奇縁ロマンス(7)
「ここにいたのか」
星降神社の一角にある桜の木の横で、南は夜風に当たっていたところで不意に声をかけられる。
「遠渡星様」
南は振り返り、自身を呼んだ人物の名を呼ぶ。
「良いのか?どうやら呼んでいるようだぞ」
遠渡星はそう言って社務所の方を指さす。社務所の中からは『司馬ぁ!どこ行った司馬ぁ!』とみさの叫ぶ声が聞こえる。
「むしろいかない方がよさそうな気がします」
そう言って南は苦笑する。
「そうだな」
遠渡星は相も変わらず穏やかに笑う。
(この人、ほんとであった時からずっと穏やかだな……)
南がそんなことを思っていると、遠渡星が南に疑問をぶつけてくる。
「南、君は酒を飲まんのだな」
「まだ18ですから」
南の言葉に遠渡星が納得する。
「そう言えば最近、この国では法律で酒は二十歳からになったのだったな」
言うほど最近だったろうかと南は首を傾げる。
「しかし、前にあったことを思い出すな。希継やその仲間達もああしてよく、食卓を囲んで……飲んで……騒いでいた」
「……」
伝承にも残っていた天司希継、その存在は彼にとってかけがえのない遠い昔の思い出だからだろうか。それとも、彼が地球とは異なる星から来た存在だからであろうか。同じ人間のような姿をしているが、彼の目線はどこまでも遠くを見ているように南には思えた。
「あの頃の私は希継と融合していたからな、希継の仲間たちと直接言葉を交わしたことは無い。しかし、希継が仲間を大切に思っていたことは感じていた。そして、彼の仲間達も希継を思っていた。そうした者達が共に杯を交わす団欒の時間は私にとってもまた、尊いものだったよ」
そんな遠渡星を眺めていて、胸にふと湧いた疑問を南は口にする。
「遠渡星様はどうして、協力してくれるんです?」
南がそう聞いたとき、夜の風が吹く。神社の境内の桜のがその風に煽られ、花弁が舞い落ちる。月明かりに照らされた花弁の中佇む遠渡星が口を開く。
「それが、希継から託された”願い”だからだ」
「願い……」
南のつぶやきに希継が頷く。
「ああ、希継は私を『この地を見守っていて欲しい。また何かがあったら、この地に生きる者達の力になってほしい』という願いを込めて、この地に祀ったのだ。なれば、今この地で起きているジモクやククライに関する騒動を鎮めようとする者達に協力するのは当然のことといえよう」
遠渡星の説明に南は納得する……が、同時にさらなる疑問が沸き起こる。
「でも遠渡星様……今、星降スマートシティで起きている事件ってすごいくだらないですよ?被害者になる人だって、自己顕示欲とかからしょうもないことをして、それが原因でジモクに襲われたりしてるわけですよね?なんならジモクに襲われたまんまにした方が、この土地のためには良かったりする可能性だってあるんじゃないですか?」
南の質問に遠渡星は、右手の親指を顎に当てて考える。
「ふむ、南。君は君でとても物事をよく考えているのだな」
「えっ、いや、そんな……」
神様に褒められる……というなかなかにありえない経験に、南は困惑する。
「だが南、私は君の言う『しょうもないこと』の原因となる欲が、この星の人間を前に進ませてきた側面もあると思っている。そういった部分も含めて紡がれる人間の営みを案外、私は愛しているんだ。だからまあ、マガヒュドラの霊力を用いた私刑のようなもので、それを壊してしまうのは良くないのではないかと思っていてな。この星の人間のことは極力、この星の人間自身の手で結論を出すべきだと思っている」
「……なるほど」
遠渡星の説明に、南なりに納得する。少なくともこの神様は、ククライによるエンタメ化された私刑を良しとせず、自分なりの考えを以て事態の対処に協力しようとしてくれているのだということを理解することが出来た。
「まあ、それに今日の私は、欲望に基づいた人間の営みの積み重ねのおかげで楽しい経験を積むことが出来た」
遠渡星の言葉に南は首を傾げる。
「と、言いますと?」
「今日、ゲームに初めて触ったがあれはなかなかに面白かった。ああいったものを作った者達の問答記事等もあいねに勧められて読んで見たが、彼らには何か自分を表現したい、それによって自分を認めてもらいたい……という感情が原動力になったものも少なからずあったように私には思えた。それに、ゲームを触るきっかけになった配信とやらだって、自分のことを人に見せたいという欲求から発展した文化という側面があるのだろう?そう考えると私は一概に自己顕示欲のような感情が全て悪だとも思えないのだ。要は感情の発露の仕方が大事なのではないかな」
「……なるほど、そういうものですか」
理解できたような出来ないような、南は頭をポリポリと掻いた。
「少なくとも私はそう思っているよ。それに今日、君も初めてゲームに触ったようだが、楽しかっただろう?」
(とても神様から聞かれるような話には思えないよなあ)
不思議な気分になりながら、南は答える。
「そうですね。……あんな楽しいものだったのですね」
そんな南の回答に遠渡星は『そうだろう』と軽く頷き、それから続ける。
「君にそういった時間を与えるきっかけになったなら、きっと人のしょうもない欲だってそう悪いことばかりではないよ」
「そうなのかなあ……」
どうにも南にはピンとこない話である。そんな南の内面を見透かしたかのように遠渡星は言葉をかける。
「南……君はまず、自身がどうありたいか、どうなりたいかということを考えたこともないのだろう」
「……」
遠渡星の指摘に南は押し黙る。確かに自分がどうありたいか、どうなりたいかなど考えたことは無かった。ただ自分の中にあったのは……
「逃げたい……だけでしたから」
絞りだすように南は吐き出す。その言葉を吐き出すだけで、過去を思い出し胸が苦しくなる。自分を否定する数々の母親からの言葉――。友達もおらず……でも自宅にも帰りたくなく……一人で図書館にいつもいたこと――。
「それはそれで良いんじゃないか?」
南が言葉を吐き出しながら自分の感情を整理する様子を見守っていた遠渡星は、不意にそんな言葉を投げかける。そして、南はそんな遠渡星の言葉に驚く。
「君が自分自身を守るためだったのだろう?そして、そうしなければ君には自分と向き合う時間や気力が無かった。それはそれで仕方のないことだろう」
自身の過去と感情……そこを否定せずに受け止めてくれるような遠渡星の言葉に、南は不意に泣きそうになる。
「まあだからこそ、自分には『何かになりたい』『自分を特別なものに見せたい』といった欲望と、それに伴う行動が理解できないのだろう」
遠渡星は言葉を続ける。
「君は逃げたいと思うような状況からは脱することが出来たのだろう?私は楽しみだよ。これからどのような道を歩み、君がどのように変わっていくのか。その先で君がどうなりたいと思うのか、そして人々に自分をどう見てもらいたいと思うようになるのか……」
遠渡星は再び笑う。
「ようこそ、私が見守るこの街へ」
「……ありがとうございます」
涙がこぼれそうになるのを堪えながら、南は感謝の言葉を吐き出す。しかし、何故自分は泣きそうになるのを我慢しているのか、それすら分からないでいた。
そんな南の内面を察しているようだが、遠渡星はそのことに触れる様子もなく、ただ星空を見上げている。直後、風が吹き、桜の花びらが舞い散る。神様と舞い散る桜……その幻想的な光景が南の脳に焼き付いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
皆様の応援が執筆の励みになります。
もしよろしければ評価ポイントやブックマーク、レビューや感想等いただけると幸いです。
よろしくお願いします




