時。
捕虜たちが朝食を食べ終え少ししたところで、移動を開始した。
2時間も歩かないうちに、領軍部隊と会合できた。
迎えに来た領軍部隊は友軍ではあるが、ウーマを始めて見た関係で彼らに緊張が走りその場で立ち止まった。これはマズいと思った俺は、ウーマを止めてペラを連れて甲羅から飛び降り領軍部隊の前まで歩いていってあいさつした。先方の隊長らしき人物は駐屯地の大食堂で見かけたことがあったようななかったような。
「出迎えありがとうございます。ライネッケ遊撃隊隊長のライネッケです」
「あっ。失礼しました。領都守備隊第1、500人隊隊長のベッカーです」
どう考えても目の前の500人隊隊長の方が俺より先任なのだが敬語? 俺が子爵だからか? きっとそうなんだろうなー。軍隊は上下関係が厳しいのはあたりまえだが、軍での階級とその他の地位を混同していてはいろいろマズいのではないか。ここでは言わないけれど。
「この大型のカメはわたしが使っているダンジョンアイテムなので安心してください」
「了解しました」
「それでは、捕虜の方はお任せします。それから、ここから60キロ弱北に進んだところに敵兵の武器と死体を積んでいるのでよろしくお願いします」
「はっ、はい」
捕虜の移送を請け負っただけのハズという顔をしているベッカー隊長を残して、俺はウーマに取って返し、中に向かってみんなに出てくるように声をかけた。
全員装備は整えている。
みんな降りたところで、ウーマをキューブに収納した。リンガレングも呼んでキューブに収納しておいた。
リンガレングについてもダンジョンアイテムということでベッカー隊長に説明しておいた。ただ収納キューブについては黙っていたので、ウーマとリンガレングがなにがしかの不思議能力で消えたものと脳内で納得してくれたはずだ。
ベッカー隊長以下の領軍兵士も捕虜たちも驚いたようだが、それだけのことだ。
これからは大手を振ってウーマを運用できる。と、考えたら、もっと早くこうしておけばよかった。