第102話 サクラダの森2
結局襲ってきたクマをケイちゃんが2本の矢で仕留めてしまい、現在俺とエリカで後始末している。
二本の矢を抜き取ってケイちゃんに返し、クマの首筋にナイフを当てて首を半分くらい切り裂いてやった。
切り口から血が流れ出るわけだが、吊り上げているわけもないので効率が悪い。
いつもダンジョンでしているように首を下にして木の幹にもたれかけさせたいが、クマが大きすぎて俺とエリカでは引き上げられそうもない。
「困ったな」
「ねえエド、クマってギルドで買い取ってくれるのかな?」
「うーん。どうだろ。俺は今までクマを食べたことはないけど、食べられるんじゃないか」
「はい。クマ肉はスープにするとおいしい出汁がとれます」
「ならちゃんと売れるんじゃないか」
「それなら頑張らなくちゃね。
でもこれ、大きすぎて簡単じゃないわよ」
「何か良い手はないかな。ここで考えても仕方ないからこのまま収納してギルドのゴルトマンさんに丸投げするか?」
「それでいいんじゃない」
「それじゃあ」
ということで、クマをそのままキューブに収納してしまった。
作業というほどでもない作業が終わったところで、俺たちは森の中を進んでいった。
「ケイちゃん、そこの木の根元に生えている変な形のってキノコなのかな?」
エリカのいうキノコはこの世界で初めて見たものだが、どう見てもマイタケだ。
「これは珍しい。わたしたちはトサカダケって呼んでたキノコでいい出汁が取れるんです」
ケイちゃんがエリカからナイフを借りてキノコを根元辺りから採った。俺はそれを受け取ってキューブに収納した。
そういえば、俺、前世、ムーサだったかメーサだったかでキノコ会社の株買ったんだよなー。優待目当てで。レトルトのキノコカレーおいしかったなー。カレー食べたい。ご飯食べたい。
森の中をさらに進んでいったらいきなり森が開けてその先に向こう岸がはっきり見えないくらい大きな湖が広がっていた。
昨日の今日でまた水面なのだが、さすがにスライムは湧いてこないだろう。
湖の岸の周りには下草もいい具合に生えていて腰を下ろしても気持ちよさそうだ。
「なかなかいいところだからここで休憩しようか」
「そうね」「そうしましょう」
俺たちはリュックを下ろし剣帯を外して、岸辺近くの草の上に腰を下ろした。
「ダンジョンの中では味わえない気持ちいい風が吹いていいわね」
「そうですね」
「この湖の中に魚はいるかな?」
「これだけ広いんだから魚くらいいるんじゃない」
「街からそれほど遠くないんだから、魚がいるなら誰かが漁とかしてないのかな?」
「漁師がいるなら岸の近くに家があるでしょうけど、ここからだと家は見えないし、船も見えないわよ。それにあんなクマが出るようじゃ、普通の人は怖くて森の中に入れないんじゃない?」
確かにエリカの言う通りだ。あのクマなら民家くらい簡単に破壊できそうだし。
しかし、逆に考えると、もしこの湖に魚がいるならだれにも荒らされていない、フィッシングスポットが広がっているということではないだろうか?
そう思って湖を見るとそこかしこで魚が泳いているような気がする。岸からは全然見えないんだけど。
「ケイちゃん。ケイちゃんの目で見て湖の中に魚はいそう?」
「見えませんねー」
ケイちゃんでも見えないのか。残念。いないハズないんだけどなー。岸辺の近くに植物も繁っているから極端な酸性とかアルカリ性だとは思えないので絶対に魚は育つはず!
俺が将来漁業するわけじゃないからいいんだけど。
「干しブドウ食べる?」
俺も干しブドウは持っているのだけれど、エリカにもらった干しブドウを食べながら空を見上げたら鳥が飛んでいてその鳥が頭上を通過して湖の上で高度を上げ下げしながら旋回し始めた。
そしていきなり湖の水面に突っ込んでしばらく見えなくなって、浮いてきたと思ったらくちばしに魚をくわえていた。
やっぱり魚がいたじゃないか。なんだかそれだけで俺は幸せな気分になった。小さな幸せを積み重ねていけるってことが本当の幸せなんだ。たとえ最終局面で魂を悪魔に食われるとしても!
なんだか暗くなることを考えてしまった。これではいけない。1日1日を大切に前向きに生きていくぞ!
「そういえば、ダンジョンってどこまで下に続くと思う?」
下向きの話だったが、前向きな話でもある。
「どこかで最深部はあるんだろうけど、見当つかないよな」
「1階層分を下るのに単純に30分かかるとして50階層だと丸1日かかることになるじゃない」
「うん。そうなるな」
「そんなに深く潜らなくても、普通のダンジョンワーカーなら10階層で十分だ思うんじゃない?」
「確かにそうだろうな。ジェムを1つ見つけるだけで1チーム1カ月以上暮らせておつりがくるわけだし」
「ダンジョンって何のためにあると思う?」
「うーん。全然分からない。
でも人間にとっては多少のリスクはあるけれど恵みをもたらしてくれているのは確かだから、アララさまの恩恵かもな」
「エドは神さまを信じてるの?」
「心の底から信じているわけじゃないけど、都合がいい時だけは信じている。そんな感じかな」
「それ、わたしも。
ケイちゃんはどう?」
「わたしは神さまを信じています」
「ふーん」
人それぞれ。他人の信じるものをとやかくいう人間はよっぽどの変人だしな。そういう人間には近づかないのが吉だ。
それからまた10分くらいボーっと湖を眺めていたら、また鳥が飛んできて湖の中に突っ込んでいき、魚をくわえてどこかに飛んで行った。
魚にとっては平和じゃないけれど、長閑で平和だなー。
「エドは将来何をするの。このままズーっとダンジョンワーカー続けていくつもり?」
「体が動くうちは。でもこの調子でいくと30歳までに大金持ちなっていそうだからそのころには引退して、旅でもしてるかもしれない」
「それだともったいないんじゃない? そのころエドってこの世界で一番強く成っていると思うし」
「モンスター相手だとそうかもしれないけど。ダンジョンワーカー辞めたらそんなのはあまり意味ないだろ」
「でも、この前新人狩だってたおしたじゃない。あれからエドはもっと強くなってると思うし」
「エリカは俺に何かに成ってもらいたいのか?」
「うーん。そういった意味じゃないんだけど、でももったいないって言うか」
「俺の剣の腕前がそこそこだとして、それを生かせる仕事ってダンジョンワーカー以外にあるかな?」
「そうねー。将軍とかかな」
「いきなり将軍はないだろ。それに将軍って指揮はとっても自分から剣を持って突っ込んでいかないんじゃないか?」
「自分では突っ込んでいかなくても剣の腕前は大事よ。部下に命令する時、剣の腕前がなければ甘く見られるはずだもの。
わたしたち、たった3人のチームだけどエドがリーダーで良かったと思っているもの」
「わたしもそれは思います。そもそもそうでなければわたしはダンジョンワーカーに成っていませんでしたから」
なんだか、みょうにおだてられるのだが。悪い気はしないぞ。
俺も自分から進んで他人を斬りたいわけじゃないし、偉くなったとして部下に命じて人を殺してこいとは言えないし。
だから、俺が軍人になることはまずないな。
とは言え、いつぞやのあの貴族の息子は斬らないまでもぶん殴ってやればスッキリするだろーなー。
などと考えていたら再度湖の上に鳥が飛んできて水面に飛び込んだ。
そしたら大きく水がうねって、波が立ちそれっきりで鳥は浮かんでこなかった。
「湖の中に何かいるよね」
「湖の中に大きな魚がいたんだろうな。
魚も命がけなら、鳥も命がけだったんだなー」
「そうみたいですね」
何かの縮図のような光景だった。