第108話 12階層5、バトン
宝箱から出てきたのは、銀色の丸棒の各所を金で象眼のように装飾したバトンだった。これでピンクが入ってれば魔法少女のバトンなのだろうが、そういったチープさは一切ない。
しかし何なのだろう? 全く用途が分からない。これを持ってリレーしたら世界記録が狙えるわけでもないだろうし。
見た目は重そうなのだが、中身は中空なのか、見た目ほど重たくはない。それでも2キロ近くはありそうだ。
鈍器として使用するには重さが足りないし装飾が邪魔だ。それに長さも足りない。
何かのドラマで灰皿の代わりに使えそうではあるが、それ以上の殺傷能力はなさそうだ。
「ダンジョンで見つかったわけだから何かの役に立つんだろうけど、全く見当がつかないな」
「金と銀で出来てるみたいだけど、鋳つぶすのはもったいないわよね」
「試しに振ってみたらどうでしょう?」
何かに向けてそれらしく振れば火の玉が出たり、電撃が走るかもしれない。試しに壁に向かってそれらしく振ってみたのだが、何も出てこなかった。もちろんそれ以外の変化もなかったハズ。
「うーん。全然だめだな」
「そのうち何かわかるかもしれないから剣帯に挟んでおけばいいんじゃない」
「そうするとしよう。何かあった時すぐ試せるものな」
バトンを剣帯に挟んだところ剣帯が金の装飾に引っかかってずり落ちることはなさそうだった。
「それじゃあ、右の部屋から順に見ていこう」
扉の前に立ってレメンゲンを鞘から抜き「3、2、1、(収納)」
今回は矢が飛んでくることはなかった。
扉の先はいつもの正方形の石室で部屋の真ん中にまた宝箱があった。その宝箱の見た目は金貨の入っていた宝箱と同じだ。
「あー、これは金貨だわ」
落胆したようなエリカお嬢さまの声が後ろから聞こえてきた。
そのあとケイちゃんの軽い笑い声が聞こえた。
レメンゲンを鞘に納め、赤い点滅を避けて宝箱の前まで行き、しゃがんでよく観察。
おかしなところは何もなかった。
何か意味があるかもしれないと思った俺は、剣帯に挟んでいたバトンを引き抜いて宝箱に向かって2、3回振ってみた。
そうしたら何ということでしょう。何の変化もないではありませんか。
「予想通り!」一人満足してバトンを剣帯に挟んで宝箱の蓋を開けたら中にはこちらも予想通り金貨が入っていた。
エリカが何か言うのかと思ったが何も言わなかった。
「次行ってみよう」
宝箱ごと金貨を収納して次の扉の前まで移動した。
次の部屋もその次の部屋も、中に石像がいない代わりに金貨が詰まった宝箱だけあった。
「俺たち、本当に夕方までに大金持ちになってしまった」
「いいことじゃない」
「だけど、これだけの量はさすがに両替屋も両替できないだろうなー」
「それはあるわね。ある意味始末に困るけど、それはそれ。
うまくすれば、ギルドで引き取ってくれるかもしれないし」
「それにしても100枚くらいが限度じゃないか? これ1枚でフリッツ金貨2枚分くらいの重さがあるもの」
「この金貨はこのままでは使えませんが、担保にすれば将来なにか大きなことをしようとする時、かなりのお金を借りられると思います」
「大きな事って?」
「商売を始めるとか」
「それ、いいわね。将来3人でわたしのお父さんの商会の何倍も大きな『サクラダの星』商会とか作ったら」
「あとは、それこそ北西の大森林を開拓して領主になるとか」
「それもいいわね。辺境伯の寄子の中でも有力な寄子に成れるわよ。伯爵とか」
「夢は大きく。だな」
「その通りよ。うちのお父さんも驚くだろーなー。というかお兄さんたちはもっと驚くだろうなー」
俺のうちだって俺が伯爵なんかになってしまったら、父さんも母さんもビックリしてひっくり返ってしまうカモネ。
そこから先、野営までの数時間で、結局金貨の詰まった宝箱を12個見つけ、ポーションの詰まった宝箱を3つ見つけた。残念ながらアイテムらしいアイテムは俺の腰に差している謎のバトンひとつだけだった。
「そろそろ、野営準備を始めようか」
先ほど金貨の詰まった宝箱を回収した石室を今日の野営場所にした。
この石室は袋小路なので監視が必要なのは俺が扉を収納した出入り口だけだ。
部屋の中の赤い点滅は床板をはいでしまった。大穴が空いたままでは危ないので、外した扉の板を穴の上に渡して穴をふさいでおいた。
まずは装備を外し身軽になった後、野営準備を始めた。最初にキューブから野営道具を取り出し、エリカとケイちゃんが毛布を並べたりしている間に、夕食用の諸々をキューブから取り出して並べていった。
スープが大量にあるのですごく楽だ。まな板を出してパンをスライスし、そのあとサイコロステーキを入れたボウルから小皿にサイコロステーキを盛っていく。最後にスープ用のマグカップにスープをよそい、水用のマグカップに水を入れて出来上がり。スープの入った大鍋は加熱板の上に置いて『弱』で保温しているので温かいままだ。
「それじゃあ、食べようか」
パンは出来立てを買っているため柔らかいので、わざわざスープに浸して食べなくてもいいのだが、どうしても癖でスープに浸してしまう。それがまたおいしい。
「立って食べているけど、床の上だから食べやすいわね」
「これなら椅子を持ち込んでも良さそうだから、次に潜る時は椅子を用意しておこう」
「なんだか、ダンジョンの中で食事している感じじゃなくなってきましたね」
「その気になれば、ここに20日くらいはいられるし」
「エドの収納キューブはまだ一杯になった感じはしてないんでしょ?」
「うん、まだ全然」
「椅子だけじゃなくってベッドも持ち込めるわよね」
「そうだな。そこまでやってしまうとやり過ぎじゃないか?」
「そうなんだけど、何だか、ここって本当に部屋の中って感じがするじゃない」
「うん。じゃあ今度ベッドを持って入ってもいいけど」
「ここの床なら毛布を敷くだけで痛くなさそうだからいいわよ」
「それはそうとあの銀色の棒は何なんでしょう?」
「何かあるたびに振ってみたんだけど、何も起きなかった。
俺の指輪と同じで、全く見当がつかない」
また指輪のことを思い出してしまった。今では黒曜石のごとく真っ黒で艶もある。黒いからレメンゲンの謎金属製なのかというとそんな感じは全くしない。
カッコいいと言えばカッコいいのだが、ちょっと不気味な感じがしないではない。
それはそうと、上に戻ったらバトンをちゃんと剣帯に取り付けられるようなホルダーを探してみよう。
夕食の最後にデザートとしてナシをむいた。ナシといっても丸い日本のナシではなくヒョウタンのような形のナシだ。なんとなくねっとりした感触があるのだがそれがまたいい。
形が形なので皮をむくのはちょっと面倒だが今では調理ナイフの扱いにも慣れてあっという間に皮をむける。それもかなり薄くだ。
「今日もお腹いっぱい。おいしかったー」
腹いっぱい食べられるということは幸せなこと。俺が将来神道を広めるにあたって、お腹いっぱい食べて幸せな気分になることを教義にしても良さそうだ。
夕食の後片付けが終わった後、残飯関連はまとめて上を塞いでいた鉄板を外して穴の中に投げ捨ててやった。
穴の底がどうなっているのかちょっとだけ興味はある。どこか別の世界の空の上に穴の底が開いていたりして。
今回は難しかったでしょう。Wikiを見たら1967年1月7日から同年9月30日までフジテレビ系列で放送されていた日本のテレビアニメだそうです。そのエンディングテーマ。
最後の下りは星新一の『ボッコちゃん』の「おーいでてこーい」から。