第219話 ブレスカ戦3
捕虜を取ったら、捕虜の移送のための兵隊を送ってくれるよう依頼するため、領都の領軍本部までペラが走ってくれることになった。
これで問題は片付いたはず。
2時間ほどウーマが移動したところで自動地図を見たところ、領都から80キロほど北上していた。
あと10キロ。20分前後で敵の野営地だ。
俺はいったんリンガレングを収納し、ペラを伴って甲羅の上のステージに上がった。
星空が明るく、これなら俺たちのように夜目が利かなくても夜道ははっきり見える感じがする。逆に言えば俺たちの接近は早めに気付かれる。だからといって時速30キロで迫るウーマに何ができるわけではないだろう。しかも初見だ。対応を考えている間にリンガレングの蹂躙が始まる。
そう思って前方を見ていたら、エリカがステージの上に上がってきた。
「初めて上がったけど、スリットと違ってかなり見晴らしがいいじゃない」
「ゲルタの城壁の上ほどじゃないけれど、ここからならペラの投擲もかなりの範囲狙えるから、鉄塊を出しておこう」
俺はそう言ってステージの上の箱に四角手裏剣を補充した。
「おそらく敵の歩哨は松明を持っているでしょうから、それを狙い撃ちにましょうか?」
「そうだな。敵は野営中だから指揮官も防具を外しているだろう。そうすると見分けにくいから、松明を持った歩哨をたおしてインパクトを与えるのもいいかもな」
「はい」
「エリカ、下に下りたらスリットから光が漏れないようにウーマの明かりを落としてくれるか?
ウーマのシルエットは気付かれるだろうが、それでもかなり気付かれずに接近できると思うから」
「了解」
エリカがステージから降りてハッチの中に消え、すぐに明かりが落とされたようでハッチの中が急に暗くなった。
そこから5分ほど進んだところで前方に松明の明かりが見えてきた。敵軍は街道の両側に広がる草地で野営している。遮蔽物がないのはありがたい。
今のところ松明の明かりに乱れがないので、敵はウーマに気づいていないようだ。
「ペラ、射程に入ったらどんどん敵をたおしていってくれ」
「はい。それでは、いきます」
その声と同時に、また空気を切り裂くあの嫌な音がして、松明が一つ地面に転がった。
それを見届けた俺は、リンガレングをウーマの甲羅の前の方に出した。
「リンガレング、前方の敵を蹂躙しろ。あくまでもきれいにな」
『了解です』
そう言ってリンガレングは甲羅の上からあっという間に見えなくなった。
その間にも、松明は地面に転がっているが、まだ敵に目立った動きはない。
ペラが10人ほど歩哨をたおしたあたりで、敵は異変に気づいたようだ。
大声でわめいているのが聞こえてくる。
ウーマもどんどん敵に近寄っているため、ウーマも気づかれようだ。気づいた端からリンガレングにたおされていくので、わめき声はそれほど大きくはならない。
そしてとうとうウーマは敵の野営地に入っていった。
そこでいったんウーマを止め、ペラにも攻撃を控えさせ、リンガレングに停戦の合図のため両手を上げて見せた。
リンガレングがどこにいるのかは分からなかったが、これでリンガレングは停止したはずだ。
「敵兵に告ぐ。武器を捨てて両手を上げ速やかに降伏せよ。
こちらはヨルマン領軍ライネッケ遊撃隊だ。
武器を捨てて両手を上げ速やかに降伏せよ。さもなくば殲滅する」
迫力のある声を出したかったが、やはり子ども声で迫力満点どころか100点満点で30点だった。
俺の情けない声が敵の野営地全体に響いたとは思えなかったが、それでもウーマの近くの敵兵は順に武器を捨てて、両手を上げた。その輪が広がっていく。
「降伏した者は両手を上げたままこのカメの前に整列せよ。
繰り返す。降伏した者は両手を上げたままこのカメの前に整列せよ。」
敵兵がゾロソロと集まってきた。
「その場で座って別命を待て。座ったら手は下ろしていいぞ」
「それじゃあペラ、捕虜の数の概算を勘定して領軍本部に伝えてくれ」
「了解しました。
マスター、高速で走行した場合ブーツが壊れるので裸足で駆けます。申し訳ありませんがブーツを預かっていただけますか?」
「もちろんだ」
ペラはブーツ脱いで俺に渡し、素足になってウーマからジャンプして地面に着地した。それから地面に座った敵兵の周りを一回りして領都に向かって走り去っていった。
ペラが領軍本部に裸足をペチャペチャさせて入っていったら中の連中は驚くだろうが、ブーツを持って走るのもすごく変だから仕方ないよな。
そうこうしていたらリンガレングは甲羅を這い上って俺のところまでやってきた。
「リンガレングご苦労」
『はい』
「ところでリンガレングは敵兵を何人たおしたか数えているか?」
『はい。1972体の敵をたおしています』
ということは捕虜の数は5000人ということか。けっこうな数だぞ。
ペラが走ってくれて助かった。
「ところでリンガレング、敵兵のたおし方は問題ないよな?」
『はい。いずれも延髄部分を破壊することでたおしています』
「それなら十分だ。
捕虜の見張りを頼んだ」
『了解しました』
そう言ってリンガレングはウーマの甲羅から降りゆっくりと捕虜の周りを回り始めた。これは怖いだろう。
リンガレングだけに任せておくわけにもいかないので、俺は甲羅の上のステージに立ち続けていたら、捕虜の中から一人の男が両手を上げて立ち上がった。良い判断だ。そうでなければリンガレングに敵対行為とみなされて処分されたかもしれないからな。
その男が俺に向かって話かけてきた。
「わたしはフリシア軍の将官でこの部隊の指揮をとっている者だ。
正当な捕虜の扱いを希望する」
「捕虜の態度次第でそれ相応の扱いをすることは約束しよう。
この意味は理解できるだろ?」
俺がそう答えたら、納得したのかどうかは分からないがその男はその場に座った。
領都からここまで90キロということは、兵隊たちが領都からやって来るのは3日後ということになる。その間に捕虜をどうすればいいんだ?
死体の片づけもあるし。この連中を食べさせないといけないし。
2、3日分の食料くらいこの連中持ってるよな? 水はどうなんだ? これはそうとうマズいぞ。
死体だけは明日の朝片付けさせて、領都を目指すか。こっちからも歩けば早く領軍に合流できるものな。よし、そうしよう。できるだけ距離を稼ぎたい。
とりあえず、死体を邪魔にならないところに片付けさせて、それからこの連中を寝かせるか。
「寝てもいいからその前に、捨てた武器と死体を脇に片付けろ」
大きな声を上げたら、何人かが立ち上がり、武器を拾い集め、死体を動かし始めた。リンガレングは俺の言葉を聞いていたようで作業の邪魔はしなかった。
そのおかげか、作業する人間が増えていき、そこらに散らばった武器やばらばらと横たわっていた死体が数カ所に集められた。俺の位置からでははっきりは分からないが、運ばれていく死体を見ると、ちゃんと五体満足に見える。
「それじゃあ各自寝ていいぞ。逃げるなよ。
言っておくが、そのクモはバラバラに逃げても全員確実に仕留めるからな」
俺の声が聞こえたのかリンガレングは捕虜たちの周囲を回りながら、8本の足を少し伸ばして体を上下した。
捕虜たちはごそごそ立ち上がってそこらに散らばった自分たちの毛布を寝床にして横になった。
俺もステージの上に立っているのが面倒になったので、座ろうと思ったのだが、さすがに体育座りはないだろうと思い直して立ち続けた。
ペラ、早く帰ってこーい。