デストピア(4)
「はあーっ……」
牧野達とやりとりを終えてから三時間後、南は学生寮の自室に戻ってきていた。学生寮の自室はベッドと机は備え付けられている簡素なワンルームだが、南の私物はほとんどなく生活の香りはまだしない。だが、それでも南にとっては既にこの部屋は落ち着く場所となりつつあった。
「なんか色々疲れたな……」
南は店舗裏で牧野達と話をした直後、店舗に戻ると初勤務による実地研修という扱いだったこともあってすぐに勤務終了となった。その後は一度学生寮の自室に戻り、食堂で食事を摂り、そして大浴場で風呂に入り、今に至る。まだ不慣れな新しい学生生活に、新しいバイトにつかれていたところに対して、食事と風呂を既に済ませて気が緩んだのか身体が妙に重い。
「まあ片付けだけはしないとな」
そう言って南は風呂に入るときに脱いだズボンをハンガーにかけてクローゼットにしまおうとする。何かゴミなどは入れっぱなしになっていないかとズボンの中身を改めた時、硬い感触が指先に当たっていることに気が付く。南は指先に当たったものを人差し指と親指でつまんで取り出す。中から出てきたのは一枚のmicroSDカードだ。
「そういえば……」
南は昼間にmicroSDカードを拾っていたことを思い出す。
「交番に届けようとしてすっかり忘れてたな……」
そう呟いてmicroSDカードをじっと見つめる。こんな小さな媒体に、持ち主の手がかりなどどこにもあるように見えなかった。
「うーん、中身見れば持ち主の名前とか分かるのかな」
そう言って南はケースからmicroSDカードを取り出し、自身のスマートフォンに差し込む。しかし、そこからどう操作してよいのかわからなくなり南は途方に暮れる。
「勝間先輩にSDカード入れた時の使い方とかも聞いておけばよかったかな……」
そんなことをつぶやいていると急にすさまじい睡魔が襲ってきた。どうやら思っている以上に疲れていたらしい。
「まあいいか……」
南は電源につないだ上で机の上にスマートフォンを置き、電気を消し、そしてベッドに入る。
「明日からも頑張ろう……」
一人つぶやいて両目を閉じる。自身の視界が部屋の暗さを追い越すように暗くなる。そして、意識が徐々に眠りへと落ちていく。
しかしその時、南は気が付いていなかった。暗闇の中でスマートフォンの画面が、見慣れないアプリのインストール状況を表示していたことを。
「……アレ?」
気が付くと南は昼間自動運転車で通った街の中にいた。今、自身は歩道橋の上に立っている。
(……俺、なんでこんなところにいるんだろう……)
そんなことをぼんやりと考えつつ周囲を見回す。
「うわあああああああああああああああああっ!!」
その時、近くから男の悲鳴が聞こえてきた。驚いた南は悲鳴のあった方へと近づく。すると、一人の男が大量の人影に囲まれている現場に遭遇した。男は南に気が付くと必死に助けを求め始める。
「助けてくれ!助けてくれ!頼むっ!」
人に囲まれているだけで男はなんでこんなに必死に助けを求めているのだろうか?状況が呑み込めない南は困惑する。だが、南はその時あることに気が付く。
「あの人……!」
助けを求めている男は、昼間に牧野と一緒にロボットを蹴っていた男だった。
「なんであの人がこんなところに?」
脳内に浮かんだ疑問を口にしていると、事態はさらに理解を超えてくる。男の周囲にいる人影をよく見ると、どうやら人間ではないことに気が付く。何故ならば男を取り囲む周囲の人型は大量の目や耳がついている。
「何アレ……化け物?」
次々と疑問は湧き上がるが、そんなことは関係なく化け物たちは行動を開始する。まず、化け物たちはどこからともなく剣を取り出す。しかし、よく見るとただの剣ではない。全身に人間の口が大量に浮かんでいる。そして、化け物たちはその剣を次々に男に突き刺す。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!」
男の絶叫が耳に突き刺さる。突然目の前で繰り広げられる残虐な光景に南は心拍数が急激に上昇し、全身から汗が噴き出すのを感じる。
「な、なんだよこれ……」
南がすくんでいる間に、男は悲鳴を上げきり、そしてがっくりと項垂れる。
一体何が起きているのか?何故この男は化け物に襲われていたのか?この化け物はなんなのか?様々な疑問が脳内に駆け巡り、そしてキャパを超える。その瞬間、気が付けば南の口からも悲鳴が漏れていた。
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!」
南は直後、布団から上半身をはね起こす。そして荒い呼吸のまま周囲を見回す。まだ見慣れない一人用の机やクローゼット……今いる場所は自室の布団の上だ。
「あれは……夢?」
体中から出た汗で寝巻がべったりと肌に張り付いている。ふらふらとした足取りで南はキッチンへと向かうと、水道の水をコップに入れてから一気に飲み干す。そして、それから一気に息を吐く。そうすると早まっていた呼吸が徐々に落ち着いてくるのを感じる。
「なんだってあんな夢を……」
先ほど見た夢を思い返しながら南はため息を漏らす。夢の中に出てきたあの化け物は何なのか、何故自身の夢に牧野と一緒にいた男が出てきたのか、何故夢の中に出てきた化け物はあの男に襲い掛かったのか。様々な疑問が脳裏に浮かんでは消える。
「まあ、夢だもんな……」
昔から夢なんて脈絡がないものではある。むしろ内容に理由は意味もないのだろう。そう思うと、これ以上考えても仕方がないように思えてきた。ふと窓の方を見ると丁度太陽が昇ろうとしているのがカーテンの隙間から見えた。
「とりあえず、学校行くか……」
そう呟くと南は着替えを用意して自室を出る。そして、身体にまとわりついた汗を流すべく、寮の共同浴場へと向かっていた。




