第16話 サクラダの星2
時間つぶしと思ってベッドの上に横になっていたら、ついうとうとしてしまった。
気付いたら街の鐘が鳴っていた。3回鳴ったはずだからもう午後6時だ。
ベッドから起き上がって靴をはいていたら、扉の向こうから俺を呼ぶエリカの声がした。
「いまそっちに行く」
俺は急いで扉を開けた。さっきとは違った服を着たエリカが立っていた。俺の普段着は今着ているものしかないのだが、何気にエリカは物持ちだ。お嬢さんだし当然か。
「きみも疲れが出たんだね。あんなに大きな荷物を担げば当然か。ごめんね」
お嬢さまなのに、気遣いがあるところは好感度アップだ。まあ、チームメートだし、俺だって俺に特別な感情を持っているかもしれないなんて幻想をいだくほど馬鹿じゃないつもりだし。
「いやいや、気にしなくていいから。
それじゃあ食堂に行こうか」
「うん」
二人そろって階段に向かって廊下を歩いていたら、部屋の扉が開いて数人のダンジョンワーカーたちが現れた。
みんな経験1年以内の新人だ。とは言っても俺たちから見れば先輩には違いない。
彼らと一緒に俺とエリカは階段を下りていき1階の食堂兼酒場に入って、俺とエリカは空いていた4人席に向かい合って座った。
一緒に食堂兼酒場に入った新人たちは数人ずつのグループに分かれてそれぞれ別のテーブルに着いたようだ。お互いライバルってわけじゃないだろうけど、馴れ馴れしくしても仕方ないしな。
新人たちがテーブルに着いていたら順に給仕のおじさんが定食をテーブルの上に届けてくれ、そこで各自が飲み物などを注文した。
俺とエリカはブドウ酒ではなくエールを頼んだ。要はチーム『サクラダの星』発足祝いってやつだ。このエールだが生ぬるい上に泡もほとんど立たないので、はっきり言っておいしくはない。そしてアルコール度数もおそらく低い。それでもこういった祝いの席だとやっぱりエールなんだよな。
エールのジョッキが届けられたところで代金を渡してさっそく乾杯だ。
「それでは僭越ながら、わたくしエドモンド・ライネッケが乾杯の音頭と取らさせていただきます。チーム『サクラダの星』のこれからの躍進を祈念して、『乾杯』」
「乾杯。
ねえ、エド、今何か難しいこと言ってたけど、何て意味だったの?」
「要するにこれから頑張ろうってことさ」
「分かったような分からないような。でもエドって教養があるのね。何とかっていう村出身とは思えないくらい」
「ロジナ村な」
「そう。そのロジナ村ってどんな村だったの?」
「俺自身ロジナ村の他は近くの村しか知らないけれど、いたって普通の村じゃないかな。人の数も300人くらいだったし、店は1軒だけだったし」
「お店が1軒だと何を売ってるわけ?」
「雑貨から食料品まで何でも売ってるんだけど、種類が極端に少ないし、売り切れたらなかなか補充されない」
「なにそれ。大変じゃない」
「慣れればそれだけの話なんだけど。たまに行商の馬車なんかが来ると小さなお祭りになるんだよ」
「面白いわね」
「将来ロジナ村の人の数が増えて町になったら、店も増えるだろうけどね」
「フフフ。そうなったらうちのお父さんに頼んでロジナ町に店を出してあげるわよ」
「その時は頼むよ。
それはそうと、明日からのことを相談しようか」
「そうね」
「まずは、二人の取り分だけど、半々でいいだろ?」
「エドはリーダーなんだからわたしより多くていいのよ」
「リーダーっていっても何も変わらないから」
「そう。それじゃあ遠慮なく」
「今日大ウサギをリュックに入れて背負った感じ、俺だと2匹が限度だった。エリカは1匹だろうから、大ウサギで3匹仕留めたら撤退でいいだろ?」
「運べなければ仕方ないものね」
「それと、武器や防具なんかの手入れの費用。これは各自持ちでいいかな?」
「それ以外何があるの?」
「チームとしてどこかにお金を貯めておいてそこから使うってこともできるけど、面倒ではあるんだよ」
「ふーん。とにかく自分の責任って事でいいんじゃない」
「分かった」
「次は明日のこと。朝食は6時でいいかな?」
「大丈夫。わたし朝は強いから」
「じゃあ、朝食を6時に一緒に食べて30分くらいしたら準備して渦の前で待機でいいかな?」
「わたしがエドの部屋に行くから、そこから一緒に下に下りましょうよ」
「じゃあそういうことで」
「ダンジョン内での昼食はどうする?」
「わたしなら食べなくても平気だけど」
「腹が減ったら干し肉かパンをかじっておけばいいかな。これも各人の責任ということでいいかい?」
「うん」
「こんなところかな。あとは明日以降ダンジョンに潜って足りないところがあればその都度対応していこう」
「うん。やっぱりエドがリーダーで良かった」
「そうかい。ありがと」
定食を食べ終え、ジョッキも空になったところで給仕のおじさんを呼んでエールのお代わりとつまみに油で揚げたイモを注文した。
イモはジャガイモによく似た味のイモで、ここではただのイモとか丸イモと呼んでいる。丸イモはジャガイモと違って芽に毒があるわけでもない。そういう意味ではジャガイモの上位互換と考えてもいいかもしれない。ちなみにうちの畑でもたくさん採れていた。その代りジャガイモより育てるのは手間がかかるのかもしれない。
決めることを決めたら後は寛いで飲むだけだ。美少女と飲む酒は格別だ。しかも飲み代以外はタダなのだ。精神実年齢還暦のジジイである俺は感無量である。
そう考えるとものすごくコストパフォーマンスがいい。バカでかい大ジョッキ1杯のエールは大銅貨1枚だ。俺の感覚では250円に過ぎない。
二人で盛り上がっていたら、客の数がだいぶ増えてきた。
あまり長居していると、先輩ダンジョンワーカーたちに迷惑になるので2杯目のエールを飲み終わったところでお開きにすることにした。
二人して3階に戻り、俺の部屋の前でエリカと別れた。
「それじゃあ明日」
「それじゃあ」
結局誰にも絡まれることもなく二日目も終わった。もちろん面倒ごとに巻き込まれたいわけじゃないけど、俺自身なんとなくイベントを身構えていたので拍子抜けの感じもしないわけではない。ラッキーだったと思っておこう。
まだ6時の鐘から次の鐘が鳴っていないので時刻は8時前だ。
先ほど転寝したこともあり、眠気はないのだが少し酔いも回ったようで、靴を脱いでベッドに横になった。
予想通りそのまま眠ってしまったようで、気が付いたら街の鐘が鳴っていた。鐘の鳴った回数は1回だけだったと思うのでまだ午前2時だ。このまま起きてしまうと明日に障るので目を閉じて例の魔力操作をしていたらちゃんと眠ることができた。俺の魔力操作、睡眠には抜群の効果があるけど、実際のところ魔力について何か効果があるんかね?
[あとがき]
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軍事アーティファクトの保有が国の強さに直結する世界。一中小国で生まれ育った主人公が魔術と大剣の力で自身にゆかりのある没落した帝国の再興を目指す戦記物語。