Hello, world!(1)
どんちゃん焼肉騒ぎをした翌朝、南は朝一の講義が実施される教室へ向かうべく、大学の構内を歩いていた。
「あれ……?」
その道中、構内の一角にある自販機の前でみさがなにやら飲料を買っているところを発見する。
「みさ先輩」
「ん……あぁ、司馬か……」
南に声をかけられてみさは振り向く。その顔色があまりにも青白く、南は若干言葉を失う。
「お、おはようございます」
「ああ……おはよう……」
みさはそう言ってから自販機の取り出し口から飲料を取り出す。何かと思えば『しじみたっぷりお味噌汁!』などと表面にプリントされている。
「二日酔い……ですか?」
みさは頷きながらも缶を開けてみそ汁に口をつける。
「まったく最悪よ……」
そう言ってみさは片手で頭を押さえる。どうやら頭痛もするらしい。
「あれ、みさちゃん?」
そんな会話をしていると、不意にみさが声をかけられる。みさと、今度は南も一緒に声のした方へと振り向く。すると、そこには眼鏡をかけた一つ結びの女性が立っている。
「……あ、おはよー……さつき……」
さつきと呼ばれた女性はみさに歩み寄る。
「大丈夫?なんか顔色悪いけど」
「あー、夕べちょっと飲みすぎちゃってね……」
「あらま……二十歳になったばかりだからって浮かれ過ぎちゃった?」
さつきの言葉にみさは目線を逸らしつつ回答する。
「いや……なんていうか怒りに……飲まれた?」
「なにそれ?」
みさの言うことの意味が分からず、さつきは首を傾げる。
「まあ、色々あるのよ……」
関わっている事象が端から見れば荒唐無稽なだけに、経緯の説明も難しいみさは言葉を濁す。
「なんかよく分からないけど大変そうね……」
みさにそう返しつつ、さつきは南の方に視線を向ける。
「ところで彼は?」
「あー、こいつは一年坊主よ。ちょっとまあ、こいつに私の仕事手伝ってもらわないといけなくなってね」
さつきに問われてみさが面倒くさそうに答える。
「司馬南です。よろしくお願いします」
紹介された南は頭を下げる。
「私、夢野さつき。あいねちゃんとみさちゃんの友達なんだ。よろしくね」
さつきは南のあいさつに手を振って応じる。
と、その時にさつきの手首に取り付けられたスマートウォッチの通知音が鳴り響く。
「あっ、そろそろ講義だから行かないと。じゃあね」
そう言うと、さつきは手を振ってその場を立ち去っていた。
「じゃあねー……」
そんなさつきにみさは手を上げ、南は頭を下げて応じる。それから南はみさをこの場にそのまま置いていっていいのかどうか思案する。
「あんたも授業でしょ。あたしのことはいいからさっさと行きなさいよ……」
そんな南の内心を察したのだろうか。みさは授業の方に行くよう促した。
「あ、ありがとうございます……それじゃあ失礼します」
そう言って頭を下げてから南は立ち去る。道中で何度か南はみさの方へと振り向くが、その度にみさはさっさと行けと言わんばかりに追い払うようなしぐさをする。
「……まったく……お人よしというかなんというか……」
みさは一人つぶやくと、近くのベンチに腰掛け、みそ汁を一気に飲み干した。
草応大学で1限目の授業が始まろうのと時を同じくして、星降神社の社務所では福田はWeb会議を開始していた。どうやら相手は澤野のようだ。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
「で、準備の進捗はどう?」
挨拶もそこそこに福田は本題を切り出す。
「そうですね。デジタルツイン上での動画撮影、音声収集機能、及びこれらの収集したデータをリアルタイム配信する機能の開発は本日中に完成の予定です。明日以降にテストしてみる予定です」
「そう。そりゃよかった。後アバターの方は?」
「勝間さんの方と話し合ってコンセプトはある程度決めました。今、デザイン案を起こしてもらっています」
そんな澤野の回答を聞きながら福田は電子タバコを一服する。
「了解。とりあえずこの戦いは演出とかも込みでどれだけ人気が取れるかどうかがキモとなる。彼女に出会えたのは思わぬ収穫だったね」
「ですね……」
澤野の回答を聞きながら福田は、かつて澤野が描いたアバターのデザイン案を思い出す。
(いや、本当に助かったよね)
福田は内心でみさとの出会いに感謝をする。
「じゃあ、引き続き頼むよ。また誰が炎上して、それに合わせてククライがいつ動き出すかは予想がつかないからね……なるべく早く体制の土台は築いておきたいところだね」
「ですね……」
画面の向こうで澤野が同意しつつペットボトルのお茶を飲む。そしてそれからため息を漏らしながらボヤく。
「本当は都市OSを徹底的に解析して、被害者の魂をデジタルツインに引き込んでいるモジュールを改修できると良いんですけどね……」
「まあねぇ。ただまあ、今既に動いちゃってる上にシステムとしては巨大だからねぇ、このOS。こいつを調査・解析するだけでもとんでもなく時間と金を食う。その上原因を特定したうえで修正しなけりゃならないとなるとね……。その上原因は我々の科学力じゃお手上げなオカルトなわけだ。それじゃこの騒動を解決するために投資する経営者はいないだろうね」
「ですね……。しかもこれ……表面上は問題なく動いていますからね……」
「そこなんだよねぇ」
そう言って福田は再び電子タバコを一服する。今度は煙を噴き出す時間が長く、ため息と区別がつかない。
「仮に人の魂をデジタルツインに移す機能が遠渡星様に教えてもらったものと同じ方式で実現されているなら、特定の人物の位置情報を特定し、その周辺で特定の周波数の電磁ノイズが発生するような挙動を起こすようなコードが都市OSの中に埋め込まれていることになる。だけどそれは、はたから見ればただ実害も何もない電磁ノイズが発生しているだけだからね。それなら対処する必要は別にないと考えられてしまうのも致し方ない」
「そうなんですよね。しかし、そんなコードがこの都市OSの中に埋め込まれているって偶然、そうなったんでしょうか?それとも誰かが作為的に?」
澤野の言葉に福田は天を仰ぐ。
「現状手掛かりがなさ過ぎて何も分からないよ」
福田の回答に澤野はため息を漏らす。
「都市OSに仮にそういった機能を人為的に埋め込んだ人物がいたとして、その人物とククライを生み出した人物が同一人物でない可能性も十分考えられるからね」
「たしかに……」
福田は澤野が頷いたのを見て、頭を掻く。
「ククライの製作者が分かる方法があれば良いんだけどね」
「それも難しいですよね。我々は捜査機関ではないからそんな権限無いですし……。仮に警察であったとしても、ククライの配信は悪趣味ではあるけども……あくまでネット上の炎上を個人情報には触れない様にしながら煽って藁人形を処刑しているだけのコンテンツですからね。それに対して事件性を見出して令状を取って情報開示をプロバイダにさせるなんてことは出来ないでしょうね……」
それを聞いた福田はため息を漏らす。
「まあ、当面我々は対処療法に回らざるを得ないわけだ。ただ、そうするならそうするで、準備をしっかり整えよう。引き続きよろしく頼むよ」
「了解です」
「じゃあ、一旦報告会はここまでとしよう。お疲れ」
「お疲れさまでした」
澤野の挨拶を確認してから福田はWeb会議を終了させる。それから電子タバコを一旦停止し、吸い殻を灰皿に捨てる。それから近くに置いてあったペットボトルのお茶を一飲みしてからため息を漏らす。
「先はまだまだ長そうだな……」
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