怪物(1)
翌朝、南は講義室の一角で講義の開始を待っていた。だが、どうにも少し体がだるい気がする。夢野の強烈なオタトークと、そのせいで見た夢の影響で疲れが抜けていないせいだろうか。
「よお、司馬っち!」
そんな南に飯塚が声をかけてきた。
「あ、おはよう」
南が応じると、飯塚はその横に座る。
「最近調子はどうよ?」
飯塚の雑な質問に南は苦笑する。
「まあ、ぼちぼちだよ」
「そっか」
飯塚も自身が雑な質問を投げている自覚があるからか、南の反応に笑う。
「しかしお前も取ることにしたんだな、マーケティング論入門」
「面白そうだったからね。とりあえず今日、初回レポート提出日だけど大丈夫?」
南の言葉に飯塚はハッとする。
「やっべ……」
どうやら完全に忘れていたらしい。
「といってもガイダンス聞いた感想をレポート用紙一枚にまとめる程度だし、そんなに時間かからないと思うよ」
南の言葉に飯塚はほっと胸をなでおろす。
「そうだったそうだった。この後やればいいか」
「忘れない様に気を付けなよ」
「そうだな」
そんなやり取りをしていると、教室にさらに人が入ってくる。よく見ると一ノ瀬と夢野だった。二人とも講義のアシスタントなのだろうか。カバンから取り出したノートPCを講義室のプロジェクターにつないだりしている。
作業がひと段落ついたところで南の存在に気が付いた夢野が声をかけてくる。なにやら機嫌が良さそうで、やたら声が弾んでいる。
「司馬君じゃん、おっはよー!」
「おはようございます」
南は夢野の挨拶に応じて頭を下げる。
「この授業取ってたんだ!」
「はい。夢野さんSAだったんですね」
「まあねー!私先輩なんだから、講義で困ったことがあったらじゃんじゃん、聞きなさい!」
「……ありがとうございます」
何やら昨晩に負けず劣らず夢野の機嫌がやたら良い気がする。しかし、その理由が分からなかった南はまじまじと夢野を見てしまう。
「……ど、どしたの?」
南にじっと見られて夢野は少々戸惑う。
「いや、ものすごく機嫌良さそうなので何かあったのかなって」
南の言葉に夢野が大仰に驚く。
「え!あたしそんなに態度に出てた!?」
「はい。一目でわかるくらいに」
そう言って南は飯塚の方を見る。飯塚は南の視線を受けて無言で頷く。どうやら、初対面の飯塚の目にも、夢野がやたら上機嫌な人に映っていたらしい。そんな二人の反応を見て夢野は少々頬を赤らめる。
「うわっちゃー……浮かれ過ぎてたわ、恥ずかしい」
夢野はそう言ってポリポリと頭を掻く。
「何かいいことあったんです?」
南が首を傾げると、夢野は昨日のオタトークをしていた時同様に目を輝かせ始める。
(しまった)
それを見た南は昨晩の情報の洪水を浴びせかけられた時のことを思い出し、余計なことを聞いてしまったと後悔する。
「聞いてよ!それがさーあの後家帰って高町幸音の誕生日配信見てたら私の描いた生誕祝いファンアートが取り上げられたのよ!」
夢野のうれしさがどういったものであるかはいまいち想像が出来ないが、少なくとも好きな有名人に自身が手間暇かけて作成したプレゼントを喜んでもらえた、さらにそれを人前で大々的にほめてもらえた……と考えれば喜ばしいことなのだろうと南なりに理解する。
「へー、それは良かったですね。おめでとうございます」
故に南は素直に祝いの言葉を述べる。
「へへー、ありがとう」
夢野は照れくさそうに笑う。
「でさー、紹介してもらった配信でさあ……」
夢野が勢いよく昨晩の配信について語り出そうとする。そのことを察した南は、昨晩のようにまた情報の洪水を浴びせかけられると一瞬身を強張らせる。
「こら、夢野さん。もうすぐ講義始まるでしょ。いつまでもだべってないで講義の準備をする」
しかし、三人の会話に一ノ瀬が苦笑しながら割って入り、夢野を制止する。それを受けて夢野ははっと我に返る。
「す、すみません!ちょっと夢中になっちゃって……」
夢野は慌てて一ノ瀬に謝罪する。
「まあ、なんかうれしいことがあったみたいだし浮かれるのはしょうがないけどね。ただ、これから講義をする先生や受講する他の学生たちの邪魔になっちゃうのは良くないよ。そこらへんはちゃんとSAとして自覚をもって行動しましょう」
「はいっ!」
一ノ瀬からの説教に夢野は勢いよく頭を下げる。
「それじゃあ、とりあえず最前列の席で待機ね。あと五分もすれば先生来ると思うから」
「了解ですっ!」
夢野は一ノ瀬にすさまじい勢いで一度頭を下げる。
「それじゃあ司馬君、邪魔しちゃってごめんね」
それから南達にも軽く会釈をすると自身の荷物を置いた席へと移動していった。
(た、助かった……)
南は怒涛のオタトークから逃げられたと思いほっと息を吐く。それを見た一ノ瀬は軽くウィンクをしてから軽く手を振り、夢野の隣の席へと歩いて行った。
「あれ、噂の一ノ瀬先輩だよな……。色気えっぐ……。本当に同じ性別の生き物か、あれ……?」
飯塚の言葉に南は首を傾げる。
「わからない……。とりあえず自信もって同意できる気はしないね……」
そんなことを南が言っていると、講義の担当教員が室内へと入ってきた。南達は佇まいを正し、講義に備えるのだった。
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