第218話 ブレスカ戦2
隊舎に帰って、領軍本部長のヘプナー伯爵から待機命令が出されたことを先に父さんに伝えておいた。
「了解した。それで本部長は部隊の訓練について何か言っていなかったか?」
「何も言っていなかったから、兵隊たちも待機でいいんじゃないかな?」
「じゃあ、そういうことにしておくか」
「何日か空けていたから、見違えるくらい練度が上がったかもと期待してたけど、敵をたおしてから確かめるよ」
「一応教えておくと、俺から見ても見違えるように良くなってきている。ちょっと恐いくらいだ」
「へー。それは楽しみ。それじゃあ」
「ああ」
隊長室に戻って、エリカたちに待機命令が出たことを伝えておいた。
「待機するくらいなら、さっさと出撃した方がいいんじゃない?」
「敵情をある程度掴んでいた方が無難だろ?」
「どうせ、街道を通ってここに攻め寄せてくるじゃない。そしたら途中の宿場町が荒らされるかもしれないでしょ?」
「確かにそうだけど、敵が領都を目指すということは、領都を抑えてヨルマン全体を従わせたいって事だろ?」
「そうじゃない」
「そうなら、あまり無茶なことはしないんじゃないか?」
「そう言われればそうだけど、あくまで予想だから何が起こるか分からないわよ」
「そうなんだけど。一応命令だし」
「仕方ないわね。
それはいいけど、出撃となったらリンガレングは使うの?」
「今回は野戦だし、高いところからのペラの投擲ができないから最初からリンガレングを使うつもりだ。
ただ、今回は敵を微塵にするんじゃなく、モンスターを相手にするよう丁寧に処理するようちゃんと言ってから放とうと思っている」
「それならいいんじゃない」
「それで、ある程度『処理』したら降伏勧告してみようと思っている」
「降伏するかな?」
「相手は海から上がってきたわけだから、逃げ場がない。さすがに降伏するんじゃないか?
ヘプナー伯爵は俺の判断に任せると言っていたから、降伏したくなければそれまでだし」
「それなら、問題ないわね」
「そういうことだから、兵隊たちも待機で訓練は休みだし、昼くらいまではゆっくりしていよう」
「うん」
隊長室で昼まで雑談などしていたが、結局領軍本部からお呼びがかからなかった。
それで、父さんたちを誘って駐屯地の食堂に行き昼食を食べた。今日は混んではいたが7人並んで座ることができた。
本当は前世での食事時の電話当番のごとく、当番を置いて部屋を空けた方がよかったのだが、全員で食堂にやってきたので急いで食事を終えた。
隊長室に帰り席についてやきもきしていたら、午後3時ごろ扉がノックされた。領軍本部からの伝令で至急出頭するように伝えられた。
「おそらく出撃命令だから、みんなは防具を身に着けていてくれ」
「「了解」」
今回は俺だけ領軍本部に向かい、そのまま本部長室に通された。
「こちらから放った偵察隊からの報告はまだだが、ブレスカから逃れた騎兵が敵状を伝えてくれた」
「はい」
「敵の規模は約7000。街道をまっすぐ下っており、今日中にブレスカから20キロ南下しその辺りで野営すると思われる。ブルゲンオイストから北に90キロの位置だ。
なお、輜重は確認されていない」
「了解しました。至急出撃します」
「頼んだぞ」
「はい」
輜重が見当たらないということは、数日はリュックの中の食料で賄うのだろう。そのあとは略奪か、商船で輜重部隊を運んでくるか。早めに撃退するにしくはない。
とすると、ウーマで移動した方がいいだろう。ブレスカまで地図は自動地図に載っていないので街道を進む必要がある。街道沿いの連中は驚くだろうが、驚くくらいで済むなら安いものだ。
隊長室に帰った俺はエリカに手伝ってもらい装備を身に着けて行った。その間にウーマを使うことなどを説明しておいた。
「それじゃあ、いったん倉庫に戻るんでしょ?」
「うん」
準備を整えた俺たちは部屋を出て、隣の部屋の父さんに出撃することを伝えて隊舎を出た。
その後速足で倉庫まで戻り、ウーマをキューブに収納した。
「夜になるまで、ある程度進んでそこからウーマに乗り込もう。夜なら街道上には馬車は走っていないから」
「「了解」」
俺たちは倉庫から大通りに出てそのまま市外に向かった。
正装して歩いていた時は注目を集めたが、こういった格好でもある程度は目立つ。エリカとケイちゃんが注目を集めるのはいつものことだし、二人とも慣れているからどうってことないみたいだし。
ブルゲンオイストの市街を抜けて街道に入ったが荷馬車もいれば、通行人もそれなりの数が街道上を行き来している。
午後6時まで俺たちは街道を北上し、宿場町を1つ通り過ぎたところで、街道はだいぶ暗くなり街道上の荷馬車も人も絶えた。宿場町に入れば当然人の行き来はあるが、馬車がいなければウーマの移動に支障はないはず。
ということなので、ウーマを街道の上に出して俺たちはウーマに乗り込んだ。
敵が野営していると思われる地点まであと80キロほど。宿場町ではウーマを減速するとしても、2時間半ほどで到着できる。
ウーマには、街道を北上し、宿場町を通過する時は通行人に注意するよう指示しておいた。
その後リンガレングをキューブから取り出し、これからのことを説明しておいた。
「敵を仕留めるとき、モンスターをたおすみたいにきれいに仕留めてくれ」
『了解しました』
「リンガレングは、夜間でも周囲がちゃんと見えるよな?」
『もちろんです』
「俺はウーマの上に立っているから、俺に注意を向けておいてくれ。俺がこんな風に両手を上げたらいったん戦闘は停止だ」
そう言って俺は両手を上げて見せた。
『了解です。その際敵の攻撃を受けても反撃は禁止ですか?』
「反撃はいいが、反撃した者だけな。その他には手を出さないように。
そうだ、降伏のしるしに敵にも両手を上げさせるから、両手を上げた敵はたおさないようにな」
『了解しました』
「リンガレングは周囲を警戒しておいてくれ」
『了解』
これで安心。
「それじゃあ、装備を外して、夕食にしよう」
俺はその場で装備を外していき順次キューブに入れていく。エリカたちは寝室に移動していった。
俺の方が早いので、夕食の用意を始めておく。
用意といっても、作り置きの料理を出すだけなので、エリカたちが着替えて寝室から出て来た時にはあらかた準備は終わっていた。
「「いただきます」」
今日の夕食のメインは戦いの前ということでトンカツではないがステーキにした。
時刻は午後6時半少し前。
「あと2時間ちょっとで敵の野営地に到着する」
「敵はまだ眠っていないわよね」
「そうだろうが、リンガレングにとっては寝ていようが起きていようが同じだろう」
「確かに。今回は大量の死体を作ることになるから、明日近くを通る人は驚くわよね」
「敵軍が通った後だから北からの通行はないだろうし、南からもないんじゃないか?」
「そうかも。
それはそうと、捕虜を取ったらその捕虜をどうする?」
「俺たちは5人とリンガレングだから大量の捕虜の移送は難しいよな。ちゃんと考えていなかった。ちょっとマズいよな」
「かといって降伏した敵兵を殺すわけにはいかないし」
「リンガレングに恐れをなして降伏したのなら、あばれはしないと思うけど、逃げ出す奴は出るよな。リンガレングに言っておけば、そいつはすぐに始末できると思うけど」
「マスター。捕虜が出た場合、わたしが領軍本部まで走って捕虜の移送を依頼してきましょうか?」
「そうだな。捕虜の監視はリンガレングでもできるだろうからそうするか。
ところでペラはどれくらいの速さで走れるんだ?」
「足元がしっかりしている地形の場合、時速120キロほどで移動可能です」
片道90キロを45分で走破するのか。とんでもないな。
エリカとケイちゃんはあきれ顔をしていたがドーラはペラを尊敬のまなざしで見ているような。あこがれはいいが、ドーラはどうあがいても時速120キロでは走れないからな。
「分かった。それじゃあ捕虜を取ったらお願いする」
「はい」