怪物(6)
「お疲れさまー」
「お、お疲れ様です……」
丁度その時、社務所の中に西山と澤野が入ってくる。
「あ、澤野さん、西山さん。お疲れ様です。丁度良いところに……」
「どういうこと?」
みさの言葉に澤野は首を傾げる。どう見てもみさは電話中で、自分が来たタイミングが良いとは思えない。
「これから”私達”が対応しないといけない"事態"が起きるかもしれない……ということです」
そんな澤野の疑問にみさは小声で答える。その回答に澤野と西山は思わず顔を見合わせた。
「もしもし。どったの、みさちゃん」
そんな二人のやり取りを他所に、スピーカーモードに切り替えた夢野がみさに話しかけてくる。
『あ、つかさ?こっちの声聞こえてる?』
「うん、聞こえてるけど。どうしたの、急に?」
みさに呑気な返事をする。どうやら自身の置かれている現状をまだ把握していないらしい。
『ちょっとあんた自分のSNSのアカウント見てみなさい!』
「私のSNSのアカウント?そりゃいいけど」
みさの勢いに押されながら夢野はスマートフォンでSNS用のアプリを起動する。
「うーん、相変わらずすごい通知」
画面を横からのぞき込んでいたあいねが感想を漏らす。それを聞いたみさは納得する。
『そっか、あんた絵師として名が売れて来てるから……リプライとかで通知が普段からとんでもないことになってるのか……』
みさがそう呟いた後、キーボードを叩く音が鳴り響く。
『あんたDMは身内にしか解放してなかったわよね?今送ったメッセージ確認してくれる?』
「うん」
夢野はみさに言われるがままにDMを確認する。
『んで、メッセージに貼ったリンク見てみなさい』
「分かった……って、なにこれ?」
夢野が踏んだリンク先には、春サクラが描いたファンアートをパクりだと指摘する投稿や、それに同調する者達、反対する者達の発言のまとめだった。
「これってもしかして私……炎上してる?」
まとめの内容を見て夢野の声のトーンが落ちる。夢野のスマホの画面上には、このトレパク疑惑に関する様々なコメントが表示されている。
『春サクラとか、人のお祝いにトレパク絵出してたのかよ、最悪』
『こんな奴の絵を紹介しちゃった高町幸音可哀そう』
『こいつもう絵描くのやめろよ。自己顕示欲キッツいんだよ、キッショwww』
といったコメントが並んでいる。それに対抗するように、比較検証を行っている画像を持ち出した擁護の投稿もあるが、どうにも状況はあまりよくないようだ。
『とりあえず……状況は理解したわね?』
みさは夢野の反応にため息を漏らす。
「う、うん……。でも、どうして……」
明らかに夢野は動揺していることは、声から感じ取れた。
『理由なんて考えたって仕方ないわよ。こんなん言いがかりの場合だって多いんだから』
みさは一度ため息を漏らしてから続ける。
『対応策は私がある程度考えてあげるから安心なさい。私がこういったこと慣れているの、知ってるでしょ?』
「ありがとう……」
動揺を抑えきれないままでありながら、なんとか夢野は礼を口にする。あいねはそんな夢野の傍に座り、背中にそっと手を当てる。その手の温かさに思わず夢野の本音が漏れる。
「私、ただ楽しく絵を描きたかっただけなのにどうしてこんなことになっちゃったかな……」
それに答えられるものは、誰もいなかった。
「とりあえずはこれで良し……」
泣き出しそうになる夢野を宥めながら今後の対策について指示を出した後、みさはため息を漏らしながら通話を切る。
「今回炎上した人……身内だったんだね?」
澤野に問われてみさは頷く。
「はい」
「だ、大丈夫なんですか……?」
西山は心配そうにみさを見る。
「声明文の草案作ってあの子に投げました。それを投稿して、しばらくはSNS上での活動を休止させてほとぼりが冷めるのを待てば大丈夫だと思います」
「随分手馴れてるんだね」
澤野はみさの手際の良さに感心する。しかし、そんな誉め言葉に対し、みさの表情が一瞬嫌悪の色に染まる。
「まあ、はい……。似たような経験あるんで……!」
過去に何かあり、それに心底腹が立っているということが見て取れる反応に、澤野と西山は顔を見合わせる。
「ま、まあいいや。でもどうするの?ククライが炎上を煽ってくる可能性だってあるんじゃないの?」
「多分、大丈夫だと思います」
「どうして?」
澤野は首を傾げてみさに問う。
「ククライって顔が割れてて、みんなでイメージを一致させられる相手を対象にするんですよね?」
「そうか。炎上配信でデジタルツインに魂を持ってくるには、対象となる人物のイメージをみんなが共有しないといけないんだったね」
「そうです。で、リアルのあの子と春サクラを結びつける手がかりって今特にないでしょうし」
「それなら……あとは沈静化するのを期待する感じか。まあ、一応福田さんには連絡を入れとこう」
澤野の結論にみさは頷く。
「じゃあ、勝間さんは引き続き対応をお願いします。俺は福田さんに連絡しつつ、万が一に備えて戦闘で使うアバターの準備とか進めておくよ」
「お願いします」
みさは頭を下げ、西山も頷く。三人はそれぞれノートPC等を取り出し、己の業務に取り掛かる。
その時、ふと気が付いたことを一人みさは漏らす。
「あ……でも、もしかしたらバイト先のコンビニに手がかり何かあるかも……?どこかで時間取って様子見に行くか」
そんなみさの独り言を西山は首を傾げて聞いていた。
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