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Hello, world!(5)

 それからさらに数時間後、バイトを終えた南達は夕食を取りに近くのファミレスに来ていた。注文したメニューが届くまで待つ中で、南はどこか落ち着かない様子で周囲を見回す。

「どうしたの?」

 南の様子を不審に感じたのか、あいねは首を傾げて南に尋ねる。

「ああ、いや……。あんまりファミレスに来たこともなかったんで……」

 そう言い淀みながら南は後頭部を掻く。


「……どういうこと?」

 南の言わんとしていることがいまいち理解できなかった夢野はあいねに尋ねる。

「司馬君、どうも家が結構厳しかったみたい」

「いや、それにしたってファミレスにも来たことなかったって……もしかして良いとこのボンボン?」

 夢野の問いが予想外だった南は目を丸くする。

「いや……うちは別に普通のサラリーマン家庭ですよ。まあ父は転勤が多かったですけど」

「そうなの?でもお父さん、結構稼いでたりしてたんじゃないの?」

 南は夢野からの質問に首を傾げる。

「どうなんでしょう。確かに奨学金を給付で申請しようとすると条件に引っかかったりしましたけど、収入としてはあくまでサラリーマンの範疇ではあったと思います」

「ふーん」

 夢野とあいねは顔を見合わせる。これ以上家庭事情に突っ込んだ話をしてよいものかどうか、二人とも考えあぐねているといった様子だ。


『お待たせしました。ご注文の商品になります』


 その時、ディスプレイに猫の顔を映した配膳用のロボットが声をかけてきた。

「あ、来た来た」

 あいねはそう言うと配膳ロボットから商品の乗ったプレートを取り出し、注文した本人へと配る。夢野はうどん、あいねはミートソースパスタ、南はハンバーグセットだった。

「それじゃ、いただきまーす」

「はいはい、いただきます」

「いただきます」

 三者三様に挨拶をし、食事を始める。

「そういえばさつきちゃん、今日も目のクマがすごいけどもなんかイラストって描いてたの?」

 話題を変えるべくあいねはそれとなく夢野についての話題を振る。夢野はあいねに言われて苦笑する。

「あー、やっぱバレてた?」

 夢野が苦笑するとあいねは頷く。

「いやね、ちょっと推しのバーチャルストリーマーが今度周年記念配信するっていうからさー、ついついファンアート気合入れて描いちゃって……」

 そう言うと夢野はうどんを啜る。それを聞いた南は首を傾げる。

「遠渡星様ってこの間デビューしたばかりですよね?」

 それを聞いた夢野が右手を立てて左右に振る。

「違う違う!そっちじゃなくて『高町幸音』の方!」

「たかまちゆきね?」

 聞きなれない名前に南は首を傾げる。そんな南のリアクションにテーブルを両手でバンッ!と叩いた後に夢野はわざとらしくかぶりを振った後ため息を漏らす。

「はあー!君は本当に何も知らんね……!」

 どうやら、あいねの質問と自分のリアクションがまたもや夢野の要らないスイッチを押してしまったらしい。そのことに気が付いた南とあいねは顔を見合わせる。

「いい?高町幸音は最近人気急上昇中のバーチャルストリーマー!主な配信は化粧品の紹介とか音楽配信なんだけども、キャラクターのビジュアルもさることながら中性的で色気のあるハスキーボイスと落ち着いた物腰が魅力的なの。特に手元配信ありのネイル配信なんてほんと素晴らしくてね。あと、手がきれいなんだけどアレって男の手なんじゃないかって噂もあってね。でもあれだけ指が長くてすらっとしててきれいな手だったらむしろ男でもアリって感じで、そういった色々想像させる感じがまた魅力的っていうか……」

 そんな顔を見合わせてる二人にも構わず夢野は自身が推している高町幸音の魅力についてすさまじい勢いでまくし立てる。

「は、はあ……」

 普段はあまり動じない南も、この怒涛の語りには少々たじろいでしまう。しかし、そんな南の様子に構うこともなく、夢野の暴走語りはその後も続く。……が、あまりにも情報量が多いためか南の頭の中にはその内容は全くと言っていいほど入って来ずに説明が右から左へと抜けていく。そして、そのまま20分程経過した。

「す、すごい熱中されてるんですね……」

 夢野から浴びせられたすさまじい熱量に圧倒された南は乾いた笑いを浮かべながら、ようやっと声を絞り出す。

「そうよ……!それだけ高町幸音も素晴らしい存在なの……!そして、素晴らしいものに出会った時……それを推すのは人類の義務!」

 そう言って夢野はよくわからないポーズをびしりと決める。その横ではあいねは既にパスタを食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいた。どうやら友人の暴走とそこから生じる奇行には慣れているらしい。しかも現在は夢野の熱量にさらされているのは南であり、彼女は被害にあっていない。そんなあいねに助けてとも言えず、なんとか夢野をトーンダウンさせることは出来ないものかと思い、南はとりあえず質問を投げてみる。

「そ、そんな熱心さで複数のバーチャルストリーマー推してらっしゃるんですか……?」

 そんな南の質問に夢野は目をくわっ!と見開いて食いついてくる。

「そうよ!推しは心の栄養!故にいくらいたって良い……と、古事記にも書いてあるわっ!」

「は、はあ……」

 どう返事したものかもわからず、南はとりあえず気の抜けたような返事をする。しかしそんな南の態度も知ったことかと言わんばかりに、夢野は迫真の笑顔で親指を立てる。

「良い、司馬君……。推し活は人生そのものよ……!」

「は……はい……」

 どう返事したものかわからず、とりあえず南は同意する。

「貴方も誰かを推してみなさい……そうすればきっと君もその素晴らしさがわかるわ……」

 ガンギマリな目をしながら語る夢野にどう返事をしたものかわからず、南はただ苦笑する。

「さつきちゃん、とりあえずうどん伸びちゃうし食べちゃったら?なんかもうだいぶ冷めちゃってるよ?」

 もはや困惑・憔悴しきった南にようやっとあいねが助け舟を出し、話題の転換を図る。それを聞いた夢野は急に正気に戻ったかのような表情になる。

「うわっ、本当だ。たしかにこれ食べきっちゃったほうがよさそうだね」

 そう言って夢野はうどんを啜り始めた。南は夢野が手にした椀の中身をそっと見る。出汁につけられた麺はすっかりと伸び切っていた。


 その後、南はあやふやな記憶の中あいね達と別れて帰宅した。寮に帰ったのは9時前だったが、大量の情報を頭に一気に詰め込まれたせいだろうか、どうにも頭がふらふらする。南は自室でシャワーを浴びると、早々に布団に入る。

 ――その晩、すぐに眠りに落ちた南は大量のオタトークと共に出汁の中につけられ、まるでうどんのように自身がふやけて伸びていく夢を見たという。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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