REAL×EYEZ(2)
南が星降神社へと移動していたその頃、あいねは夢野の自宅に来ていた。夢野曰く、現在両親は丁度旅行で不在であったため、自宅にいるのは彼女一人だそうだ。
「はい、これ」
自室のソファに腰掛けている夢野の眼前に、あいねはマグカップに入っているホットミルクをそっと置く。
「ありがとう……」
夢野は目の前に置かれたマグカップをうつろな目で見ながら礼をいう。その目の下には大きなクマが出来ており、彼女が満足に寝ることも出来ずに憔悴しきっていることがうかがい知ることが出来た。
「……」
あいねはそんな夢野の横に座ると、無言でそっと身体を寄せる。それを受けて、夢野はホットミルクに口をつける。ホットミルクで身体が少し温まり、さらに横に座るあいねの体温を感じた結果、感情の張りが緩んだのだろうか。夢野はぽろぽろと涙を流し始める。
「つかさちゃん……」
「ごめん……」
夢野すすり泣き、両目を手で覆いながら体を震わせる。そんな夢野の身体をあいねはそっと抱きしめ、それから彼女の頭を優しく撫でる。
――それからしばらくあいねが夢野を慰めていると、不意に彼女のスマートフォンがバイブレーションで着信を知らせる。
「つかさちゃん、ちょっとごめんね」
あいねは一言夢野に断りを入れてから、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出す。スマートフォンの画面を確認すると、通話をかけてきている相手は『みさちゃん』と表示されていた。
あいねがみさからの着信を受けていたその頃、丁度南は星降神社の社務所にたどり着いていた。
「失礼します」
南は自動運転車を降りてから全力で走ってきたため、息が少々上がっている。
「朝からご苦労さん」
「お疲れ様」
「お、お疲れ様です……」
「よく来たな、南」
そんな南を福田と澤野、西山、そして遠渡星の四人が迎え入れる。
「あ、皆さんお疲れ様です」
南は返礼した後、社務所内を見回す。
「……あれ、みさ先輩は?」
しかし、みさの姿が見当たらなかったため、南は思わず首を傾げる。
「勝間さんなら妹さんを迎えに行くって、君に連絡を入れた後にすぐ飛び出していったよ」
「あいね先輩を?ああ、夢野先輩のところか」
澤野の説明に南は納得する。
「でも、今この場を離れちゃって大丈夫なんですかね?このタイミング夢野さんの魂がデジタルツイン上に連れていかれるなんてことがあったら……」
「それなら多分大丈夫だと思うよ」
澤野は南の疑問に答えながら、自身が現在操作しているPCに接続されたディスプレイの一角を指し示す。
「大丈夫?」
南は疑問をつぶやきながら澤野が指し示した画面の一角を見る。そこにはククライのSNSのアカウント、そしてその最新の投稿が表示されている。
「えーと……『【緊急告知】本日10:00から新たな断罪配信開催!今回の断罪相手はトレパク騒動で話題のあの人!?』。これって……」
「SNSの告知だよ。ライブ配信とかやるときは、こうやって事前にみんなが見ているSNSなんかで時間を告知するのさ。そうすると、人が集まって来やすくなるからね」
「なるほど……」
澤野の説明に南は納得する。
「つまり、この告知している時間に配信が開始されて、実際の配信が盛り上がるまでは夢野先輩が魂をデジタルツインに連れていかれるということはないということですか?」
「そういうこと」
南の理解に澤野が同意する。それから南はディスプレイの右下の時刻表示を確認する。現在の時刻は8時58分。
「まだ時間の余裕ありそうですね」
そう呟いて改めて南はククライの投稿を確認する。どうやらククライの投稿はほんの二時間ほど前にされたようだが、既に1000以上のユーザーに共有されている。このことからもどうやら、一連の炎上事件はかなりの注目を浴びているらしいことがうかがい知れた。
「……このククライの投稿みて、それから断罪配信する人たちって春サクラを許せないと思っていて、そしてその春サクラが夢野先輩だって知ってるんですよね?しかも顔までバレている……。この情報を調べた人たち、どうやってここまで……」
南は改めて夢野の置かれている状況を確認し、そして恐怖を覚える。
「簡単だよ」
福田はそんな南の疑問に答える。
「夢野君は現在所属しているマーケティング研究室の写真共有用SNSアカウントで顔写真付きのインタビューが掲載されている。夢野君本人は別に実名でのSNSはやっていないようだが、こんな感じで実名付きの顔写真がインターネット上に公開されていることは案外多いんだよ。そして、君がバイトしているコンビニで夢野君を見たことある草応大学の学生達の中には、その写真共有用SNSをやっている人はそれなりにいるだろうからね。そういった情報をみんなでつなぎ合わせれば『春サクラが24フレンドでバイトをしている草応大学星降キャンパスのマーケティング研究会に所属している夢野つかさである』という一連の情報にはたどり着けちゃうってワケ」
「そんな……。それじゃあ、SNSに写真を上げるなんて話どころか、下手すれば街の中だって歩けないじゃないですか……」
福田の説明に南は恐怖を覚える。
「そうだね。こんなデジタル社会の中でも案外一番恐ろしいのは大量にばらまかれている"人間"っていうセンサーかもしれないね。それこそみんなの"目"こそが一番信頼できるセンサーですってね」
福田はそう言いながら、茶を啜る。福田の言葉に、大量に目が付いたジモクの姿が南の脳内を過る。
「『この街では誰もが神様みたいなもんさ。居ながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。・・・何一つしない神様だ』か……。福田さん……こういう、ことだったんですね」
「……」
南は以前福田が語った言葉を呟く。福田はそれを黙って聞いていた。
「ふ、福田さん!」
――そんなやり取りをしていると、澤野が焦った様子で福田の名前を呼ぶ。
「澤野君、どしたの?」
福田は落ち着いた様子で澤野に問う。しかし、そんな福田の様子に澤野は冷静さを取り戻す様子もないままに続ける。
「こ、これ見てください!ククライの配信が……!」
澤野に言われるがままに画面を見た福田達の表情に緊張が走った。
――そこには『ククライ断罪前特別ボーカルライブ』と描かれた画面が表示されていた。
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