第104話 12階層
雄鶏亭での夕食時。ヨーネフリッツが他国に攻め込むのではないかとのうわさ話を聞いた。
事実なら既に攻め込んで、勝利しているかもしれない。そのうち続報が入ることだろう。
戦争なんて俺たちダンジョンワーカーに直接は関係ない話だから興味本位の話でしかないのだが、エリカが戦争についてちゃんと考えを持っているということはある意味驚きだった。今年15歳になったということは、まだ生前の日本だと俺もそうだけど中学生ってことだ。エリカが早熟なのは確かだが、地頭も相当いいんだろう。
今さらだが、生前の俺の課にいたらかなりのことを任せられる逸材になっていた気がする。
いろいろ考えさせられた夕食を終えて家に帰り着いたのは午後8時の少し前。
部屋の前で二人と別れて自室に入ったら街の鐘が聞こえてきた。
部屋の隅で壁にもたれたわけではないが、灯りもつけずに服を脱いで下着になり、ベッドに潜り込んで寝てしまった。
翌日。
午前中は、予定通りスープづくりだ。
空になっていた大鍋は1つしかなかったので、その大鍋でスープを煮込んでいる間に雑貨屋に行って大鍋を2つ買ってきた。
昼までにその2つの大鍋にもスープを作った。大鍋6つ分。大鍋1つで20食から25食分はあるので、少なく見積もっても120食。1日3人3食で割ると、13日から14日分になる。
昼食をギルドで摂った俺たちは商店街に行き減った食材の補充とパンなどを大量に買った。パンを買った時、お菓子関係も買っている。これで食に関しては安心だ。
そして翌日。今日は12階層への3泊4日のダンジョンアタックだ。
準備を整えた俺たちはギルドの渦をくぐって11階層、12階層への下り階段のある小島を目指した。
11階層、10階層からの階段下までは小休止を一度挟んで約5時間。
階段下で1時間の昼休憩を取って、小島に向かった。
30分弱歩いて大空洞に到着して見回したところ、どこにもあの黒スライムの残した粘液の水溜まりはなかった。
あのガスには臭いがなかったので、完全に安全だとは言い切れないが、エリカが言っていたように何か体に異常が起これば黄色いポーションを飲めばいいだけだ。
有難いことに俺が小島まで作った天橋立はまだちゃんと残っていたし、スライムの気配はどこにもなかった。階段前のモンスターは復活しないと考えていいのだろう。
俺たちは天橋立の上を用心して歩き、小島に到達した。
「変わったところは何もなかったわね」
「そうだな」
「スライムって復活しないんですか?」
「10階層から階段を下りる時何も考えていなかったけれど、あのカエルも復活してなかったし、階段前のモンスターは復活しないと考えてていいんじゃないか?」
「そうなんですね」
「それに今回はケイちゃんの矢が120本もあるわけだから、復活してたとしても大したことなかっただろ」
「まあ」
「それじゃあ、階段を下りよう」
「うん」「はい」
数えながら下りた階段は、やはり60段だったのだが、階段を下りた先は10メートル四方の石室だった。初めての石室だったが階段の向かいに閉じた扉が一つあるだけの宝箱もアイテムもない空の部屋だった。
「ここってダンジョンだよね?」
「階段を下った先にあったんだからダンジョンじゃないか」
「不思議ですね」
「人の手で作ったわけでもないんだろうけど、確かに不思議だよな」
今までは洞窟だったから罠の心配を無意識にしてこなかったけれど、石組ダンジョンだとモロに罠がありそうなんだよな。
俺にはトラップを見分けるスキルもなければトラップを解除するスキルもない。何かトラップを見分ける方法はないものか?
「エド、どうしたの? 早くいきましょうよ」
そうはいってもエリカさん。
「罠とか仕掛けられていないか、気になったんだ」
「罠なんかあるわけないでしょ? なんのために罠なんか作るの?」
理由を聞かれると困る。ダンジョンは何のために存在しているのかが分かればなにがしかの推理を働かせることも可能だが、それが分からない以上、ダンジョンに理由があるなしにかかわらず事実だけがあるわけだ。すなわち罠がある。ないしは罠がない。2択と言えば2択だが、命がかかっている以上保守的に考えるのが普通だろう。
「理由は分からないけど、罠があるような気がするんだよな。
罠があるとして、どうにかして罠を見つけられないか考えてみるから少しだけ待っててくれ」
「分かった」
ただ、部屋の中や通路上で考えられる罠は落とし穴くらいだよな。ということは石橋をたたいて渡るではないが、足元の先を叩きながら進めばいいのではないか?
杖があればよかったがそんなものはない。
何か良い手はないか?
レメンゲンを鞘に入れたまま床を叩いていくか?
人が乗ってやっと穴が空くわけだからかなり強く叩かないといけないよなー。そうしたらせっかくカッコいいレメンゲンの鞘が痛むだろうなー。
後はなんだ?
石室の床は1メートル四方くらい床石が敷き詰められている。
落とし穴がある場合とない場合、何が違う。穴があるかないかの違いだけ。
つまり床石の下が空洞か、詰まっているか。の違いがある。
うーん。……。あっ! 閃いた!
床に水を流して水が床石の隙間に流れ込めばその床板が怪しいということだろう。水は水筒からいくらでも出る。水筒を持たないなら11階層に戻って水を汲んで戻れってことかもしれない。これは考え過ぎか。とにかく試してみよう。
「罠といっても考えられるのは落とし穴だと思うんだ」
「そうよね。罠なんてそれくらいしか思いつけないし」
吊天井とか、いきなり床からスパイクが飛び出てくるとかいくらでも思い付けるが、それはあくまでゲームとか小説の世界。実際のダンジョンでそんな複雑なものが存在するハズはない。と、ここでは思っておこう。
「それで、穴があるならその上に水を撒いたら床石と床石の隙間から水が流れ込んでいくと思うんだ」
「確かに。水は水筒からいくらでも出せるものね」
「うん。その気になればかなり勢いよく出せるから、罠発見に使えると思うんだ。
まずは、ここから扉まで罠がないか確かめてみる」
俺はキューブの中から水筒を取り出し、その口を俺の立っている床石の先に向けて水を噴射した。勢いよく水が水筒から出ていくのだが、思った以上に水量が少ない。いや、少ないというより必要な水量が大きいというか。
それでも水は床にどんどん広がって行ったのだが、どこにもしみこんでいく感じではない。
調査方法としてはアリなのだが、こんなことをしていては1メートル歩くのに10秒近くかかってしまう。
俺はいったん水の噴射を止めた。
「悪くはないかもしれないけれど、これだと調べるのに時間がかかり過ぎだ」
「確かにそうね」
「エド。罠があると仮定して、全部壊してしまえばどうでしょう?」
「どういうこと?」
「この床石の厚さがどれくらいあるのか分かりませんが、床石の下は普通砂利とかですよね」
「うん。ここはダンジョンの中だから直接岩かもしれないけど」
「ですから床石をはがしてしまっても歩けるんじゃないですか?」
「ああ、そうか。進路上の床石を全部収納してしまえばいいんだ」
「はい。そうすれば、落とし穴以外の罠があったとしても、こと床に関してはその罠は壊れているのではないでしょうか」
「ケイちゃんの言う通りだ。さっそく試してみよう。まずは床石の厚さを調べてみるか」
俺は直径10センチで足元の床石から深さ10センチほどの円筒をキューブに収納した。
でき上った穴を上から見たところどうも下は床石ではないようだ。
収納した石の円筒を手元に出してみたところ床石部分の厚さは5センチほどだった。そしてその下は違った石で床石と下の部分は簡単に外れて二つになった。
「床石の厚さは5センチだからそのつもりで床石を収納していけばきれいに引きはがせる」
俺は俺の立っている床石の一つ先の床石から石室の扉までに敷かれていた床石を全部収納してやった。
今回はダウンタウンブギウギバンドの『涙のシークレット・ラヴ』