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デストピア(6)

 講義を聞き終えた南は、学食で一人食事を取っていた。昼食は学食で買ったカレーとサラダだ。とりあえずどこで買ってもカレーならば外れはないだろうと考えてのことだったが、思いのほかあたりだった。コクがあり、程よいからさのルーとライスが良くマッチしている。

(薄味なものばっかり食ってたからかな……)

 神経質な実家の母の料理の味を思い出す。病的なまでに塩分や油分の過剰摂取を恐れた彼女の作る料理はびっくりするほど薄味で、学校の給食等は食べるたびに驚いていたことを思い出す。これからは自分で食べるものの味を選べるということに気づき、自身は自由になったんだと実感することが出来た。

 

「相席、良い?」

 カレーを咀嚼しながらそんな考えに耽っていた南は、突然声をかけられて反射的に目線を声の方へと向ける。するとそこには人懐こそうな顔をした小柄な少年が立っていた。

「はい、良いですけど……」

 少年については南は面識はない。軽く周囲を見回すが、特に学食は混んでいる様子もない。で、あるならば何故この少年はわざわざ自分と相席しようとしているのだろうかという疑問が南の脳内に浮かぶ。

「俺、飯塚始って言うんだ。あんた、寮に入ってるんだろ。それにさっき、オリエンテーション受けてたし。それ見て同じ寮で、同じ一年生なら今のうちに顔見知りになって仲良くなっといたほうがいいかなって思ってさ」

 南の心の内を読んだわけでもないだろうが、飯塚は自己紹介をしつつも南の疑問に答えていた。

(はあ。それでためらいもなくあっさりと声かけられるのか。友達出来る人っていうのはこういうところが違うんだろうなあ)

 飯塚のそんなふるまいに南はただ感心する。

「ほんじゃ、失礼」

 飯塚はそう言って席に着く。彼の昼食はどうやらカツ丼の大盛らしい。特につけあわせの類はなく、純粋に大学生男子らしい昼食と言える。

「あんた、名前は?」

 割り箸を割りながら飯塚が問う。

「司馬南って言うんだ。よろしく」

「よろしく」

 挨拶を返しながら飯塚はカツに齧りつき、咀嚼し、呑み込んだのちに次の言葉を発する。

「いやー、しかしあのオリエンテーション面白かったな」

 飯塚の言葉に南は頷く。その後に声に出して返事をした方が良かっただろうかなどと考えもするが、そんな反省など知る由もない飯塚は言葉を続ける。

「自動運転車の制御やコンテンツ制作、いろんな使い道があるんだもんなあ」

「デジタルツインが何なのかはまだ理解しきれてないと思うけど、あれはすごかったよねえ」

 今度は同意を素直に言葉にできたことを、南は内心ほっとする。

「ん?良くわかってないってことは学部は技術系じゃない感じ?」

 飯塚に問われて気恥ずかしそうに南は頷く。

「うん、フューチャーマネジメント学部」

 そう答えつつ、(なんかすごい名前の学部入っちゃったよなあ……)などと南はぼんやりと考える。フューチャーマネジメントなどと大層な名前がついているが、要は星降スマートキャンパス版の経営学部である。

「ああ、そっちか」

 一人納得しつつ飯塚はカツの下の米を掻っ込んだ後、水で流し込む。

「ちなみに俺はメディアデザイン学部。流行っているしVRとかやりたいんだ。そんでゆくゆくはそういった技術を生かした就職をしたいななんて思ってるんだよねー」

 メディアデザイン学部は情報技術を駆使したメディア制作の手法等を行う技術を学ぶ学部である。と、言っても南はメディア制作などが何を意味しているのかよく分かっておらず、一体全体何をする学部なのか分かっていないのが正直なところである。

「そうなんだ……」

 しかし、わからないなりに同学年の少年が将来を考えながら学部選択をし、学業に取り組んでいるということまでは理解した南は軽く衝撃を受ける。

(そういうことをちゃんと考えたことなかったな……。俺は、将来どうしたいんだろう)

 漠然と将来のことを思いながら、口の中のカレーの味を水で流し込む。もう、実家に帰るつもりはない自分としては、将来何かで生計を立て、どこで生きていくのかを考えなければならない。そのためには何を学び、何を身につけなければならないのだろうか。だが、実家から離れることだけで頭がいっぱいだった受験生時代はそんなことを考える余裕もなかった。

(これからはそういうことを考えながら勉強していかなきゃいけないんだな……)

「だからもう俺、ほんとさっきのオリエンテーションの神話の説明とか感動しちゃったよね。自分達の街を題材にあんな映像作れちゃうっていうんだからさ」

 飯塚は興奮しながらまくしたてる。それを聞いた南は、オリエンテーションの映像コンテンツのすばらしさを語る飯塚とは違うことを考えていた。

(そういえば……さっきのオリエンテーションの天司希継、昨日あった人に顔が似てたよなあ)

 デジタルツイン上で見た希継の顔は今改めて思い返してみても、昨日見た青年とよく似ていた。さらに出会った場所も希継が建立した星降神社である。これは偶然なのではなく、何かの必然なのだろうかと思ったりもする。しかし、そもそも自身が青年に会ったこと自体が現実感が無く、本当に自身はあの青年に会ったかどうかすら定かではなくなっている。

(もう一回、神社行ってみようかな……)

 大した問題ではないが、どうにも引っかかった。

「……?どうかした?」

 不意に考えに耽りだした南に飯塚は訝しんで声をかける。

「ごめん、なんでもない。ただちょっとさっきの天司希継って人、ちょっとリアルであれに似てる人を見たなと思って……」

「へー、そうなんだ。まああの3Dモデルはめちゃくちゃリアルだったからなあ」

「めちゃくちゃ本物の人間っぽかったよね。アレが昔の人なんだって言われると、なんだか現実感無くて不思議な気分だよ」

 南の正直な感想に飯塚は首を何度も縦に振る。

「しかも土地までリアルなモデルだもんなあ。アレも地層のデータや史料の記録をもとにAIで生成したもんだっていうからなあ……」

「すごいよねえ。飯塚……君もああいうのやりたいの?」

 南の問いに飯塚は今度は首を横に振る。

「いやー、俺はもっとエンタメよりのやつかなー。ほら、今なんかめっちゃ人気のやつあるじゃん。『ククライの断罪ちゃんねる』とかさ。ああいう感じの奴」

「え……九九……?何?」

 聞きなれない単語の連続に南は戸惑う。そんな南の様子を見て、飯塚は大仰に目を剝く。

「おいおいおいおい!このキャンパスに来た若いもんが、あろうことに今大人気のククライちゃんねるをご存知ない!?」

「えぇっ!?あぁ……うん、ごめん」

 急に上昇した飯塚のテンションに南はさらに戸惑い、思わず謝る。

「いや、別に冗談だからいいんだけどさ……」

 生真面目な南の反応ん苦笑しつつ、飯塚はスマートフォンをズボンのポケットを取り出し、操作し、そして画面を南へと向ける。スマートフォンは動画視聴用アプリが起動している。

「まあ、これよこれ」

 飯塚がそういうと同時に動画の再生が始まる。画面にはピンク色のツインテールのアニメ調にレンダリングされた少女のキャラクターが映っている。どことなく猫を思わせるような生意気そうで気まぐれそうな目つきをしている可愛らしいキャラクターだ。程なくして、その少女のキャラクターは容姿に違わぬ挑発的な声色で話始める。

『やっほー!みんなのAIバーチャルストリーマー、ククライちゃんだよー!』

 ククライと名乗る少女はそう言ってひらひらと両手を振る。

『それじゃあ、今日も元気に~断罪断罪~!』

 ククライは可愛らしく目をつぶりながらテンション高くぴょんぴょんと片手をあげて跳ねる。画面上右側のチャット欄では「断罪断罪ー!」「今日の悪者はどいつだー!」などと物騒なコメントの履歴が書き込まれている。

 それからククライはニヤニヤと笑いながら右手の人差し指を口の前で立てながら話始める。

『そ・れ・じゃ・あ……今日の極悪罪人、発表ー!』

 ククライがそう言うと同時、配信されている3D空間上では可愛らしい動物のぬいぐるみのようなキャラクター達が大量に現れ、クラッカーを鳴らす。

『みんなが決めた、注目の極悪罪人はもちろん~この人~!!』

 ククライがそういうと、3Dの空間上に今度はスクリーンが現れ、動画が投影される。その動画では、顔にモザイクをかけられた登場人物達が移動ロボットに暴力を振るっていた。さらに、声もボイスチェンジャーにかけられているが、明らかに発している言葉は罵倒の類のものである。

「これって……」

 その光景に南は見覚えがあった。暴力を振るわれているロボットは、昨日見た24フレンドが導入実験に失敗した商品配達ロボットであった。また、動画の人物が『おらっ!テメー!生意気なんだよっ!!』と叫んでいるが、その言葉は昨日牧野達がロボットに暴力を振るうときに発していた言葉と同じものだ。しかし、このククライというバーチャルストリーマーは一体どこからこんな動画を手に入れてきたのだろうか。そんなことを考える南を他所に、アーカイブ動画中のククライは演説を始める。

「この可哀そうなロボットちゃんは~、導入しようとしたけどうまくいかなくて倉庫でお預けになっちゃったんだって、可哀そ~」

 そう言ってククライは泣くようなしぐさをしてからまくしたてる。

「なのに『こんなロボットをごくつぶし扱いしていじめる動画取ったら受けるんじゃね?』って考えて、こんなショート動画上げたひどいやつ……それがこの人たちってワケ!」

(そういえば確かにバズり狙いで動画を動画サイトに上げるって言ってたな……)

 ククライの言葉を聞いて、南は牧野達との昨日の会話を思い出す。そんな南を他所に彼女の演説はさらに加速している。

「こんな動画受けると思って動画サイトに上げたら~大・炎・上!」

 ククライが変顔をしながらオーマイガー、といった感じのボーズを取ると、彼女の背後で特撮番組さながらの炎が爆ぜる。 それに呼応するように動画のコメント欄には『最悪』や『カス』というシンプルな悪口から、さらに『一度死ぬべき』などと過激な意見が溢れかえる。その様子を見た彼女はうんうんと頷く。

「そうだよね~。こんな人達は最悪だよね~!極悪人だよね~!」

 そう言いながらククライは3D空間上のカメラの目と鼻の先まで顔を近づける。

「だ・ん・ざ・い……されるべきだよねぇ?」

 煽るようにククライは動画のリスナー立ちに問いかける。すると動画のコメント欄が一気に『断罪』という言葉で溢れかえる。その様子をみて、楽しそうに、そして場の空気を煽るように彼女も手を叩きながら、まるで歌うかのように声を上げる。

「はいだーんざい!ほらだーんざい!だーんざい!あそれ、だーんざい!」

 そんな彼女のテンションにあおられたのか、チャット欄の断罪コメントもさらに加速していく。

 すると、ククライのいた3D空間が突如切り替わる。彼女がいる場所は星降スマートシティの一角の歩道橋と思われる場所だ。そして、南はその場所に見覚えがあった。

(あそこ……今日夢で見た場所だ……!)

 何故こんな場所を彼女は映しているのだろうか。自身の夢と同じ場所が映っているのは偶然なのだろうか。そういった疑問が南の脳裏に浮かんでは消える。そんなことを考えているとククライのすぐ近くに『罪』と書かれた袋を被せられた男が現れ、右往左往しだす。

「それじゃあみんなで~この不届きモノを断罪断罪~!」

 ククライがそう言って楽しそうに片手をあげると、コメント欄では『うおおおおお、殺す!』『処す!処す!』などと物騒なコメントで溢れかえる。すると、罪袋の男周辺に得体のしれない黒い人型の何かが現れ、彼を取り囲む。黒い人型達は現れてそのまま罪袋を被った男に襲い掛かる。黒い人型達は剣のような武器を持っており、それで罪袋の男に刺したり斬りつけたりして攻撃を加える。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!」

 それを受けた罪袋の男は悲鳴を上げて倒れる。それを見届けたククライはダブルピースを作りながら満面の笑みを浮かべる。

「はーい、断・罪・完・了!こうして皆様のおかげで悪は裁かれ、この街は救われました!みんなありがと~!それじゃあ、今日の配信はここまでにしようか!みんなバイバイ~!」

 ククライはそう言って手を振る。それと同時にアーカイブ動画の再生は終了した。


「これは……」

 動画の内容の悪趣味さに南は若干引き気味になる。一体どうしてこんなバーチャルストリーマーが人気なのだろうかという疑問が南の脳裏に浮かぶ。そんな様子を見て南の内心を察した飯塚は苦笑する。

「一応言っとくと、こういう過激なコンテンツを俺は作りたいわけじゃないからな。ただ、3Dモデルの作りこみや演出が面白いと思ってるから参考にしたいとおもってるだけで」

「なるほど」

 それを聞いて、南は少し安心していることを自覚する。大学に入って初めてできそうな友達が過激で悪趣味な人間ではたまったものではない。

「しかしこの動画はなんだかなあ……」

 南の言葉に飯塚は苦笑する。

「まあ、色々と気分の良いものじゃないよな」

 南は軽く頷く。

「うん。それにこれ、俺のバイト先で起きたことだし余計にね……」

「え、そうなのか?」

 南の返答に飯塚は軽く驚く。そんな彼に南は軽く頷く。

「うん。昨日からコンビニでバイト始めたんだけど、そこで先輩たちがロボット蹴ってる動画を撮ってたんだ。これでバズるんだって……」

 それを聞いた飯塚はため息を漏らす。

「うーん、いい年こいてアホなことを……」

 それから飯塚は顎に人差し指を当てて軽く考え込む。

「でもまあ、お前も当事者だったか。だったらお前に変なこと起きないといいけどなあ」

「変なこと?」

 飯塚の言葉に南は首を傾げる。

「そそ。実はククライっていわく付きのバーチャルストリーマーでな」

「いわく?」

「あぁ、噂ではあるんだけど……なんでもククライの配信で取り上げられて最後に断罪された人間は意識不明になるんだとさ。で、そこらへんの噂が広がって、興味を持った人間がチャンネルを視聴するようになっていき、気が付けばすっかり大人気配信者に……ってワケ。現在はチャンネル登録者数は10万人相当はいるし、配信時だってリアルタイムで数千人単位では視聴者がいるらしいぞ」

「そうなんだ……そういう噂はやっぱり人を集めるんだろうね。しかし……意識不明は嫌だなぁ」

 南は人差し指で頬を軽く掻く。

「まあ、大丈夫だろ。別にお前さんが首謀者ってわけでもないんだろ」

「そりゃまあ、うん」

 南は首を横に何度も振る。

「むしろあれだな。お前さんのバイト先の先輩とかがほんとに意識不明になったりしないかが気になるな」

 そう言って飯塚はカツ丼の残りをすべて平らげる。

「そうだねえ。何もないとは思うけど」

「まあ、何かあったら教えてくれよ。とりあえず俺は次の授業あるからそろそろ行くわ」

 飯塚はそう言って手を合わせてごちそうさまと一礼をすると、席から立ちあがる。飯塚の発言を聞いた南もスマートフォンを取り出し、時間割を確認する。どうやら自身も同様に次の時間に講義を入れているようだ。

「そっか。俺もこれからバイトがあるからそろそろいくよ」

 そう言って南も立ち上がる。

「んじゃあ、行くか。司馬、今後ともよろしくな」

「こちらこそよろしく」

 二人は改めての挨拶をすませると、トレーを持って食堂の食器返却口へと歩き出した。

 


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