第212話 小型軽量荷車。叙爵式
エリカの提案のおかげで高速部隊の補給問題に目途が立った。あとは実際に部隊を高速化することと、まだ影も形もないが、小型軽量荷車の数を揃えるだけだ。
荷車だから荒れ地や山などでは使えないが、とりあえずヨーネフリッツ内の移動なら街道は整備されているし、たいていの場所には道が延びているので使えるはず。
ペラにいろいろ任せていたところ、ちゃんと装備が整い始めた。兵隊たちの防具の他、捕縛用のロープを含め、短槍、短剣などの武器類も届けられ、兵隊たちに渡された。
さらに訓練用の木製武器も届けられている。こちらについては、俺がすっかり失念していたもので、ペラが伝票を持ってきて俺にサインを求めたところで気づき慌ててサインしたものだ。
この木製武器については新品ではなくこれまでこの駐屯地にいて今はゲルタに転出した部隊が使っていたものだ。
訓練用の武器も使えるようになったことで、これまで行進とランニングが主な訓練だったが、これに武器訓練が加わった。
この5日間の課業の最終日には小型軽量荷車の試作品ができ上ったと連絡が来た。
場所は領都内のとある馬車工房。ここ数日、ペラはこの工房に出入りして荷車について細かな注文などを付けていたそうだ。
そこに俺たちはペラに案内されて赴いた。
工房に訪れたら、工房の親方が作業場の中に案内してくれ、完成した試作機を見せてくれた。
大きさは通常の荷車の3分の2程度。重さは約半分の70キロなのだそうだ。
荷車はもちろん4輪で、軸受けと車軸が鋼鉄製のため耐久力もかなりあるそうだが、軸受けに油を絶やせないそうだ。当たり前だな。
その荷車に、リヤカーのように人が内側に最大2名入って押せるような持ち手が付いている。いたって簡単な構造だ。
試しに持ち手の中に入って荷車を押してみたところ、空荷ではあるが思った以上に軽かった。
積み荷は500キロまでなら積めるそうだ。そこまで積んでしまうと荷車を押す兵隊が大変なので総量は抑えることになると思う。スペックは十分ということだ。
「これで十分じゃないか?」
エリカも試しに押してみたところ、
「思った以上に軽い。これならいいんじゃない?」
いちおう量産の許可はもらっているので、その場で親方に仮発注した。
台数は、20人隊1つにつき4台。総数101台。最後の1台は俺たち5人用の荷車で、今回のプロトタイプとした。これは親方が無償で提供してくれたのだが、100台も注文したので誤差の範囲だろう。
荷車1台当たり予備の車輪が1つと、荷車2台当たり予備の車軸が1つその他が付属するそうだ。
納期は20日ということだった。途中年末年始の休みが入る関係で、1月10日受け渡しとなった。
最後に「よろしくお願いします」と、親方以下作業員に声をかけて俺たちは工房を後にして隊舎に引き揚げた。
輜重部隊から必要物資を教えてもらい、それらを隊として揃えていけばいいだけだ。食料については、干し肉、乾パンなどが主体となるが、その時は首脳部である俺たちも兵隊たちと同じものを食べるしかない。サクラダダンジョンに潜り始めたころはそれしかなかったわけだからレメンゲンとウーマのおかげで贅沢になったものである。
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ライネッケ遊撃隊の訓練、その他は順調だ。
そうこうしているうちに、5日間の課業が終わり、叙爵式の日を迎えた。
俺たちはウーマの中で正装して、倉庫を出て領主城に向かった。
街中を歩く俺たちはものすごく奇異な目で見られてしまった。
「ねえ、エド。正装して街中を歩くってすごく恥ずかしいわね」
「こういった服を着る連中はたいてい馬車に乗ってるんだろうしな」
「そうだよね。どこかからか、御者と一緒に馬車を借りておけばよかっわね」
「エリカ、馬車を借りるとして、そんな当てある?」
「ここだと全然ない」
「ここは我慢してとにかく領主城に急ごう」
他の3人も異存はないようで、正装した俺たちは小走りになって大通りを過ぎて行った。その関係でさらに注目を集めたのは言うまでもない。道行く人の声も耳に入ってきたが精神衛生のため極力聞かないようにした。
領主城の橋の前にたどり着いたら、橋の両側に立つ門衛の兵士に案内状を見せる前から「お待ちしていました」と言って城内の本館前まで連れていかれた。
本館の中に入っていったら、お仕着せを着た執事然とした人物が俺たちを迎えてくれ、待合室に連れていってくれた。
「こちらで少々お待ちください」と、言ってその人物は部屋を出ていったので俺たちはその部屋で各自椅子に座って待つことになった。
そうこうしていたら部屋の扉が開いて先ほどのおじさんに連れられて父さんが入ってきた。
そういえば父さんは準男爵に陞爵してたはずだから、今日正式に準男爵になったことを認められるのだろう。
「おっ! お前たち、妙な格好してるな」
そういう父さんはいつもの革鎧姿だった。
「というか、父さんこそ、その格好でいいの?」
「いや、普通はこの格好だろ? いちおう武官なんだし」
そう言われれば俺たちは今となっては立派かどうかは分からないが軍人だった。
「なんだか舞い上がってしまってそのことをすっかり忘れてた」
「まあ、いいんじゃないか。しかし、見違えたな。
他の4人もすごくいい。エドがうらやましいぞ」
「父さん。変なこと言わないでいいから」
「アハハハ」
「それはそうと、父さん落ち着いてるね?」
「そう言われればそうかもしれないが、お前たちだって落ち着いてるじゃないか?」
「そういえば、父さんは騎士爵になった時、王さまに会ってるんだよね?」
「まあそうなんだが、その他大勢と一緒だ」
「結局どんな事するの?」
「呼ばれたら王さまの前に行って、片膝ついて頭を下げていたら終わってしまった」
「そうなんだ。それなら楽勝だ」
「そうだな」
式次第ではないが式の内容はよく分かった。
少し青い顔をしていたドーラも今の俺たちの話を聞いて安心したようだ。
そうこうしていたら、あのおじさんがやってきた。
「これより式が始まりますので、お越しください」
おじさんについて歩いていき、俺たちは大きな扉の前に立たされた。
扉が開かれたところで、「前にお進みになり横一列にお並びください」と言われた。
開かれた扉の先は大広間で、玉座風の椅子に初老のおじさんが座り、その両側に立派な服を着たおじさんたちが居流れていた。その中で俺たちの親分であるヘプナー伯爵はかなりいい位置に立っていた。
椅子に座ったおじさんはヨーネフリッツ王なのだろうが顔つきはすぐれないように見えた。王冠くらい被ればいいのに王冠も被っていなければ、王さまらしいものを何も身に着けていない。
生前俺は陛下のお姿を至近で拝見したことがある(注1)。はっきり言ってすごいオーラがあった。しかし、わがヨーネフリッツ王国の王さまにはそんなオーラの欠片もなかった。まあ、王都から逃げ落ちた人物だからここでニコニコ元気いっぱいだったら逆に変だし。こんなものなのだろう。と、俺は冷めた目で王さまを見た。
それより、先頭に立って部屋の中に入った俺なのだが、『前にお進みになり』と、言われたものの、線が引いてあるわけでもないのでどこまで進んでいいのか分からなかった。
少し焦ったが王さまから5メートルくらいのところまで歩いて行きそこで立ち止りそこで横にずれた。残りの5人は俺を起点にして横一列に並んだ。
しばらして「これより、エドモンド・ライネッケ以下の叙爵式を行ないます」
という声がして、王さまが椅子から立ち上がり立ち上がった。
「エドモンド・ライネッケ。陛下の前でひざまずき首を垂れるよう」
「われ、ヨーネフリッツ王国第12代国王フリッツの名において汝エドモンド・ライネッケを子爵に叙す」
そこで前の方から拍手が上がった。これで俺のパフォーマンスは終わったようなので立ち上がって元の位置に戻った。
次に呼ばれたのはエリカでエリカは男爵、次が父さんで準男爵、ケイちゃん以下の3名は騎士爵に叙された。ペラの名まえは事前にペラ・セラフィムと訂正していたのでちゃんとその名まえで呼ばれている。
全員の叙爵が終わったところで、俺たちは後ろの司会の声に従って広間から出ていきおじさんに連れられ待合室に戻った。
エリカが伸びをするように両手を上げて「やっと終わったー」と、嬉しそうに声を上げたら、それが伝染してみんな伸びをした。
気付かぬうちにみんな緊張してたわけだ。
注1:
これは実話。東京駅のホームから連絡通路に下りてこられたところでした。ここでの陛下は今の上皇陛下と上皇后陛下のお二人。拝見した時はまだ天皇皇后両陛下でした。