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unsteady(4)

 爆笑する一ノ瀬を見て、南は頭を下げる。

「気に触ったならすみません」

 素直に頭を下げる南を見て、一ノ瀬は南からの質問が純粋な疑問から発せられたことを察する。そして、笑いすぎて出てきた涙を指で拭いながら、一ノ瀬は答える。

「別にいいよ。ただまあ、バーチャルストリーマー始めたのは純粋に自分の好きだと思うコトを発信したかったからだよ。そうだな……」

 一ノ瀬はそう言うと、椅子から立ち上がると机の上を片付け始める。

「少し長くなるかもしれないから、お茶でも淹れようか。丁度君がデリバリーしてくれたものの中にお菓子もあるしね」

「わかりました。机も片付けるんですよね?手伝います」

 南は立ち上がると机の周りの書類をまとめ始める。

「ありがとう。でも、中身は見ないよう気をつけてよ?」

「わかりました」

 南は同意しながら、片付けを続けた。

「つかさちゃん、呼んであげた方がいいかなあ?」

 そんな二人の背中を見て、あいねが呟く。

「……やめときなさい。あの子が身近なところにいた超絶美形が推しの中身なんて知った日には、汚い悲鳴をあげた挙句その場で気絶したりして話が進まなくなる」

「あ、あの……お友達なんですよね?」

 あまりにもなみさの評価に、思わず西山はツッコむ。

「情けで客観的評価を曇らせるようでは現場のマネジメントは出来ないので……」

「は、はあ……」

 遠い目をするみさにどう答えたものか分からず、西山は気の抜けた返事を漏らす。

 しかし、この時個室にいた者たちは気がついていなかった。ドアのすぐ外に夢野が立っており、室内の会話をたまたま盗み聞いてしまっていたことを。


(――え?一ノ瀬先輩が、高町幸音の中身……?え、は、マジで!?)

 人通りの無い廊下で夢野は一人宇宙猫の様な顔をする。そして、これまで同じゼミに所属してから一ノ瀬ととったこれまでのコミュニケーションの数々が脳内に蘇る。

 授業での遅刻、ゼミでの提出物忘れ、飲み会での粗相……。そう言った数々の過去の失態が推しに知られていたショック、そして推しの正体を守らなければならないという使命感、そう言った数々の思考が脳内を駆け巡る。まとまらなくなった思考の中で、それでも自身が真相知ってしまったことは隠さねばならないのではと思った夢野は、自身の内から湧き上がる奇声を抑え込みつつ、その場で立ったまま気絶した。


 ――夢野が立ったまま気絶するまでの間に、一ノ瀬が入れた紅茶と、南がデリバリーしてきたクッキーがテーブルの上に並べられる。


「どうぞ」

 四人は一ノ瀬に促されると卓につき、紅茶や菓子に手を伸ばす。

「さて、バーチャルストリーマーを始めた経緯なんだけど……そもそもの話として、俺は可愛い物や綺麗な物、そしてそう言ったものを見たり作ったりするのが昔から好きなんだ」

「なるほど」

 既に一ノ瀬が高町幸音と聞いていたからだろうか、先入観なく南は一ノ瀬が語る過去の事実を受け入れられた。

「でも、俺の実家は父方が地方のそこそこ大きい家でね……男は男らしくあれと厳しく教育されたんだ。そして、そんな家だからね……俺の趣味には否定的だったんだよ。また土地柄的にも俺のそう言った趣味に対してはいい顔しない人が多くてね」

(家庭とか周辺環境の問題……かあ)

 一ノ瀬の身の上を聞いて、あいねは思わず南の顔を見る。やはり自身の過去の境遇と似たところがあると感じたのか、話を聞く南の表情の真剣みが増していた。

「そこで大学進学を機に何とか実家と距離を取ろうと思ってね。母方の親族に保証人になってもらって奨学金借りたり、バイト掛け持ちしたりしつつなんとかここの大学に転がり込んだ……ってわけ」

「結構苦労されてたんですね」

 一ノ瀬が思いの外、苦学生としてハードな生活を送ってきたことを知り、みさも軽く驚く。そんなみさの反応に一ノ瀬は軽く笑う

「まあね。で、入学後も返済不要な奨学金とか色々と頑張って申請通したりして、なんとか生活を安定させたんだ。で、その後くらいかな……夢野さんに出会ったのは」

「つかさちゃんに……?」

 どうしてそこで夢野の話につながるのか分からず、あいねは首を傾げる。

「出会った時から彼女って自分が好きなものに全精力注いでいたんだけど……それが俺にはとてもまぶしく見えてね」

「なるほど」

 一ノ瀬の言葉にあいねは頷く。その反応を見て一ノ瀬が続ける。

「だから今一度、自分が好きだって思えるものにもう一度のめりこんでみたくなったんだ。で、その時に彼女から当時ハマっていたバーチャルストリーマーの話を聞いてね……これなら自分でも好きなことを世の中に発信して、誰かと分かち合えるんじゃないか……そう思ったんだ」

「で、始めて見たら大当たりだったと」

 みさの締めに一ノ瀬は頷く。

「じゃあ、もしかして先輩……もとい高町幸音が春サクラを庇ったのって……」

 南が問うと、一ノ瀬は頷く。

「ああ。中身が彼女だって知ってたからね。出来る範囲で彼女を守ってあげたかったんだが……中々うまくいかないね」

 一ノ瀬は笑うが、その笑顔は少し翳っているように南には感じられた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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