第213話 式後のパーティー、ドリス・ヨルマン
叙爵式が終わったので俺たちはおじさんに連れられて控室に戻った。
「これで俺たちは帰っていいのかな?」
「ここに通されたということは、まだ何かあると思うぞ。俺の時は立食パーティーがあったから、今回もこれから立食パーティーがあるんじゃないか?」と、父さん。
確かに新貴族との顔つなぎ、俺たちからすれば先輩諸氏との顔つなぎの時間ということなのだろう。正直言って貴族社会に溶け込む気などないので興味はないのだが、さすがに逃げ帰るわけにもいかないので、控室でおとなしく待っていることにした。
そうしたら、父さんが言ってた通り、これからパーティー会場にご案内します。と、あのおじさんがやってきた。
「パーティーってわたし初めてなんだけど、父さんどんな感じなの?」
「立食パーティーだと食べ物と飲み物が置いてあって、それを好きなだけ飲み食いしていいんだ。それで、いろんな人のところに行ってあいさつしたり、あいさつされたりするんだ」
「あいさつしなきゃダメなの?」
「ダメってことはないけどな」
「ならわたし、飲み食いだけしてる」
連れて行かれたのは先ほどとは違うもう少し狭い広間で、壁際にテーブルが並べられ、その上に料理などが置かれていた。立ち働く給仕の人たちと俺たち以外その部屋には数人しかいなかった。その数人の中にヘプナー伯爵がいて、俺たちが部屋に入って来たのを見つけてこっちにやってきた。伯爵の後ろには副官が付き従っている。そのヘプナー伯爵の手にはワインのグラスがあった。すでにパーティーは始まっていたらしい。
「いやあ、みんなおめでとう」
「「ありがとうございます」」
「パーティーといっても内輪のパーティーだ。その方がきみたちも気兼ねないだろうと思ってな。ここにはうるさい連中はいないから、肩の力を抜いて存分に飲み食いしてくれたまえ」
偉い人相手にあいさつ回りでもするのかと思ったが、考え過ぎだったようだ。単純に考えて俺たちはタダの戦略兵器でそれ以上のものではない。政治的な価値などない兵器に興味はないといったところだろう。
ありがたいことだ。ドーラもあからさまにほっとしてるし。
そのあとヘプナー伯爵に連れられて、壁ぎわに行き料理を摘まんだ。
「ライネッケ遊撃隊の訓練も順調そうで何よりだ」
「はい」
「新しく作るという荷車の方はどうだ?」
「年明けに揃う予定です」
「うまくいけばいいな」
「はい」
「なーに少々失敗しても構わないから新しいことをどんどんやっていってくれたまえ」
「はい」
生前の景気のいい役員のようだ。実際そうなんだろう。
「きみたちのおかげで、陸は安泰なんだが海がな。
おっと、きみたちに愚痴を言っても始まらなかったな。許してくれ」
「いえ。
海というのは、どういった話でしょうか?」
「実は、ヨーネフリッツ王国の海軍はドネスコとフリシアの海軍によって壊滅状態だそうだ。そのため、ヨルマン領の商船はどこにも行けなくなったんだよ。陸は出口を抑えられているし、そういった意味で厳しい状況なんだ」
「つまりは、敵の艦船を撃破したいということでしょうか?」
「もちろんそうなんだが、領軍海軍では全く歯が立たない。どこにいようが襲われればそれまでだ」
戦力差が隔絶していればそうなるだろうな。しかし、どんな船だろうと喫水線の下に孔を空けてしまえばそれまでだ。しかもこの世界の船はどれもタダの木造船だろうから、ペラの四角手裏剣数発で片が付くような。
「われわれがいれば問題なく敵船を沈められると思います」
「ほう。詳しく聞かせてくれるか?」
「敵が襲ってきそうなおとり船団を組んで、敵が襲ってきてくれれば敵船の海の下に沈んだ部分に高速の鉄の塊をぶつけて孔を空けてやれます」
「ほんとうかね?」
「もちろんです。
敵が襲ってこない場合は、敵の本拠地まで乗り込んで港にいる船を一網打尽にしても面白いかもしれません」
「なんと!」
「敵の本拠地がもしわかるようなら、おとりなんか面倒なことをせずとも最初から襲撃した方が早いと思います」
「敵の拠点らしき港については察しがついている。頼めるか?」
「部隊の錬成は父さんに任せておけば十分ですから大丈夫です。
具体的なことが分かれば明日からでも。
エリカ、大丈夫だよな?」
「もちろん、大丈夫。
ケイちゃんとドーラは?」
「大丈夫です」「うん」
「ということなのでわたしたちはいつでも行けます」
「分かった。それならさっそく船の用意をしよう」
「船についてはわたしたちで何とかしますから大丈夫です」
「そうなのか?」
「はい。大丈夫です」
ウーマで海を渡ったことはないが多分大丈夫だろう。ウーマだし。
そのあとはそういった話から離れて飲み食いしていたら、父さんは知人がいたようで俺たちとは別れてそっちに行った。
そうこうしていたら、広間の扉が開いて侍女っぽい女の人に連れられて、かなり高そうなドレスを着た女子が会場に入ってきた。
「ヨルマン公の4女のドリス公女だ。公が最も目をかけている。このままいけばドリス公女がヨルマン公の跡を嗣ぐのだろう。紹介しよう」
俺はヘプナー伯爵に連れられて、件の公女の前に立った。
ドリス公女の年恰好は、俺と同い年くらいで色白。はっきり言って出るところは出ていない。顔立ちはエリカやケイちゃんとは違う方向で整って、美人顔だ。将来が楽しみではある。
背の高さはヒールをはいて俺の目の高さくらいだから、160センチくらいか?
歳は俺と同じくらいか少し上といった感じだ。
「ドリス公女、お久しぶりです」
「ヘプナー叔父さま、どうしたんです? あらたまって」
「こういった場所ですから、いちおう形だけでも」
「それもそうですね」
「それで、公女に紹介したい人物を連れてきました」
「そちらの方ですね?」
「先日、ゲルタの危機を救った英雄、ライネッケ子爵です」
「ライネッケです。どうも」
「おうわさはかねがねうかがっています。一度お会いしたかったです。本当は知らないふりをしてこのパーティーにやってきたんですが、ライネッケ子爵が目当てでした」
そう言って彼女が軽く微笑んだ。公女というからには高女かと思ったのだがなかなか人付き合いもうまいようだ。ヨルマン辺境伯が最も目をかけている子というだけのことはある。頭も相当賢いのだろう。
「それで、さっそくですがゲルタでのことをうかがってもよろしいですか?」
「は、はい。喜んで」
なんだか緊張して居酒屋の店員のようになってしまった。
それから、かいつまんでゲルタ戦のことを説明しておいた。リンガレングのことはダンジョンアイテムのカラクリクモと説明しただけで理解してもらえた。ダンジョンアイテムという言葉は何気に便利だ。
10分ほどそうやって歓談したところで「そろそろわたしは失礼させていただきますね」と言ってドリス公女は侍女を連れて帰っていった。
何しに来たんだろ? 俺に会いに来たと言っていたが、本当にそうだったような。
俺とドリス公女が話をしている間、ヘプナー伯爵はそばにいたのだが、そのヘプナー伯爵が、
「ドリス公女はどうだった?」と、俺に聞いてきた。
どうだ? と、聞かれても、何を聞かれたのか分からない。それでも答えなければならないのが下僚ではある。
「かわいい方でした」
「そうだろう。ドリス公女はヨルマン公のご息女の中でも飛びぬけて美人だからな。それに頭もいい。受け答えからも分かっただろう?」
「はい。聡明な方でした」
いやにヘプナー伯爵はドリス公女を推すな。ひょっとして、ヘプナー伯爵はロリ気があるのでは?
そうなると、うちの3人が危なくなる。今のドーラでも危機に際しては簡単にヘプナー伯爵を取り押さえることくらいできそうだから問題ないか。
その後俺はヘプナー伯爵と別れて、エリカたちの元に戻った。
「エド、さっきの女の人は誰だったの?」
「ヨルマン辺境伯の4女のドリスという名前の人だった」
「それで、どういった話をしていたの?」
「この前のゲルタ戦のことが聞きたいって言ってたから、その話をしていた」
「ふーん。このタイミングで、ここにやってきて、エドと話をしただけで帰っていったところをみると、明らかにエドが目当てだった。って事よね?」
「そういう言い方もあるかもしれないけれど、単純にゲルタ戦の話を詳しく聞きたかった。かもしれないぞ」
「わたしたちならいざ知らず、高位貴族の娘が戦いの話なんかに興味持つと思う?」
「人の趣味は千差万別。何に興味持ってもいいだろ?」
「もちろん興味を持つのはいいけれど。わたしが言いたかったのは、本格的にエドを辺境伯が取り込みに来たってこと。分かるでしょ?」
「うん」
「悪いことじゃないけど、どうするつもり?」
「俺のただの勘だけど、このまま俺が公女と付き合うことはないと思う」
「どういうこと?」
「うーん。今の俺には縁がない。そんな感じがするんだ」
「ふーん。そうなんだ」
「そうなんだよ」