奇縁ロマンス(5)
「えー……とりあえず気を取り直しまして……、今後の遠渡星様の配信についての打ち合わせをしたいと思います……」
先ほどのみさのやらかしに対する困惑が抜けないまま、どこかぎこちない物言いで澤野は打ち合わせの開始を告げる。
「ああ、よろしく頼む」
そんな澤野の内面も梅雨知らず、遠渡星は相変わらず穏やかに、にこやかに返事をする。
「よろしくお願いします」
みさはみさで、さっきの凶行が嘘のように落ち着いた態度で返事をする。
(さっきあんな醜態晒したのに……すごい神経してるなあ……。妹さん絡むとほんとおかしい人になるんだよな……)
そんなことを考えながら、澤野はみさが醜態を晒す原因となった二人を見る。南は相変わらずゲームに悪戦苦闘し、あいねはその横でアドバイスを送っている。
「これ、本当に難しいんですねぇ。初見でクリアできた遠渡星様がすごいってこと、ようやく理解できました」
「でしょ?でも司馬君も初めてプレイしてこのステージまで来られたんだから十分すごいよ」
「そ、そうですか?」
ストレートに褒められ、そういったことに慣れてない南は思わず照れる。その様子から、何か勝手に存在しないはずの不穏な気配を感じ取ったみさは南をキッと睨みつける。みさからの強い視線を受けた南は思わずビクッと身体を震わせる。そんな三人の様子に呆れた澤野は軽く咳払いをする。
澤野からの圧を受けて、みさは佇まいを直す。それを見た南とあいねもゲームを切り上げて姿勢を正す。
(いや、別に君たちは聞かなくてもいいんだけどね……)
澤野はそう思うも、まあ別に良いかとも思い気を取り直して打ち合わせを再開する。
「さて、それじゃあ議題だけども今日は戦闘時のアバターについてだ」
「戦闘時のアバター?」
澤野が提起した議題の意味がよくわからずに南は尋ねる。そんな南の言葉に澤野は頷く。
「ああ。前回司馬君が憑依したアバターは遠渡星様に関する過去の文献の挿絵をデータ化し、それを生成AIに食わせることで自動で作成してもらったものだ。ここまではわかってるね?」
「はい、まあ」
澤野の言葉に南は頷く。南のリアクションを確認した澤野は言葉を続ける。
「でだ。この先戦っていくことを考えると色々なシチュエーションでの戦闘が想定されると思うんだ」
澤野の言葉に南は首を傾げる。
「色々なシチュエーション……?」
南の鸚鵡返しに澤野は頷くが、当の本人は今ひとつ理解しきれていないようだ。そんな南の様子にみさが助け船を出す。
「たとえばこの間の戦いでは、あんたは牧野を助けたでしょ?あの時にもし、ジモクがあんたの存在を早めに認識して、合体しないまま、路地裏とか駆使しながら牧野担いで逃げ回らってたらどうなってたと思う?」
みさに言われて南は想像をしてみる。スターゲイザーのアバターは巨大であるため、人間大サイズのジモクと戦うときは周囲の建物などが邪魔になる可能性があることに思い至る。
「それは戦いづらいですね……」
「でしょう」
そう言ってからみさは続ける。
「巨大な状態で下手に小さな敵と戦うことになった場合、周辺の建物を壊してしまったりする可能性があるでしょ?そうすると現実の都市運営にも影響が出る可能性があるのよ」
「そういえば、戦いのときに自分があっち側のビルや車を壊したせいで、移動中の車や街の電気なんかが止まっちゃったりしたんでしたっけ……」
南の言葉にみさは頷く。
「だからまあ、戦闘の際に相手の特性等に応じて適切な対応策がとれるように戦い方が異なるアバターを複数用意しよう、という話になったの」
「なるほど」
みさの説明に南はようやく納得する。
「で、この先はさらにジモクとの戦闘自体も配信していくことになるのだから、エンタメ的にも盛り上がるようなビジュアルや演出もつけたらどうだって福田さんに言われてね」
ここで澤野がみさの説明を引き取る。そんな二人のリレー的な説明に南はうんうんと納得する。それから何の気なしに脳内に浮かんだ疑問を澤野にぶつける。
「澤野さんはアバターのデザインとかはしないんですね」
南の質問に澤野はしょんぼりとした顔をする。
「うん、自分でも一度デザインしたんだけどね。福田さんから却下だって」
そう言って澤野は鞄からノートを取り出し、その中のあるページを見せる。
「!?」
「これは……」
ノートに書かれていたものを見て、南達は思わず言葉を呑む。そこに描かれていたものは何なのか、南には理解が出来なかった。そこには人型かどうかも怪しい得体の知れない何かが描かれている。眺めていた三人はノートに描かれた得体の知れない何かを眺めている内に漠然とした不安感に襲われる。
「な、なんですか、これ……」
南の絞り出した質問を聞きながら、澤野は後頭部をポリポリと掻く。
「いやー、人型ヒーローっぽいものを描こうとしたんだけどね……なかなかうまくいかないよね。これだと3Dモデルとか起こしづらいだろうし」
そんな澤野の言葉に南は思わず首を高速で左右に振る。
「ん?どうしたの、司馬君」
「いやいやいやいやいや、コレ、3Dモデルとかそういう問題ですか………?」
南はおそるおそる澤野が描いた得体の知れない何かを見ながら尋ねる。
「そうじゃない?でも、ここらへんの手とか腕の部分とか凝りすぎちゃって、モデル作るの大変そうなんだよなあ」
そう言って澤野が絵の一部分を指差す。その部分が人体かどうかも怪しい何かから生えた尻尾のように見えた南は絶句する。
(腕!?じゃあここの部分にある辛うじて腕っぽく見えるパーツは一体……?いや、全体を見るとそれすら些末なことに見えてくる……)
そんなことを考えてる南の横でみさが一人ぽつりと呟く。
「画伯……」
とりあえず澤野の絵が何なのかわからない南は根源的な質問を投げかける。
「これはもっと抽象的な概念とかそういうのを絵に落としたとかじゃないんですね……?」
南の質問が何を意図しているのかわからず、澤野は首を傾げた。
(とりあえずこれに憑依するのは無理……絶対無理……。何か頭がおかしくなりそう……)
そんなことを考えながら、南は澤野案を却下をしてくれた福田に内心で感謝するのだった。
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