狂乱 Hey Kids!! (1)
冷え切った空気の中、大量に本が収められた本棚が並んでいる。その本棚の間を歩きながら、南は本の背表紙達の背中に目を滑らせていく。時々、本棚の隙間から窓が目に入る。窓の先の空は、もうすでに暗くなりかけている。
(――もう陽が落ちそうになってる。冬は夜になるのが早くて嫌だな……)
そんなことを思いながら様々な本のタイトルを見るが、そのどれもが南の心に引っ掛かることはない。
「司馬君」
背後から声をかけられ、南は振り返る。そこに立っているのは穏やかな顔をした壮年の男性だ。
「先生」
南は自分のクラスの担任に頭を下げる。
「こんなところで何をしてるんだい?」
そう聞かれて、南は回答に窮する。
「暇つぶし……なんですかね?」
「暇なのかい?」
人の良さそうな笑みを浮かべながら先生は訪ねる。
「はい、まあ。ちょっと家にもあまり帰りたくなくて……」
「だから本を読もうと?」
先制の問いに南は頷く。
「はい。でも、なんかどれも興味がわかなくて……」
南の回答に先生はうなずく。
「ふむ。だったら部活に入るのはどうだい?」
南は先生から目線を逸らしつつ、後頭部を掻く。
「また、転校することになるかもしれませんし……。それに、道具が必要になりそうなものは、親に相談しないといけなくなるので……。そうすると多分、無理かなって……」
南の回答に先生は何かを察したらしい。
「だったら……」
先制はそう言って本棚から何冊か本、参考書や問題集を取り出す。その表紙には中学2年などと書かれているが、現在の1年生の南には少々荷が重い。
「少し先の範囲だが、いろいろ勉強してみるのはどうだい?」
「何でです?」
何故先生がそのようなことを提案してきたのか分からず、南は尋ねる。
「何をしていいのか分からないんだろう?少なくとも学校の勉強というのは何をすべきかは決めてくれている。どこに行って良いのか分からないなら、誰かが敷いたレールの上を一度走り続けてみるのも一つの選択肢だよ。それで、自分の中で何か心惹かれるものがあったなら、どう進むか考えてみたら良い。そうなった時、君がそれまで学んだこと、そして学ぶことを通して培った姿勢はきっと無駄にならない」
「はあ。そういうもんでしょうか?」
南は先生の言うことに首を傾げる。
「まあ、騙されたと思ってやってみたらどうだい?大体必要なものは学校や街の図書館にあるし、金もかからない。どうせ時間を潰すなら、有意義だと思えるもの方が君も気分がいいだろう」
「それは、そうかもしれませんね」
南は頷きながら先生から教科書を受け取ろうと手を伸ばした。
伸ばした手が本を掴めずに空を切る。
「ん……?」
疑問の声を上げると、南の目の前の光景が、かつて通っていた中学校の図書室から和室の天井へと切り替わる。
「ここは……」
南は天井を眺めながら呟くと上体を起こす。そして、自分が今先まで寝ていた場所、そして、そこで寝るに至った経緯を思い出す。
「そうだ……ジモクと戦って、夢野さんが助かって……」
南は伸ばしていた腕を曲げて拳を眼前で握る。
「守れた……か……」
南は拳を握り、呟く。
「だねえ。良かった良かった」
「はい」
南のつぶやきに応じる声があった。南はそれに同意する。
「しかし、夢を見てたみたいだけど、どんな夢だったんだい?」
「昔の夢です。中学生の時からいつも放課後に図書館で先の学年の内容まで含めて自習するようになったんですけど、そのきっかけになった先生との会話ですね」
「へえ、そんなことが」
「はい。でも今更こんな夢見るなんて……ん?」
そこまで返事をして、南は自身が誰かと会話していたことに気が付く。そして、その相手となった声の方へと目線を向ける。
「よ、起きたかい?」
そこには、福田が入り口の縁にもたれかかりながら立っていた。そして、よく見るとその横に遠渡星もいる。
「福田さん!?それに遠渡星様も……」
驚いて声を上げる南に福田はへらへらと笑う。
「いや、驚かせちゃったみたいで悪いね。様子を見に来てみたら丁度目を覚ましたみたいだったからさ」
「はあ……」
独り言を聞かれていた気まずさから南は気の抜けた返事をする。
「とりあえずそこそこいい時間だしさ、ちょっと飯でも食おうかと思ったもんでね。そろそろ起こそうかと思ったんだ」
(いい時間……?)
福田に言われて、現在の時刻が気になった南は室内の時計を見る。よく見ると時刻は18時半頃となっていた。それから慌てて窓の外を見ると、確かに空が大分暗くなっている。
「今回も結構寝てましたね……」
南が思わずつぶやくと福田は頷く。
「まあね」
「それでも前回倒れた時に比べれば早く目を覚ました方だ。私の霊力を使って戦うことに徐々に慣れてきたということだろう」
「そうなんですかねえ?」
割って入った遠渡星の言葉に、南は首を傾げる。
「なんにせよ、とりあえずはひと段落ついたんだ。飯でも食って英気を養おうじゃないの」
そう言って福田は手招きをしてから背を向けて、部屋から出ていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
皆様の応援が執筆の励みになります。
もしよろしければブックマークや評価ポイント、感想やレビューなどお願いします。
引き続き、この作品をよろしくお願いします。




