unsteady(5)
「なるほど……そういうことだったんですね……」
南はそう言うと、手にしていたカップを空にしてソーサーの上に置く。そして、南は一ノ瀬のカップを見る。カップの中を、まだ熱を持った紅茶が満たしている。それがまるで、一ノ瀬と自身の違いの様に感じられた。
「まあ、俺がバーチャルストリーマーを始めた経緯はそんなところだよ」
そう言うと、そこで一ノ瀬はようやく自身のカップに口をつけた。そんな一ノ瀬の所作を見ていて、内からふと湧き上がった感想を南は口にする。
「……先輩は家とか投げ出してでも守りたい自分の大切なもの、芯みたいなのがあったんですね……」
「そうだね」
一ノ瀬は静かに答える。
「うらやましいの?」
横からあいねが、何かを見透かした様な目をしながら南に尋ねる。
「分かりません」
「まったく……」
「.……」
即答する南にみさはため息を漏らし、一方で西山はそんな彼をじっと見つめる。そして、あいね笑う。
「そう答えると思った」
「どういう事だい?」
南達のやり取りの意味が分からず、一ノ瀬は尋ねる。
「俺も……家から逃げてきたんです」
「そっか。じゃあ、仲間ってわけだ」
南の回答に一ノ瀬は笑顔で答える。だが、南は首を横に振ってから苦笑する。
「俺は、先輩と違って大切なものがあったってわけじゃないですから」
「それでもいいんじゃないかな」
「へ?」
一ノ瀬の回答に南は軽く驚く。
「俺だって家出たころはとにかく家とか実家が嫌だってことで頭がいっぱいだったよ。自分の中にあった大事なもの、好きだったものを思い出せたのは生活が追い付いた後からだし」
そう言って一ノ瀬は再び紅茶を軽く飲む。
「でも、先輩には元からあったんですよね?俺にはそう言うのないので……」
南はそう言って頭を掻く。
「思い出せなきゃ無いのと一緒じゃないかな」
そう言いながら一ノ瀬はお茶を飲み、自身のカップを空にする。
「……まあ君の方も生活が安定してきたら、そういったものも見つかるかもしれない。自分に大切なものが無いからって、無暗に自分を否定したり、考えすぎたりしない方が良いんじゃないかな」
「そういうもんですかね……?」
一ノ瀬に諭されても、南はどこか後ろ向きに考えてしまう。
「……」
そんな南を見ていたあいねは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら席を立つ。そして、南の後ろに立つと、両手を彼の肩に置く。
「え?何です、急に」
あいねの突然の行動に南は驚く。しかし、そんな南に構わずあいねは言葉を続ける。
「一ノ瀬さん。私思うんですけど……彼、化粧映えする顔だと思いません?」
「へ!?」
「え!?」
「?」
突然のあいねの発言に驚いたみさと西山が驚きの声を上げる。しかし、当の南はそもそもあいねの発言が理解できずに首を傾げる。
「この子、ぱっと見地味なんですけど鼻筋とか通ってる方じゃないですか。色白だし、のっぺりとした薄ーい顔してるし、キャンバスとして優秀だと思うんですよ」
「あいね……急に何を言い出してんのよ……。一ノ瀬先輩だってリアクション困って……」
呆れた様子のみさの言葉が止まる。
「……」
一ノ瀬が真剣な眼差しで南の顔をじっと観察している。
「あの、一ノ瀬先輩?」
「確かに……」
みさの声にも気づいていない様子の一ノ瀬が真剣な眼差しで呟く。
「ですよね?一ノ瀬さん……この子、ちょっと私達の手で”改造”……してみません?」
そう言ってあいねは楽しそうに一ノ瀬に目配せをする。
「いいね……」
どうやら一ノ瀬もすっかりその気になっているらしい。
「なんでそうなるんです?」
今一つ急な状況の変化についていけない南があいねに尋ねる。
「んー……」
そんな南にあいねは、一度人差し指を顎に当てて軽く考えてから答える。
「司馬君はさ、少し人が好きなものに触れてみたりとかさ、いつもと違う自分になってみる経験とか……そういった経験をしてみるの良いんじゃないかなって思ったんだよね。そういう経験積み重ねていったらさ、いつか自分の大切なものとか……見つかるかもしれないよ?」
「あいね先輩……」
あいねが自身のことを真剣に考えてくれたことに、南は感謝の念が沸き起こり胸が熱くなる。
「……でも、本当は自分が楽しむことが最優先だったりしない?」
そんな二人の空気感にみさは水を差す。
「そ……そんなことは無いよ」
図星を指されたらしいあいねは目線を不自然に泳がせた。
「……」
南の中のあいねへの信頼が急速に萎んでゆく。そんな南の内心が表情に出ていたのだろうか、あいねが取り繕う。
「ははは。やだなあ、司馬君!司馬君のことを思っての提案なことは本当だよ、本当」
そんなことを言いつつ、自分の中の楽しみや期待を隠しきれていない様子のあいねに、みさはため息を漏らす。その横ではどうしたものかと西山も苦笑を浮かべていた。
「まあとにかく、一ノ瀬さんもその気だしぃ……司馬君改造計画、ごーごー!」
「はあ……」
どうやら自分に拒否という選択肢はないらしいことを悟った南は、気の抜けた返事を漏らした。
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