デストピア(5)
最悪な目覚めを経験してから数時間後、南は大教室で講義を受けていた。内容は星降スマートシティや星降キャンパス、そしてそれを有する星降市について学ぶ新入生向けの短期集中講義だ。この講義は新入生は必修となっており、先日のオリエンテーションで見た顔たちが再び揃っている。南も彼も同様に講師の説明を聞いている。ただ、オリエンテーションと様子が違うのは、既にやる気がないのか寝ている学生の姿もちらほら見えることだ。しかし、それに構うことなく講師は抗議を続ける。
「この星降スマートシティではデジタルツインを構築しています。デジタルツインとはコンピュータ上に再現した現実世界のことです」
講師がそういうと、大教室のスクリーンに表示されるコンテンツがスライドからリアルタイムに動作しているGUIへと切り替えられる。GUI上ではCGで作られたビルや道路が上空から表示されている。
「デジタルツインでは、現実のビルや道路などの建造物や土地が再現されています」
そういいながら講師はマウスを操作する。すると、GUI上のカメラ位置がまるで街の中にいる人の目線のような位置と角度になる。現在は丁度、歩道橋の上から自動運転車専用道路を見下ろすよう位置になっている。
(アレは……)
道路や周辺のビルに見覚えがあったため、南は思わず反応する。昨日、自身が自動運転車に乗って通った道路だ。そんな南の反応を他所に講師は説明を続ける。
「さらに、デジタルツイン上で再現されるのは地物だけではありません。人や車などのモノもです」
そう言って講師は再びマウスを操作する。すると、3D空間上に見覚えのある自動運転車や黒い人型が現れる。自動運転車までは問題はなかったが、黒い人型を見て朝方に見た悪夢を一瞬思い出してしまい、南の身体が軽く跳ねる。
(あれはただの夢だったんだって、落ち着け……)
南は自身にそう言い聞かせる。
「ちなみに何故このデジタルツイン上の人が黒く表示されるかというと、プライバシーに配慮しているからです。プライバシーについては情報系、特にセキュリティに関する講義で取り扱うことになるので皆さん積極的に履修されることをお勧めします」
講師はそう言うとさらにマウスを操作する。そうするとスクリーンに表示されている視点が自動運転車の車内のものに切り替わる。
「デジタルツインではこのように、ある時はドローンの視点から、ある時はこのように自動運転の車内からと様々な視点から物事を見ることが可能となります」
デジタルツイン上の自動運転車は講師と学生たちの視点を乗せ、そのまま街の中を走り回る。
「ちなみに街の中をこれだけの自動運転車が混雑することなくスムーズに移動できるのはデジタルツインを構成するデータの一つである道路の経路情報やリアルタイムに取得した自動運転車の位置情報を組み合わせて活用し、都市全体の自動運転車の流量をリアルタイムに最適化しているからです」
講師の説明に南は昨日のバイトのことを思い出す。そして、道路が込まなずに快適に移動できたのはそういった背後の仕組みのおかげなのかと一人納得する。
「さらに、デジタルツイン上では普段人間が視覚ではとらえることのできない情報を見ることも可能となります」
南の納得を他所に講師は説明を続ける。その時、自動運転車の外の光景に変化が起きる。GUI上の視界の先にあるモール型ショッピングセンターが内部から赤色の光を発している。さらに周辺には吹き出し型のアイコンが大量に現れる。
「あれは昨日、モール型ショッピングセンター内で開催されたイベントについて集めた様々なデータを分析した結果を可視化したものになります。たとえば、イベントがどのような評判だったのかということをSNSから収集・分析し、その結果を可視化しています。昨日のイベントでは、地元出身のバンドのライブイベントが開催され、随分と熱狂したみたいです。このように出来事やそこに対する人の情動などといった自然現象以外のものも見ることが可能となるのです」
説明をしながら講師はGUI上の吹き出しアイコンをクリックしていく。そうすると『生歌最高!マジ良かった!』『地元で歌ってくれて最高!郷土愛に痺れた!』などといった様々なコメントの中身が表示される。
「さらに、デジタルツインで見ることが出来るのはこのような現在の情報だけではありません」
講師がそういった直後、GUIの視界から自動運転車が消え、さらに周辺の建物などが消え、地形が変わる。そして一面には田畑、そしてその間に散在する小さな家屋が現れる。
「これは、およそ1000年前の星降市周辺の風景です。ここらへんは農村地帯として栄えていたそうです」
講師はそう言ってGUIの視点を左右に振って周辺の光景を見せる。
(へー、これが1000年前の星降市……)
自分が現在生活している地域の過去を自分視点で見るという体験に、南は夢を見ているような、どこか知らない遠くの土地を旅しているような不思議な気分になる。
南がそんな気分に浸りながらスクリーンを眺めていると、GUIの視界上に一人の馬に乗った武士が現れる。
「こちらの人物は天司希継。この星降の地を収めていた領主として記録が残っている人物です。ちなみに彼の3Dモデルの顔は過去の歴史上の人物画と日本人の遺伝的な顔立ちの特徴データを学習した生成AIによって再現したものになります」
講師がそう説明すると、希継の3Dモデルがこちらへと振り向く。 その顔を見て、南は違和感を感じる。
(あれ……?あの顔……昨日見たあの人に似てるな……)
希継の3Dモデルの顔は、髪型や髪の色等は違えども昨日に星降神社で見た不思議な青年の顔に酷似していた。何かの偶然なのだろうか。そんなことを南が考えている間も講師は講義を続ける。
「ちなみにこの天司希継には伝説があります。それは竜退治です」
講師がそう言うと同時、画面上には突然巨大な三首の龍が現れる。龍は咆哮を上げ、火を噴きだして家々や田畑、山を焼いていく。
「ある時、星降の地には巨大な三つ首の龍がどこからともなく現れたそうです。龍は口から炎吐いて人々を苦しめたそうです。そんな龍を退治すべく立ち上がったのが、領主の天司希継でした」
講師が説明すると同時、希継は馬を走らせて龍の方へと向かっていく。
「そして、そんな彼に力を貸す者もいました。それは天から降り立った一筋の星でした」
しばらく希継の後姿を追っていたGUI上のカメラが、講師の説明と同時に画角を上空へと向ける。すると、上空から強く輝く星の一筋が降り注ぐ。カメラはそのまま地に降り注ぐ星を画面の中央に収めるように画角を変える。
「空から降り立った星は、希継と協力し龍を倒します。しかし、龍の強大な力の前に星は力を使い果たして死んでしまいます」
最終的に流れ星は地上の龍と衝突し、さらにそこに太刀を抜いた希継が突撃をする。そして画面が真っ白に染まる。
それからしばらくすると、画面は色を取り戻し、場面が切り替わる。希継は神社の前に立っていたが、その神社には南は見覚えがあった。
「希継は星への感謝を込めて星降神社を建立し、そこに星を『遠渡星』という神として祀ります。そしていつまでもこの地を見守っていて欲しいと願ったそうです」
講師の説明に合わせて、GUI上のカメラが星降神社の上空から周辺を見下ろすような画角へと切り替わる。そして、表示される周辺地域に建物や道路などの地物が出来たり消えたり、田畑が出来たり消えたりといった形でどんどんと変わっていく。そして最終的に現代の街並みへと姿を変える。
「このようにデジタルツインでは現代の街の制御だけでなく、過去の民話のような教育コンテンツやエンタメに関するコンテンツを配置したり、またあらたなコンテンツを作成するための素材としても活用することが出来ます。皆さんもこのキャンパスで様々ことを学習し、そして学んだことを活かして、新しいデジタルツインの活用方法などを是非研究してみてください」
講師はそう言って講義を締めくくった。