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UNION(1)

 飯塚と別れてから南は再びバイトへ向かうために大学近くの24フレンドへと向けて移動を開始していた。折角昨日のバイトで自動運転車の乗り方を覚えたのだが、流石に目と鼻の先のコンビニまで車で行く気分にはなれなかった。大学の正門から出て程なくして南はバイト先へとたどり着く。

 店内に入るとレジにいるあいねと目線が会う。

「あ、司馬君お疲れ~」

 あいねはひらひらと手を振る。

「お疲れ様です」

 南は軽く一礼をすると、バックヤードの方へと向かおうとする……が、そんな南をあいねは呼び止める。

「そうだ、司馬君」

「はい、なんでしょう?」

 南は振り返って首を傾げる。そんな彼をあいねは手招きをする。南がそれに従いあいねに近づくと、彼女は小声で囁く。

「バイトになって早々で申し訳ないけど……今日ちょっと大変かもしれない」

「大変?」

 状況を把握していない南の疑問の声を聴き、あいねはうんうんと頷く。

「多分まだよくわかってないと思うけど、バックヤード入ったり、店長から話聞いたら事情は大体わかると思う」

 あいねの言わんとしていることが分からず、南は再び首を傾げる。

「とりあえず、一緒に頑張ろうね」

「……分かりました」

 詳細は分からないが、あいねが自身に気を使っているということを理解した南はバックヤードに入る。まだ、バイトに入って日が浅いため、新鮮な気分だからだろうか。自然と身が引き締まるのを感じる。

「よし……」

 南が一人つぶやいていると、固定電話の着信音が鳴り響き、直後に受話器を取る音と店長の声がする。

「はい、こちら24フレンド星降キャンパス前店です……はい、はい。申し訳ありません……当該従業員につきましては事情を確認している真っ最中でございまして……。はい。はい。もちろん今後同じようなことが起こらぬよう管理体制を強化していく所存にございます。はい、ありがとうございます。今後ともご利用・御贔屓の喉よろしくお願いします」

 そう言って受話器を店長が置くと、再び固定電話が鳴り響く。そして店長は再び受話器を取ると先ほどと同じような応対を繰り返す。

 何が起きてるのか気になった南は荷物をロッカーに入れ、制服に着替えると、店長の方へと向かう。

「お疲れ様です」

 南は店長へと丁寧に頭を下げる。丁度電話もひと段落ついたのか、店長も南にため息を漏らしながら軽く頭を下げる。

「あ、ああ司馬君。お疲れ様……」

 挨拶をされて初めてバックヤードに南がいることに気が付いた店長が若干驚きつつも返事をし、そしてため息を漏らす。それを見た南は何かあったのだろうかと思い、店長に問う。

「何かあったんです?」

「え?あぁ、うん……」

 店長はどこか奥歯にものが挟まったような物言いをしつつ、南から目線を逸らす。

「もしかしたら知っているかもしれないけど、この店の備品で悪ふざけをした動画を動画サイトに上げて、牧野さんが炎上しているんだ……。そのせいで問い合わせがひっきりなしに来てね……」

「ああ……」

 店長の言葉に、南は飯塚との昼間の会話を思い出す。

「ちなみに店長……当の牧野さん本人は……」

 店長は首を左右に振る。

「朝から連絡が取れなくてね……。本当は今日もシフト入ってたはずなのに……」

「……」

 まさかククライの動画に取り上げられたせいで本当に意識不明にでもなったとでも言うのだろうか。

「とりあえず南くん、こんな状況で悪いけど、仕事の方は頼むよ……」

「分かりました」

 そんなやり取りをしていると、またしても電話が鳴り響き、店長が応対する。その様子を不憫に思いながら、南はスマホを取り出し業務用のアプリを起動した。

(……あれ?)

 その時、南は自身のスマホのホーム画面に一瞬違和感を覚えた。

(……こんなアプリ入ってたかな?)

 ホーム画面上に自身が入れた覚えのないアプリがあったような気がする。しかし、直後に配達注文が入ったという通知が来たため南はその違和感を忘れて業務に従事し始めた。


 それから数時間後、複数回の配達を終えた南は自動運転車で新たな配達先に向かっていた。案外配達先では騒ぎについて言及されることもなく、いささか拍子抜けをしていた。

「ま、トラブルが起きないならそれが良いか」

 そんなことを一人つぶやきながらアプリで次の配達先を確認する。場所は昨日も訪れた星降神社だ。南は昨日会った福田のことや、今朝受けたレクチャーのことを思い返す。昨日から小さなちょっとした疑問が積み重なっていくことが、不思議なようで、それでいてどこか嬉しいような気持になる。世界が広がったことの証なのだろう。この疑問は解消された時、また何か新しい感情が自分に芽生えるのだろうか。そんなことを考えながら、南は配達先付近で自動運転車を降りる。

「さて……」

 南は昨日も通った道を、周囲を見回しながら落ち着いた足取りであるく。昨日はアプリのナビを見ながらの移動だったため余裕はなかったため、今度は周囲の景色を確認しながら歩く。目に映る光景に、今朝の講義で見たデジタルツイン上での周辺地域の光景を脳内で重ね合わせる。

「今じゃこんだけ発展して街が出来て人がいるんだもんなあ」

 かつての領主、天司希継がこの光景を見たらどう思うのだろうか。そんなことを考えつつ歩いていると、突如地震速報のようなアラーム音が鳴り響き、ガイダンス音声が流れる。


『緊急事態コード4Sです。至急担当部署に連絡の後、当該事象への対処をお願いいたします』


 驚いた南は周辺を見回し、耳を傾けて鳴り響けるアラーム音とガイダンス音声の発生源を探る。どうやら、音の発生源は自分の制服の胸ポケット、すなわち自身のスマホから発せられているらしい。南は恐る恐る胸ポケットから自身のスマホを取り出す。取り出したスマホの画面を見ると、警告らしきポップアップメッセージが表示されている。

「なんだこれ……」

 ポップアップメッセージには『Stargazerを起動し、事態への対処を実施しますか?』と表示されている。

「Stargazer……?何それ……」

 南は戸惑いながらも一旦メッセージをキャンセルし、スマホのホーム画面を見る。そこには先ほど一瞬気が付くも気に留めなかったアプリのアイコンが目に留まる。アイコンは黒地に白で神社の鳥居、そして黄色で星が描かれている。そしてその下に『Stargazer』とアプリ名が書かれている。

「こんなアプリ、いつ入れた……?」

 改めて昨日スマホを導入して以来の自身の動向を振り返るも、何も思い当たらない。訳も分からず戸惑っていると、スマホが再び警告音を発し、ポップアップ画面を表示する。驚いた南は反射的にOKボタンを押してしまう。

「あっ」

 思わず南は声を上げる。しかし、それに構わずアプリの起動画面が表示される。起動画面にはアプリの起動状況を表すプログレスバーが表示されており、その数字が徐々に上昇していく。それを眺めていると、まるで進捗状況に同期するかのように、南の意識が遠のいていくのを感じる。

「え……これは……何……」

 戸惑う南に応えるものは誰もいない。その間も進捗状況の数字が徐々に上昇していく。

 90

 91

 92

 93

 

 数値が上がるにつれて、周囲の音が遠のき、視界がぼやけていく。

 

 94

 95

 96

 97


 身体から力が抜け、視界が暗くなる。

 

 98

 99

 

 そして数字が100にたどり着く。

 それと同時に、南の意識はまるで眠りに落ちるかのように、完全に遠のいていった。



 ――ふと気が付くと、南は先ほどの配達先だった星降神社付近とは異なる場所に立っていた。

(今朝見た夢の始まり方に似てるなあ……)

 そんなことを考えながら周囲を見回す。どうやらここは星降スマートシティのオフィス街一角のようだ。配達途中で一度通りかかった記憶がある。そんなことを確認していると、また今朝の夢と同様に人の悲鳴が聞こえてくる。

「助けてくれぇ!」

 南は咄嗟に声がした方へと目線を向ける。すると、目線を向けた先では今朝の夢にも表れた大量の黒い人型が一人の男を追い回していた。

(あの人は……!)

 逃げ惑う男の顔を見て南は驚愕する。今、南の方へと逃げてきている男は、昨日牧野達の行動の動画を撮影していた人物だった。しかし、そんな南の反応を他所に黒い人型達は逃げ惑う男を捕まえ、取り押さえ、そして次々に男に暴力を振るう。その度に男は悲鳴を上げるが、それにも構わず人型はどこからともなく剣を取り出し、そして男に突き刺し始める。

「があああああああああああああああああああっ!!」

 男は絶叫を上げながら体をじたばたと動かすが、やがて動かなくなる。そのあまりにも残虐で異様な光景に、南は言葉を失い呆然とする。


 その時、呆然とする南の耳に誰かの声が聞こえてくる。


「……ばくん……り……て……」

 声は、最初は小さくかすかに聞こえてきていた。

 

「……しばくん……かり――して」

 そして、その声は次第に大きくはっきりとしてくる。


「――司馬君!しっかりして!」

 そして、すべてがはっきりと聞き取れたその瞬間、南ははっとする。

 それと同時、視界が切り替わる。まるで、唐突に夢から覚めるかのように。


「あ……あれ……?勝間先輩……?」

 切り替わった視界に最初に映ったのは、心配そうにこちらをのぞき込むあいねと、もう一人あいねと良く似た顔をした女性が少し離れたところから自分を見ている姿だった。

 あいねは南の言葉を聞き、安堵のため息を漏らす。

「もー、よかったよー。司馬君、急に倒れるんだもん。びっくりしちゃったよ」

「え……俺……倒れたんですか……?」

 未だに混乱している南はあいねの言葉に軽く衝撃を覚える。その一方、南の言葉を聞いたあいねは頷く。

「うん。バイト帰りに丁度自動運転車から降りたところで司馬君が倒れるところを見たの」

(そういえば勝間先輩の家はこっちの方だってなんかで聞いたな……)

 昨日、南はスマホの使い方を教わる間にあいねとした他愛のない雑談を思い出す。南がちょっとした回想を終えると同時、あいねと同じ顔をした女性がうんうんと頷く。

「おかげであたしとあいねの二人で君を運ぶことになって大変だったよー。まったく感謝してよねー」

 運ぶ……と、言われて南は自身の状況を再認識する。どうやら自分は、近くの公園のベンチに座らされていたらしい。南の横には配達商品が入った専用ケースが置かれている。

「ありがとうございます。ところで勝間先輩……こちらの方は……?」

 南の言葉にあいねがはっとする。

「そういえば紹介まだだったね、ごめんね。この人は私の双子のお姉ちゃんの……」

「勝間みさだよ。よろしくね」

 そういってみさは親指を立てる。

「よろしくお願いします。俺、司馬南って言います。勝間先輩にはいつもお世話になってます」

「まだ二日だけどね~」

 南の挨拶にあいねは苦笑する。そんなやりとりをしつつ、南はあいねとみさを見比べる。顔は瓜二つだが、おっとりとしたあいねと比べると、みさの方は活発そうな印象をうける。また、両者の胸を見比べると豊かな山が出来上がっているあいねと比べると、みさの胸は比較的平原……ギリギリ大きめに見繕ってもなだらかな丘といった風情である。そんな両者の違いを視角から得られる情報に基づいてじっくり精査した故の言葉が、みさへと向けて南の口から洩れる。

「えっと……お姉さん……ですか」

 それを聞いたみさは陰のある笑顔を浮かべながら南の顔をつかみアイアンクローをかます。

「おう、一年坊主。今、どこを見比べてあたしが姉だって確認した?おっ?」

 みさのすさまじい握力に締め上げられて、南の頭蓋骨が悲鳴を上げ、それに伴って南も悲鳴を上げる。

「いだだだだだだっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」

「お姉ちゃん、ストップ!ストップ!司馬君さっきまで倒れてたんだから!」

 そんなみさをあいねが必死に制止する。

「ふんっ!」

 あいねの制止を受けて不満げに鼻をならしつつ、みさが指に込めた力を緩める。やっと解放された南は思わず深いため息を漏らす。

「ごめんねー、司馬君。お姉ちゃん、そこらへん結構デリケートだから……」

「いえ、無神経な視線を送った俺が悪いんです。」

 あいねの謝罪を受けた南が、逆に真摯に謝罪する。


「そうだなあ、女性を胸で区別するような失礼な方法は良くないからね。ちゃんと反省しなさい」

 どこかで聞いたことがある男性の声が、南の謝罪に同意する。

「そうそう。今後は二度とそういう失礼な思考するんじゃあないわよ。でないと……ぶっ飛ばす!」

「は……はい……」

 すさまじいみさの感情の籠った目線と言葉を向けられた南は思わずたじろぐ。


「まあ、この通り少年も反省してるみたいだしさ、許してあげなよお嬢さん」

 先程と同じ男性の声が今度はそういってみさを嗜める。

「しょうがないわねー」

 みさはそう言ってため息を漏らす。

「……で」

 みさは目を細め、

「当たり前のように会話に入ってるあんたは誰よ」

 みさの言葉を皮切りに、三人は男性の声のする方へと視線を向ける。

「んー……」

 その視線の先にいたのは……昼行燈を絵にかいたような中年男性だった。そして、その男性と面識のあった南は思わず彼の名前を呼ぶ。


「福田さん!」


「よっ」

 南に呼ばれた福田は内面の感情が読めない笑顔で軽く手を上げて、南の呼びかけに応じた。

「え?何?知り合い?」

「みたいだね」

 そして事情を知らないみさとあいねは顔を見合わせた。そんな二人に構わず福田は言葉を続ける。

「とりあえず司馬君、ちょっと一緒に来てもらって良い?その注文、俺が頼んだやつでしょ?」

 そういって福田は南の横のバッグを指さす。

「あ……はい」

 南は立ち上がるとバッグを背負う。

「……それに、今君の身に起こったことについて話がある。たとえば……動画で炎上している人間が殺される夢を見た……とかね」

 福田の言葉を聞いて南は驚く。

「どうしてそのことを……」

 南の反応を確認した福田は無言で振り返り、星降神社の方へと向かって歩き出す。そして、南は慌てて小走りにそれを追いかける。

「……どうする?」

「……どうしよ?」

 みさとあいねは顔を見合わせる。そして、どちらがということもなく、自然と二人で南達の後を追いかけ始めた。

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