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identity(3)

 ――それから数十分後……。

「も、もう駄目だ……一歩も歩ける気がしねぇ……」

 初夏に差し掛かったとはいえ、冷えた空気が漂う早朝の星降神社の境内にて、両足を投げ出して座り込んだ飯塚が熱のこもった荒い息を吐きながら悲鳴をあげる。

「……本当にね」

 膝に手を当てた姿勢で呼吸を整えながら南は応じる。全身から汗が吹き出し、足腰の筋肉が軋んでいるような感覚がする。

 そんなやり取りをした二人は、一度目線を合わせた後、背後へと視線を向ける。

「……うぅ……」

 そこには、死にかけの魚のように地面に横たえられた澤野がうめき声をあげる姿があった。

「……」

「……」

 自分達よりも圧倒的にひどい状況の澤野の姿に南と飯塚は言葉を失う。


「よくここがゴールだって分かったね」


 そんな二人に、不意に横から声がかけられる。それに反応し、南と飯塚が視線を移す。そこには、先ほど自分達を強引にランニングに連れ出した男が立っていた。男は両手にタオルとスポーツ飲料が入ったペットボトルを抱えている。

「貴方は……」

 誰なのかと問おうとした南に構うことなく、男はペットボトルとタオルを南達に手渡す。

「……」

「ありがとうございます」

 目を細めて男をじっと見る飯塚とは対照的に、南はとりあえず礼を言いタオルとペットボトルを受け取る。

「これ、飲める?」

 その後、男は地面に倒れたままの澤野に尋ねる。澤野が一瞬だけ身体を小さく跳ねさせたような気がしたが、南は気にしないことにした。

「はぁぁぁぁぁ……」

 そんな南達の後ろで飯塚が受け取ったペットボトルを勢いよく飲み下した後、大きく息を吐き出す。

「い……生き返った……」

 一人つぶやくと、タオルで汗を拭きながら飯塚が南の方の顔を見つつ尋ねる。

「ところでさ、あの人じゃないけどもどうしてここがランニングのゴールって分かったんだ?」

「えーと、それは……」

 飯塚に問われて南は言葉を濁す。分かった理由を説明しようとすれば、星降神社と自身の関係、ひいてはその裏にあるククライの配信によって引き起こされている事件についても話す必要がある。部外者である澤野に、そのことを話してよいのだろうかと南が考え込む。

「……?」

 そんな南の様子を見て、男は首を傾げる。それを見た南はあることに気が付く。

(……もしかして、飯塚も関係者だと勘違いしてた?)

 何となく事態が見えてきた南は、この場をどうまとめようかと思案していると神社の境内を歩く人の足音が聞こえてきた。死体同然になっていた澤野を除いてその場に居た者達がそちらへ視線を向ける。


「お、早速やってるね」


 近づいてきながら声をかけてきたのは早朝の清冽な神社の空気にそぐわない男……福田だった。

「福田さん」

「朝からおつかれ様」

 南が声をかけると福田は軽く手をあげて応じる。

「え?知り合い?」

 そんな二人のやり取りを見ていた飯塚が軽く目を見開く。


「おはようございます、福田さん」

 そして、驚く飯塚をしり目に、南に続いて男が頭を下げる。

「やあ、久しぶりだね。光司君」

 光司の挨拶に澤野が応じる。

「……やっぱり知り合いだったんだ……」

 南がそう呟くと、福田がさらっと反応する。

「あ、気が付いた?」

「ええ、まあ……。なんとなくそうかなって……」

 南がそう言いながら後頭部を掻いていると、飯塚が首を傾げながら呟く。

「……どういうつながりよ、これ」


 しかし、そんな飯塚の言葉に気づいているのかいないのか、福田は澤野の方に目線を向ける。

「……で、澤野君……は、なんかやばいことになってるんだけど」

 そう言うと、福田は改めて光司の方を見る。光司は後頭部に手を当てながら景気よく笑う。

「いやー!運動不足と聞いてはいたから軽く走ってもらってみたんですが、まさかここまでやばいとは思いませんでした、はっはっはっは!」

「だからそう言ったじゃない。ちゃんと手加減してあげてって言ったのに」

「あっはっはっはっはっは!加減間違えちゃいました!」

「……」

 そんな男の言葉に反応し、澤野が形容しがたい目線を光司、そして福田に向ける。しかし、口を開く気力すらないのだろうか……彼からは言葉が発せられることは無かった。

「あ、これ本格的にやばいやつかも」

 それを見た福田が思わず真顔になる。

「やっちゃいましたか!はっはっはっはっ!」

 対照的に光司は相も変わらず楽しそうに笑う。


「……」


 そんな面々の会話についていけず、飯塚は無言で困惑する。


 ――一体自分は何に巻き込まれたのだろうか?


 ――一体、ここに居る男達と同期である司馬との関係は何なのか?


「……」

 様々な疑問が脳内を巡っていると、突如として後から現れた中年の男が自分の方を見ていることに飯塚は気が付く。

「えっと……」

 気になっている様々なことを尋ねようとするも、どこから聞くべきか……飯塚は一瞬言葉に詰まる。しかし、そんな飯塚の内心を知ってか知らずか首を傾げて福田は尋ねる。


「で、君はどちら様?」


「……」


 福田の言葉を聞いた飯塚は一瞬黙りこくる。そしてそれから勢いよく吼えた。


「こっちのセリフだよ!?」


「……」


 それを聞いた福田は光司の方を見る。


「……」


 何かを察した光司は苦笑を浮かべて後頭部を掻く。


 ――そんな様子を見た南はため息を漏らした後、改めて口を開く。


「彼は俺の大学の同期の飯塚君です。そして彼は……”俺達の活動”とは無関係です」


 そんな南の言葉を聞いた福田と光司は改めて顔を見合わせる。そして、再び苦笑を浮かべた光司はその場にいた一同に尋ねた。


「……もしかして俺、何かやっちゃいました?」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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