第195話 傭兵団9、ゲルタ3、戦闘開始
作戦はペラの提言を採用し一応決まった。あとは敵が現れるのを待つだけだ。
夕食時まで時間があったので、普段着に着替えた俺たちは街の見物をしようと宿を出た。
俺たちのいる南側の街区の真ん中の広場を囲むように店が立ち並び、広場から四方に伸びる道にも店が並んでいた。
店先に並んだ商品はどこの都市とも変わらないもので、目新しいものは何もなかった。
値段は別に値札が付いているわけではないので買ってみないと分からないのだが、おそらく領都と同じか少し高いくらいではなかろうか。
ウィンドウはないが俺たちはウィンドショッピングを楽しんで適当な時間に宿に戻り、今日のお疲れさん会を始めた。
「「かんぱーい」」
宿泊料に含まれる定食の他に、今日は久しぶりに本格的に歩いたのでつまみと、飲み物はエールだ。エールの値段は他所と変わらなかったが、ジョッキの大きさが少し小さいような気がする。まさか、ステルス値上げじゃないよな?
少々高かろうが構わないんだから、飲みごたえのあるジョッキでサーブしていただきたいものだ。これだとすぐに給仕を呼ぶことになるからお互い面倒だろ。
俺たちがお疲れさん会で飲み食いしている間、食堂に新しい客は入ってこなかったのでかなり宿は閑散としている。自己申告で空いているというだけはある。
ゲルタで戦いの可能性があることは、領内に周知されているのかもしれない。
結局2時間ほどでお疲れさん会はお開きになったが、食堂の客は俺たちだけだった。
やはり、戦争の影は地域経済に陰を落とす。
部屋に戻った俺たちは、何もすることはなかったので早々にベッドに入って眠ってしまった。
翌朝。
目が覚めたら、体内時計では午前4時。ここで起き出しては、ちゃんと眠っているエリカたちを起こしてしまうので、もう1時間起き出すことなくベッドの中でじっとしていた。
そしたら気付かぬうちに眠ってしまい、ドーラに起こされてしまった。
「エド、朝だよ」
「ドーラ、おはよう」
見ればみんな普段着に着替えていた。久しぶりの寝坊をしたようだ。
下着姿で寝ていたので、すぐに普段着を着て1階に下りていき、宿の水場で顔を洗って部屋に戻ってきた。
時刻は6時ちょっと前。
5人揃って食堂に下りて、そこで朝食を摂りながら、今日は何をしようかと相談したところ、見事に何も案がなかった。
仕方ないので、西側の城壁に上って、敵が来るのをのんびり待とうということになった。
待つのも仕事だ。
見回りの兵隊が俺たちに構わずゆっくり壁の上を歩いていく。
そうこうしていたら、兵隊たちが丸石を抱えて階段を上り、その丸石を壁の上の通路に積み上げ始めた。上から投げ落とすための丸石を追加しているようだ。
収納キューブの中にまだかなりの量の12階層で引っぺがした床石が入っているので適当な大きさにして提供してもいいのだが、キューブのことはとりあえず秘密にしたいので申し出るようなことはしなかった。
じっと西方向を胸壁越しに眺める俺たち5人。
その後ろをたまに見張りの兵隊が通り過ぎていく。
物見から敵の接近情報がもたらされれば、城壁の上は兵隊たちでもう少しにぎやかになるはずだが、現状いたって平和だ。
「今日、明日ってことはなさそうだな」
「そうかもしれないけれど、肝心な時出遅れちゃって敵が城壁に取りついてしまった後だとこっちの作戦が台無しにならない?」
「確かにその可能性はある。それじゃあ、敵が来るまでこうやって過ごすしかないな」
「うん」
「マスター。わたしが見張りをしますから、マスターたちは宿で休んでいてもらって大丈夫です」
「ペラ、ありがとう。
宿に帰って何か用事があるわけでもないから大丈夫だ。
エリカたちは戻ってていいんだからな」
「わたしも用事なんかないからここで眺めとく」
「わたしも」「わたしも」
ということで、結局5人そろって西の方向を眺め続けた。
初日は、市街の食堂で昼食をとった時以外はずっと城壁の上で、夕方まで張り付いていた。
見張りの兵隊たちが歩き回っているのは、暇つぶし的意味合いが6割はあるのではないかと勘繰ってしまった。
城壁の上での見張りを始めて5日目。
そろそろかと思い今日は毛布などで膨らませたリュックを背負うことにした。何のためのリュックなのかというと、リュックの中でキューブから取り出した四角手裏剣をあたかもリュックで運んできたもののように見せるパフォーマンスをするためだ。
食事を終えた俺たちはいつものように宿を出て西側の城壁の上に立ったら今日は大勢の兵隊が城壁上の通路で待機していた。その兵士たちの半分ほどは長弓を手にしていて、作夜のうちに用意したのか矢の束もそこかしこに並べられている。
おそらく物見の報告を受け、今日敵の襲来を見越して待ち構えているのだろう。
そしていつものように城壁の上から西の方向を眺めていたら遠くの方から横に広がった何か黒いものが見えた。
「あれって何だと思う?」
「動いているような、止まっているような。
ケイちゃん、何か分からない?」
「兵隊のようです。敵が攻めてきたのだと思います」
見張りの兵隊たちも敵軍に気づいたようで、すぐに数人の兵隊が階段を駆け下りて行った。
守備隊のホト隊長に報告に走ったのだろう。
間をおかず街の鐘が鳴り始め、いつもとは違い鳴らされ続けた。
俺はそんな中、通路の路面に下ろしたリュックの中から取り出した振りをして、四角手裏剣をどんどん胸壁手前に置いていく。
城壁の上から見える前面の敵数は見渡す限りというほどではないが数えきれないのは事実。敵の最前列と城壁との距離は、約300メートル。敵はその位置で停止して整列した。矢の有効射程の外側にいるつもりなのだろう。
ペラの四角手裏剣の有効射程は500メートルなのでほとんどの敵が有効射程範囲だ。
俺は四角手裏剣を200個くらい出したところでいったん作業を止めた。
ちょっとだけ視線のようなものを感じて振り返ったら守備隊の隊長さんが立っていたので会釈しておいた。
「敵は整列してるけど、先制攻撃していいのかな?」
「いいんじゃない。こっちに攻め寄せるために勝手に並んでるわけだから」
「それじゃあペラ、作戦通り敵の指揮官クラスを狙い撃ちにしていこう。
おっと、その前に」
先制攻撃していいか一応守備隊の隊長さんにお伺いを立てておいた方がいいだろう。
「ペラ、攻撃開始はちょっと待っててくれ」
「隊長、攻撃してもいいですか?」
「この距離で何をするつもりだ?」
「そこに積んだ鉄の塊を投げつけて、敵の指揮官クラスを狙い撃ちにしていきます」
「もしそれが可能なら、いつやってくれても構わないぞ」
「了解です。
それじゃあ、ペラ。どんどんやってくれ」
「了解」