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怪物(4)

「うーん……」

 いまいち理解しきれず、腕を組んで首を傾げる南に飯塚はため息を漏らした後、改めて説明をしだす。

「……たとえばさ、司馬っちが趣味で絵を描いていたとしよう」

「はあ?」

 何故飯塚がそんなことを言い出したのか分からずに南は気の抜けた返事をする。

「でだ、自分が一生懸命書いた絵を模写してそっくりな絵を描いた奴がいたとしよう」

「うん」

「で、模写した奴を周りの人達が『お前の絵上手いな!』って褒めて人気者になった……その上、絵を模写した奴が『これは自分の描いた絵です!』とか嘯いていたとするとしよう。もしそうなったらどんな気分になる?」

 飯塚の問いに南は腕を組んだまま、少し下を向いて考える。

「うーん……そりゃまあ、嫌な気分になるんじゃない?」

「だろ?」

 南の反応を確認してから飯塚は続ける。

「じゃあ、もしそいつが、模写したことが周囲にバレたらどうなると思う?」

「そりゃあある程度良識ある人達の集まりだったら怒られるんじゃない?」

「だよな?」

 飯塚は南の反応に頷く。

「でだ、夢野先輩がそういことをした、とSNS上で疑っている人がいるんだよ」

「え……」

 飯塚の説明に南はようやく事の重大さを少し理解し始める。

「もし、夢野先輩がそういった疑いをかけられて、周りがそれに同調し始めたらどうなると思う?」

「夢野先輩に対してみんなが怒る……?」

「そういうことだ」

 飯塚は再び頷く。

「でもちょっと待ってよ……」

 南は昨日のバイト先で見た、夢野が描いたPOPを思い出す。人を引き込むような構図、興味関心を引き付けるかのような色使い、魅力的に描かれたキャラクター達の表情……そのどれもが素人の南から見ても、夢野の技量の高さを感じ取ることが出来る代物だった。

「俺、夢野先輩の紙に書いたイラストとか実際見たことあるよ。あれだけのものを描く人がわざわざ人の絵をパクったりする?」

 南の反応を見て飯塚はため息を漏らす。

「それは俺には判断つかないよ。でもまあ、そもそも絵の構図とかなんて大体、色んな人が描いていたら似通ることなんていくらでもあるしなあ……。因縁なんてつけようと思えばいくらでもつけられる」

 飯塚の説明に南は唖然とする。

「そんなことで疑惑をかけられてちゃたまらないじゃないか……。なんとか疑いを晴らせないの?」

 南の言葉に飯塚は首を横に振る。

「一旦こういう事態になって、疑われてしまったら夢野先輩が実際にパクったかどうかはもう関係ないよ」

「どういうこと……?」

 飯塚の言っていることが理解できず、南の声が上擦る。

「まずいのは夢野先輩……春サクラがパクり絵師であると認定され、みんなが先輩を叩いて良い人間だと判断することだ。そうなってしまったら、ネットの人達にとって事実なんてもうどうでもよくなる。実際トレス疑惑をかけられた人が、自身がイラストを描く過程を全部配信して見せても信じてもらえず言いがかりをつけ続けられたなんて事例もあるくらいだ。そこまで来てしまったら後は、みんな自分が正義だと思って先輩を集団で"断罪"するだけだ。」

「断罪……」

 南は飯塚の”断罪”という言葉に思わず反応する。南の脳裏に先日対峙したジモクの姿が蘇る。大量の口が付いた剣を、まるで楽しそうに振り回し、そして自分に叩きつけてきたとの姿だ。それと同時にジモクと戦った時の恐怖も同時に蘇る。

 そして、これまでの飯塚の説明で南はジモクと対峙した時に感じた恐怖の本質を理解する。あれは本質的な問題には無理解で無関心な悪意を身勝手に、無分別に、無配慮に叩きつけられていることに怯えていたのだ。

 理解すると同時に南は、福田達がククライによる断罪配信と、それに連動したジモクによる被害を防ごうとしている理由もようやく少し理解できた気がした。

 人々の安直な正義感によって他者を裁くことが出来るシステムというものがどれだけ危ういか。南は、付き合いはまだ浅いとは言え身内と呼べるような人物がターゲットになったかもしれないことで、初めてククライの断罪、そしてジモクによる攻撃の本質と危険性を始めて自身の中で言語化することが出来た。

「このままじゃ……」

 南は思わずつぶやく。

「もしそうなったら俺達にできることは無い。でも、炎上したなら然るべき機関や人に相談するとかってことが必要だ。そうなるとやらないといけないことが色々あるはずだし、今のうちに早く夢野先輩には現状を教えよう司馬っち。連絡ルートは夢野先輩と仲の良い先輩経由とかでもなんでもいいから」

 そんな南に飯塚は今後必要な対応について教える。しかし、南の頭の中は色々な考えが駆け巡り、思考がまとまらない。

 だが、そんな揺れる思考と視界の片隅がふと、飯塚のスマホの画面の動きを捉える。改めて画面を見直してみると、春サクラのイラストをトレパクであると断じた投稿の閲覧数やリアクション数が、まるで事態の加速度を示すかのようにリアルタイムにどんどんと上昇していく。


 その上昇する加速度に呼応するかのように――”怪物”が目覚めていく。

 今の南や夢野達にそれを止める術はなかった。


 ふと、南の耳にククライの声が聞こえたような気がした。

 

『やっほー!みんなのAIバーチャルストリーマー、ククライちゃんだよー! それじゃあ、今日も元気に~断罪断罪~!』

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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