第109話 12階層6、グローブ
12階層2日目。
野営中にモンスターが襲ってくることもなく朝の支度を終えた俺たちは、野営道具を片付け朝食を摂った。
この階層で現れたモンスターは今のところ動く石像だけだ。
その石像は見敵必殺のケイちゃんの矢でことごとく砕け散っている。
自慢じゃないが、俺もエリカもいまだ1体の石像もたおしていない。
朝食を終えて後片付けをし、しばらく休憩してから装備を整え、12階層の探索を再開した。
自動地図にはちゃんと12階層の図面が描き込まれているが、まだまだ探索範囲は狭い。
この日の午前中も前日と変わらず、金貨の詰まった宝箱とポーションの詰まった宝箱をそれなりの数手に入れた。
昼休憩で食事しながら。
「なかなかちゃんとしたアイテムが出てこないわよね」
「ちゃんと宝箱はあるわけだし、アイテムのあるなしは仕方ないんじゃないか」
「それは分かるんだけど。やっぱり何か面白いアイテムが欲しいじゃない」
「それはそうだけど、エリカはどんなアイテムが欲しいんだ?」
「それはもうスゴイアイテムに決まっているわ」
「スゴイのは分かるけれど、実際のところどんなアイテムが欲しいんだ? ちゃんと思い描いてレメンゲンに祈れば願いがかなうかも知れないぞ」
「そうねー。何が欲しいかというと思いつかないんだけど。
ケイちゃんは何かないの?」
「そうですねー。今は大量の矢もあるから折れない矢はそれほど価値はなくなってしまったし。わたしが今欲しいのは、……。特にないみたいです」
「エドは何かないの?」
「水薬はもう一生モノ以上手に入っているし、あとはそうだなー。ブーツかな?」
「ブーツ?」
「この前替えたんだけど、そろそろ買い替えないといけないと思ってたんだ。ダンジョンでブーツが見つかれば、一生モノのブーツかもしれないし、足が速くなるといった効用もありそうだし」
「そうね。わたしは予備のブーツを持っているからブーツがどうしても欲しいわけじゃないけれど、ブーツに限らず、防具全般はアリね」
「そうですね。これからもっと深くなっていけばモンスターも手強くなってくるんでしょうし、防具は重要ですよね」
「それじゃあ俺が代表してレメンゲンにお願いしてやろう」
俺はレメンゲンごと外していた剣帯を捧げ持って祈りをささげた。
「レメンゲンさん、レメンゲンさん、俺たちが防具を手に入れられるよう力を貸してくださいませ」
二礼二拍手一礼したかったけれど、両手でレメンゲンを持っていた関係で出来なかった。でも俺たちの願いは聞いてくれるよな?
昼休憩を終え、装備を整え探索を再開した俺たちは次の扉の前に立った。
レメンゲンを鞘から抜いて「3、2、1、(収納)」
弓の音と一緒に飛んできた矢を払って、後ろで鳴った弓の音を聞いたら部屋の真ん中で弓を構えた石像の眉間が砕かれた。
石像はゆっくり後ろに向かって仰向けに倒れていき最後に床にあたってバラバラになった。見慣れた光景だ。
石像が立っていた場所の後ろにはちゃんと宝箱があった。
今度の宝箱は今までの宝箱とは明らかに違う。ブーツが入っていてもおかしくない大きさと形だ。
赤く点滅する床石を避けてケイちゃんの矢を回収し、それから宝箱の前まで行って観察した。
宝箱はいつもと変わらず銅製なのだが、フタにカギ穴がついていた。初めてだ。
「カギ穴があるってことはカギがかかってるってことだよな」
「でしょうね」
「カギ開け、誰もできませんよね?」
「俺はできない」
「もちろんわたしも」
「わたしもです」
「どうする? このまま収納してしまって、どこかに持っていって開けてもらおうか?」
「どこかって、当てはあるの?」
「もちろんそんな当てはないけれど、ギルドのエルマンさんに聞けば何とかなるんじゃないか?」
「それもそうか」
「エドがこの宝箱のフタとか、カギの部分を収納キューブの中に収納してしまえばフタは開くんじゃないでしょうか?」
「確かに。箱の板の厚さは5ミリくらいだから、カギ穴の周りを丸くそれくらいの深さで収納してみよう」
俺はカギ穴を中心に直径3センチ、深さ5ミリほどの穴を空けてみた。穴は貫通していなかったけれど錠の機構は壊れた感じだ。
両手で蓋を持ち上げたらフタは最初突っかかったがちゃんと開いた。
「うまくいったわね。
うわっ! ホントにブーツが入ってた」
宝箱の中には1足のブーツが入っていた。エリカが宝箱の中から取り出して宝箱にフタをしてその上にブーツを置いた。
そのブーツは黒に近いこげ茶色で材質は何かの革のようだが、もちろん何の革かは分からない。
「やっぱり大きい。完全にエド用のブーツだわ。ご主人さま優先ってさすがはレメンゲン」
俺がレメンゲンのご主人さまである。と、いうのは大いに疑問なのだが、それはそれ。
「エド、ちょっとはいてみてよ」
エリカから渡されたブーツを床の上に置き、今はいている左足のブーツを脱いでそのブーツに片足を突っ込んだ。ちなみに靴下はちゃんとはいていますよ。
左足を突っ込んだら、ぴったりフィットしてしかも内側が全般的に軟らかいように感じる。見た目はそこらのブーツなのだがはき心地は高級ブーツだ。多分だけど。
「すごく足になじむ」
「良かったじゃない。それにはき替えて、どういった効用があるのか確かめてみてよ」
「分かった」
俺は右足も新しいブーツにはき替えて今までのブーツは収納キューブにしまっておいた。
それから扉を何回か開けて金貨とポーションを手に入れた。
そして今、目の前にこれまでと形の違う宝箱がある。結構小さい。
この感じは、……。もちろん全く分からない。
今回もカギ穴があったので、カギがかかっているいないを無視してカギ穴の周りを収納して錠を壊してやった。
「♪なにかな、なにかなー♪」妙な節をつけてエリカが歌い始めた。
それでは、オープン、ザ、ボックス!
宝箱の中に入っていたのは、一組の革のグローブだった。色は白で、見た感じ小さいので女物だ。ケイちゃんは指ぬき型のグローブとブレイサー なので、エリカ用だな。白銀の双剣を持つエリカにちょうどいいと思うが、大きさ的にどうだ?
「これはエリカ用のグローブだな。
エリカはめて見ろよ」
「分かった!」エリカの答えが軽い。
すぐに両手のグローブを外したエリカは俺が手渡した新しいグローブを両手にはめてグーパーしてみせた。今までのグローブは俺が預かっておいた。
「ぴったりしてるけど全然きつくないし、軟らかい」
そのあとエリカは双剣を引き抜いて素振りを何回かしてみせた。
「ヘルテもエルバーメンもすごく持ちやすい」
「良かったじゃないか」
「うん!」
「今までのグローブはキューブにしまっていていいだろ?」
「うん」
エリカの顔はニコニコだ。
「どんな効能があるのか楽しみだな」
「剣が持ちやすくなっただけでもかなりスゴイよ。切っ先まで手のひらに感じられる気がするの」
それはすごいな。俺はまだその域には達していないもの。
さーて、次はケイちゃんだな。
「よし、次に行こう」
「はい!」「はい」
エリカ、すごく元気だな。新しいグローブに元気が出る効用があったのか?
俺のブーツの効用は今のところ分からないが、少なくともはき心地は素晴らしい。