第106話 12階層3、祭壇
石室の中で見つけた金貨は宝箱ごと収納しておいた。
そのあと俺は、砕けてしまった石像の検分を始めた。
とはいっても見た目はタダの石。
胸の内部になにか隠されていないかと思った俺は、比較的無事だった胸部の塊りを持ち上げて床石に叩きつけてやった。石像の胸部が砕ける代わりに床石が割れて、床石は石像の破片ごと、ぽっかり空いた穴の中に落っこちて入った。耳を澄ませたが、どこかに落下して衝突するような音は聞こえてこなかった。
「罠だ」
「うわー」
「驚きました」
大事にならずに済んでよかった。
落とし穴が仕掛けられている位置がエグイな。
だけど、石像の重みを受けていても穴が空かなかったのだから、結構重い物が載っても大丈夫なのかもしれない。試す気はないし、最初から味方では罠が反応しない可能性もある。とにかく謎なので常識的な思い込みはしない方がいいだろう。
石像の砕けた頭は宝箱のあった床石の上に転がっていたが、どう見てもタダの石だった。
「この部屋はこれくらいにして次の部屋に行こう」
道をたどって引き返し、次の扉まで床板を引きはがして先ほどのように俺を先頭に扉の前に立った。
レメンゲンを手にして「それじゃあ、3、2、1、(収納)」
扉を収納した先は空の石室で、広さは今までの石室と同じ。その代り、俺が今収納した扉を含め部屋の全部の壁の真ん中に扉がついていた。
「右側の扉から順に見ていこう」
右側の扉に向かって床石をはいでいったところ、珍しく落とし穴はなかった。
「それじゃあ、3、2、1、(収納)」
扉を収納した先は、また同じ形の石室で部屋の真ん中に剣を持った石像が立っていた。扉は俺が開けたところだけの行き止まりの部屋だ。
石像が剣を振り上げて一歩こちらに踏み出したところでケイちゃんの矢が額に命中して、石像はこちらに向かって倒れ込み、手にした剣ごと大きな音を立てて砕けてしまった。
残念ながら宝箱は見当たらなかったので、ケイちゃんの矢が転がったところまで床石をはがして矢を回収し、そのあと砕けた石像を調べてみた。
今度の石像は胸の中ほどで砕けていたので中を見たがタダの石で、変わったものは何も中にはなかった。
どうも魔石とか、核と言ったファンタジー物体は石像内にはなさそうだ。
あったところで何の役に立つか分からないものなのでどうしようもないと言えばその通り。従ってどうでもいいと言えばどうでもいいことだった。
「それじゃあ、真ん中の扉を開けてみよう」
「何もなくて残念だったわね」
「毎回宝箱があったらそれこそ俺たち夕食までに大金持ちになってしまうぞ」
「それはそれで結構なことじゃない」
「それはそうだけど。
とにかく次に行こう」
次の扉の前まで床石をはがしてその前に立った。
「3、2、1、(収納)」
扉を収納したとたん、また矢が飛んできた。
飛んできた矢をレメンゲンで払ったら、俺の後ろから弓の弦がはじける音がして矢が俺の脇を通って部屋の真ん中にいた石像の眉間を砕いた。石像は最初の石像と同じように後ろに倒れて砕け、その後ろに宝箱が見えた。
今度の部屋も同じ正方形で、扉は俺の空けたところだけで行き止まりの石室だった。
宝箱の前まで床石をはがしていって宝箱を観察したところ、宝箱は最初の宝箱と見た目は全く同じだった。
フタに手をかけて開けた見たら、中にはさっきと同じ金貨が詰まっていた。
「もう俺たち大金持ちじゃないか?」
「そうかもしれないけれど、まだまだよ」
エリカの鼻息が荒い気がする。
「これも宝箱ごとしまっておこう」
宝箱に蓋をしてキューブにしまった。
「最後の部屋を見てみよう」
「今度も宝箱があればいいなー」
いったん部屋から出てそこから3つ目の扉に向かって床石をはいでいき、その前に立った。
「3、2、1、(収納)」
今回も扉を収納したとたんに矢が飛んできて、俺が矢を払ったら、俺の後ろで弓の弦のはじける音がした。
それで、結局同じように石像が床の上に倒れて砕けてしまいその先に宝箱が見えた。
今回の宝箱も今までの2つの宝箱と同じ形に見えた。
「あったわねー」
エリカの顔を見たら、ニヨニヨ笑いをしている。ケイちゃんの顔はいつもと変わらない顔だった。
「エリカ、気持ちは分かるがニヨニヨ笑いはやめた方がいいかもしれないぞ」
「えっ!? うそ! わたしそんな顔してた?」
「してた」
「エドのが移ったー!」
他人のせいにするなよ。
とにかく宝箱まで床石をはがしていき、途中でケイちゃんの矢を回収してから宝箱を観察した。今までの宝箱と同じと確信してから蓋を取ったら金貨がちゃんと詰まっていた。
「エリカ。またニヨニヨしてるぞ」
「うそ!?」
「ウソじゃないから」
「もう顔のことはどうでもいいわ。お金持ちになるんだから少々顔がおかしくなっても我慢する」
エリカの思考はそっち方向に行ってしまった。ニヨニヨ笑っていても美少女は美少女だから、全然いいけど。
金貨を箱ごと回収した俺たちは通路まで戻った。
「エド、どんどん行きましょ!」
はやる気持ちは分からないではない。
俺はエリカにせかされるまま次の扉まで床石をはいでいき、次の扉の前に立ったところで通路の先の方から何かが近づいて来る音というか振動が聞こえてきた。これは明らかに石像が近づいてきている感じだ。
無視はできないので、石像がやってくるのを待っていたら、石像は3体で2体が剣を持ち、1体が槍を持っていた。
「もう少し近づいてきたらたおしてしまいます」
遠くでたおしちゃうと、矢の回収が面倒だものな。ご配慮感謝します。
10メートルくらいまで石像が近づいてきたところで3度弓が鳴り、それだけで石像3体のケリがついてしまった。
俺は矢を回収するため、床石をはいでいき3本の矢を持って帰ってケイちゃんに渡した。
改めて扉の前に立ち「3、2、1(収納)」
部屋の中は空っぽだった。その代り今まで正方形の部屋だったが今度の部屋は奥行き方向に2倍に伸びた長方形の部屋で、向かいの壁の1カ所に扉が付いていた。
「今度は金貨以外がいいわよね! もちろん金貨でもいいけど」
「うん。先に右側の扉から見てみよう」
扉に向けて床石をはいで行ったところ途中3カ所穴が空いた。けっこうな頻度だ。部屋の床を全部剥がしたらかなりの数の穴があるような気がする。なんとなくではあるが扉の先にはちょっといい物が置かれていそうだ。
ここで表情筋を意識していないとエリカになってしまうので、俺はキリリと顔を引き締めて右側の扉の前に立った。
「それじゃあ、3、2、1(収納)」
扉を収納した先は今までと同じ正方形の部屋だったが、部屋全体が黒御影石で出来ているようだ。正面の壁に黒い台座、いわば祭壇のようなものが置かれて、その黒い祭壇の真ん中に金色の像が立っていた。
レメンゲンを鞘に戻して黒い床石を外していき祭壇の前に立った。そこまでで穴はなかった。
金色の像は女性像で、顔は柔和とでもいうのだろう。
「この像何だと思う?」
「女神さま?」
「うーん。見た感じは女神さまですが、ダンジョンの中に祀られているとなるとダンジョンの神さまなんでしょうか?」
「この像が本当に神さまを象ったものなら、ダンジョンの神さまの可能性は十分ありそうだ。だとすると、拝めば何かご利益があるかもしれない」
この考え方は、きわめて日本人的思考であると言えよう。
「神々しい像ですからご利益ありそうですね」
「ねえ、エドとケイちゃん、ご利益って何?」
「ご利益というのは神さまが現実的な利益を与えてくれるってことだけど、エリカは知らない?」
「神さまって精神的な安らぎとか幸せとかそんなものを与えてくれるんじゃないの」
そういえばこっちの世界の神さまって地球で言うところのキリスト教っぽいところがあるものな。
「それと、拝むって顔を見ればいいの?」
今俺は神道的なニュアンスで「拝む」という言葉を使ったがここでは顔を見ることだものな。「拝む」ではなく「祈る」の方がここの言葉では近いか。
「拝むって俺の実家あたりの言葉で、祈るって意味だ」
「ふーん、そうなんだ」
ケイちゃんにはご利益も拝むも通じたわけだから、エルフ的な何かが日本の神道に近いのかもしれない。
「まあ、そういうわけだから、ご利益を願って祈っておけばいいんだよ」
「現実的な利益なら祈らないと損よね」
損か得かは分からないけれど、神々しい物を見たらとりあえず拝んでおけばオーケー。神道は実にフレキシブルな宗教だ。将来俺が引退したら神道をこの世界に広めてやるか。俺の場合は正確な知識はないのでなんちゃって神道になるが、その辺りはちゃんとしたブレーンを雇えば十分ワークする宗教になりえる。教祖さま爆誕! なんてな。




