第217話 ブレスカ戦
領軍本部長室にペラを伴って入室した。
「おはようございます」「おはようございます」
「おはよう。
きみたちが報告に来たということは、作戦はうまくいったということだな?」
「はい。一応はそうなんですが、港を襲撃する前、航程の3分の2あたりで敵の船団に遭遇したので、そのまま文字通り殲滅してしまいました。
それでドロイセン襲撃の必要はないと判断し、そこで反転して帰還しました。
ペラ、撃沈した敵船の内訳を報告してくれ」
「はい。
大型ガレー船、8隻。
小型ガレー船、15隻。
商船、24隻。以上です」
「信じられないような大戦果だ。よくやってくれた」
「そういえば、商船には物資というより人が多く乗っていたようで、多数海上に浮いていました。合戦海域は岸から10キロ以上離れた海上で海もうねっていたことを考えると、ほとんど助からなかったと思います」
「冬の海だしな。
敵方はわが方の港を軍船で襲撃し、港から揚陸するつもりでその商船は物資と陸兵を運んでいたのだろう。これでドネスコは海兵、陸兵を多数失い、ヨーネフリッツ方面での積極的な動きはできなくなったはずだ。
そういえば、この時間に現れたということは? 寝ていないのか?」
「早めにお知らせした方がいいと思い、昨夜海から上がりそのまま領都まで帰ってきました」
「済まなかったな。
隊のことはカールに任せておけばいいから、今日はしっかり休んでくれ」
「はい。
それでは失礼します」「失礼します」
晴れて上司から休みが貰えた。
俺もさすがに眠くなってきていたので、早々に倉庫の中のウーマに戻ったところ、エリカたちは寝室で寝ていた。俺が寝室に入ると、寝ぼけた声で「お帰りなさい」とエリカがひとこと言ってまた眠ったので、後はペラに任せて俺もベッドに入った。
次に目が覚めたらエリカたちは起き出していて寝室には俺一人だった。よく寝たー。と、思ったのだが体内時計ではまだ昼前だった。何だか得したような。
ベッドから起き出したら、エリカたちはソファーで寛いでいた。
「エド。起きたのね。ご苦労さま」
「ああ。ヘプナー伯爵に報告したら、正式に休みが貰えた」
「ペラから聞いたわ」
「うん。
昼食はどうする? 用意はするけど、俺はまだ食べたくはないんだよな」
「わたしもお腹は空いてない」「わたしもまだいいです」「わたしも」
「そしたら、黄色いアレの房を食堂のテーブルに出しておくから、小腹が空いたら食べてくれ」
「うん」「はい」「分かった」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜半前。フリシア艦隊がブレスカを襲撃した。
ブレスカは北大洋に面した港町でブルゲンオイストの北110キロに位置しており、ヨルマン領軍海軍の北大洋側の拠点にもなっている都市である。
港を襲撃したフリシア艦隊は係留中の領軍海軍の軍船を火矢で焼き払い、上陸した海兵によって陸上の領軍海軍施設を含め港周辺を占拠した。
この襲撃に際して建設中の桟橋を含め、数本の桟橋が火矢の誤射や炎上した艦船からの延焼で焼け落ちている。
そして翌朝。後続の帆船群が港に直接接岸して多数の陸兵を揚陸した。
襲撃の報は早馬によって、翌日未明、領都ブルゲンオイストの領軍本部に届けられ、本部からヘプナー伯爵邸、領主城を含め各所に伝令が走った。
急報が届けられて1時間後。ヘプナー伯爵以下が領主城に集合し、ヨルマン辺境伯を前にして緊急会議が開かれた。
ペプナー伯爵はその前に領軍本部に立ち寄って部下を通じて領都守備隊に対し簡単な指示を伝えている
「昨夜遅く、ブレスカの海軍拠点が海上から襲撃を受け、係留中の艦船ともども壊滅した模様です。
その後、多数の帆船が接岸し兵を揚陸し始めたとのこと。敵上陸部隊の兵力については詳しいことは分かっていません。ブレスカに駐屯中の陸軍部隊は領軍本部に伝令を放った後降伏したようです。
昨日閣下にご報告した通り、4日前、ライネッケ子爵が多数の人員を乗せた船団を南大洋で撃滅しており、おそらく今回のブレスカ襲撃は、これと示し合わせたものだと思われます」
「ドネスコ側がライネッケ子爵の活躍で粉砕できたことは僥倖だったな。ライネッケ子爵から報告があったということは子爵はいま領都に帰っているのだろ?」
「はい。昨日未明帰還したとのことでしたので、昨日は休みを取らせました」
「了解した。
上陸した敵兵への対応はどうなっている?」
「騎馬隊を偵察に出し、領都守備隊には待機命令を出しています」
「ライネッケ遊撃隊はその中に入っているのかね?」
「いえ。錬成未達ですので員数には入れてはいません。ですが、もしものことがあれば躊躇なく投入します」
「敵の進撃をしばらくでいいから止められれば、ライネッケ子爵で撃退可能なのではないか?」
「これまでの彼、彼らの活躍から考えて可能であると判断します。
そのためにも、敵情の偵察を十分行う必要があります」
「領都民の避難はどうする?」
「ブレスカからブルゲンオイストまでの距離は110キロ。敵がブルゲンオイストまで攻め寄せるには最低でも4日かかります。
敵兵の移動は、今朝からでしょうから丸々4日。十分余裕があります。
ライネッケ子爵が迎撃に回るでしょうから、その結果を待ってからでもよろしいのではないでしょうか。敵兵は5千は超えていると思われますが、1万は超えていないでしょう。3万の敵兵をまたたく間に屠ったライネッケ子爵とその仲間にとってそれほどの脅威ではないと考えます」
「なるほど。領都民を無駄におびえさせる必要はないということか」
「はい」
「ブレスカの艦隊の撃破。そして、今回フリシア軍を撃破したら、陞爵を考えないとな」
「わたしと同じ、そうなると伯爵ですな」
「そうせざるを得ないだろう。
その時はこのわたしの手で陞爵させるつもりだ」
「分かりました。国王としての最初の公務ということですね」
「そういうことだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ブルゲンオイストに帰った日の翌朝。
朝食をしっかり食べ、装備を整えて5人揃って隊舎に向かった。久しぶりに隊員たちを見ることになるわけだが、三日以上会っていないのだから刮目するくらい成長していてほしい。俺の部下扱いだから、不可能ではないはず。
隊舎の隊長室でとりあえず装備を緩め、父さんに帰還を伝えるため隣部屋に行った。
「父さん、いる?」
『いるぞ。入ってくれ』
「父さん、シュミットさん、おはよう」
「おはよう」「おはようございます」
「お前の顔からして、ほかのみんなも無事のようだな?」
「もちろん」
「仕事の方も、うまくいったようだ何よりだが、今現在エライことになっていることは聞いていないようだな」
「何かあった?」
「昨夜、フリシアの軍船がブレスカを襲撃して陸兵を多数上陸させたらしい。
領都守備隊は現在待機中だ。
エドは至急、領軍本部に行ってくれ」
「了解」
俺は急いで隊長室に戻った。
「フリシアが攻めてきたそうだ」
「どこに?」
「ブレスカを昨夜襲ってその後兵隊を上陸させたらしい」
「つまり、ここブルゲンオイストに迫るって事?」
「おそらくそうだろう」
「それじゃあ、出撃準備でしょ?」
「そうなんだけど、一応詳しいことを俺とペラとで領軍本部に行って聞いてくる。敵の上陸からまだ時間が経っていないから余裕はあるはず。そこまで急がなくていいよ」
「うん、分かった」
俺はペラを連れて領軍本部に向かった。
領軍本部の建物に入っていったら待ってましたとばかりに本部長に部屋に連れていかれてしまった。
「ライネッケ子爵。待ってたぞ」
「はい」
「ある程度のことはカールから聞いていると思うが、ブレスカに敵の陸兵が上陸した。詳しいことはまだ分からないが、詳細が分かり次第迎撃に向かってほしい」
「了解しました。
敵の処遇ですが、どうしますか?」
「処遇とは?」
「文字通り殲滅するか、なるべく捕虜を取るようにするか。ということです」
「捕虜が取れるようなら、それに越したことはないが、可能なのか?」
「そこは相手次第なので保証はできません」
「分かった。全てきみに任す」
「了解しました。それではわたしは隊舎で待機しています」
「よろしく頼む」
「はい」
しかし、フリシアが攻めてきたのか。もう数日遅かったら、ドネスコ同様洋上で撃破でき後始末せずに済んだのに惜しいことをしてしまった。というか、ドネスコと示し合わせていた? どう考えても示し合わせたとしか思えない以上、通信手段が発達していないこの世界でこれだけ大規模な合同作戦が行なえるということは両国ともかなり軍の運用に長けているということだ。
はっきり言って、ヨーネフリッツは負けるべくして負けたのだろう。もしかしたら、ドネスコとハグレアとの紛争も、フリシア国内の後継がらみの内紛もヨーネフリッツをズーリに誘い出すための狂言だった可能性すらある。後継がらみの内紛はウソではなかったかもしれないが大した規模でもなかったこしれないし、特にドネスコとハグレアの紛争は明らかに小規模な紛争だったわけだし。
今さら真相が分かったところでどうしようもないが、絵を描いた誰かについては注意しておいた方がいいだろう。
それはそれとして、リンガレングを出撃させるにしても、敵兵を仕留める時は、モンスター同様きれいに仕留めるよう忘れずに指示しないとな。