デストピア(3)
「おらっ!テメー!生意気なんだよっ!!」
南が自動運転車から降りた直後、店舗裏のスペースから女が叫ぶ声と、続けて金属に何かをぶつけたような鈍い音、そしてそれに反応するかのように複数人の男の笑い声のようなものが聞こえた。何事かと思った南が声のするほうへと近づくと三人の男達が騒いでいる現場に出くわす。しかもそのうちの一人は24フレンドの制服を着用している。胸のネームプレートには「牧野由香里」と記されていた。
牧野ともう一人の男は配膳ロボット等と類似した車輪型のロボットを蹴り飛ばしており、それを残りの一人の男がスマートフォンのカメラで撮影している。先ほどから乱暴に扱われているロボットは顔面部分の液晶に×を表示し『乱暴に扱うことはやめてください』と警告音声を繰り返し流している。一体何をしているのか理解できなかった南は首を傾げて彼らの所業を見つめてしまう。そんな南に気づいた牧野は、南の方へと下卑た笑いを浮かべつつ近づいてくる。牧野と一緒にいる男たちも同様の笑顔を南へと向けている。
「新人君じゃ~ん!こんなところで何してんの~?」
「お疲れ様です。今配達から帰ってきたところでして。牧野さんは何を?」
牧野は笑顔に威圧的な態度も混ぜつつ南に声をかける。しかし、牧野の意図をよく理解していない南は素直に挨拶と返答をしたうえで、彼女に先ほどまでの所業について尋ねる。何故そんなことをわざわざ聞いてくるのか、よく理解が出来ない南のことを牧野は訝し気な顔で見る。その一方で後ろにいる男たちは吹き出す。そして、当の南にしても何故彼らがそのような態度になるのか理解をしかねて首を傾げる。
「何って……動画撮影だよ」
それでも南が自分たちがしている行為を咎めに来たわけではないということを察した牧野は呆れた顔をしつつも説明をする。
「動画撮影?」
牧野が何を言っているのか全く理解を出来ていない南は鸚鵡返しに尋ねる。
「そうだよ。こいつで撮影した動画を動画サイトに上げるんだよ。面白い動画だったらバズって俺たち一躍有名人ってワケ」
「はあ」
これまでの人生で動画サイトやバズといった単語は一応耳にしていたので牧野の言ってることは一応理解できているつもりではあるが、南としては彼女の言っていることは腑に落ちない部分も多い。そして、その腑に落ちなかった部分が素直に口から出る。
「じゃあ面白い動画を撮影するために、そのロボットを蹴っているということですか?」
「そうそうそういうこと!」
そう言って牧野は南の肩をバシバシと叩く。南は肩を叩かれながら次に浮かんだ疑問を正直に口にする。
「ちなみにこれは何のロボットなんです」
「ああ、こいつ?こりゃ自動配達用ロボットだよ」
牧野は南の疑問にため息交じりに答える。
「自動配達?そんなロボットがあるなら、どうして俺みたいなバイトが必要に?」
南の質問に牧野は大仰な所作でため息を漏らしながら答える。
「そりゃこいつが役に立たなかったからだよ」
「役に立たなかった……と、言うと?」
「こいつは自動運転提供範囲外の区域の配達をするために作られたんだよ。自分で注文の品をバックヤードからかき集めて、それ持って自動運転車に乗り込んで、んで範囲外付近に来たら車から降りて目的地までブツを運ぶ」
「へー、俺がやってることと同じですね。しかしまさかロボットが自分で車乗り込むとは」
南は感心する。
「馬鹿言え。こいつは車に乗り込む機能もうまく動かなかったし、自動運転範囲外でもしょっちゅう転んだりして使い物にならなかったんだよ」
牧野は面白くなさそうにつぶやく。
「おかげで本格稼働は見送り。俺たちの仕事は減らずに、メーカーが引き取るまでは場所だけ取る邪魔くさいポンコツのただ飯ぐらいになったってワケ」
「なるほど」
南はとりあえず背景の事情は把握する。
「で、こんな場所だけ無駄にとる居候をお仕置きする!っていうのが今俺たち撮っている動画」
「なるほどなるほど」
さらなる牧野からの説明で、南は背景知識と合わせて牧野の意図を理解する。そして、そこで浮かんだ正直な感想をそのまま口にする。
「で、なんでその動画って面白いんですか?」
あまりにも素直な疑問に牧野達が呆気にとられ、その後互いに顔を見合わせる。それから三人はため息を漏らす。
「なーんか白けちまった」
「もう動画これでいいだろ。お前適当にあげとけよ」
「分かった分かった」
などと口々に言い合い、南を置いて先に解散してしまう。
「……あれ?教えてくれないんだ」
南はロボットを押して店内へと戻っていく牧野を見送りながら一人首を傾げた。