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デストピア(1)

チートも無双もあるのに俺の異世界転生は何かが間違っている ~女神様、トラックが変形して勇者はちょっと色々ズレてますと並行連載する予定です。


両方の作品をよろしくお願いします。


 「……この草応大学星降キャンパスは三河自動車が主導する星降スマートシティとの共同研究を推進すること、そしてその共同研究を通して未来の社会を文理の垣根を越えてデザインできる人材を育成することを目的として三年前に設立されたキャンパスです。新入生諸君には最先端の技術と豊かな自然が共存する環境の中で、その能力を最大限に伸ばし、発揮していただきたい」

 目が痛くなるほどに真っ白な講堂のステージの上で、恰幅の良い壮年男性が語る。講堂の聴講席に座る少年少女たちは、彼の言葉に目を輝かせる。彼ら彼女らの胸中にあるのは大学入試を突破したという自負だろうか、それともこれらからの学生生活への期待だろうか。

「我々は、未来を創造するイノベイターとして皆さんが成長していく姿を楽しみにしています。みなさん、本日は改めまして入学おめでとうございます。これをもって皆様の入学オリエンテーションの挨拶、そしてガイダンスとさせていただきます」

 男性はそういって自身の演説を締めくくり、頭を下げる。学生たちはそれに拍手を以て応じる。そんな周囲の様子を一度見回して確認してから、遅れて拍手をする少年が一人いた。彼が着席している席の机上に置かれている学生証には「司馬 南」と彼の氏名が記されている。

 男性が壇上から立ち去り、拍手が収まると大学のスタッフの男性がオリエンテーションを進行させる。

「学部長、ご挨拶ありがとうございました。続きましては、教務課の方から皆様へ今後の履修登録、および語学クラスのクラス分けテストについて案内をさせていただきます……」

(新しい建物の臭いがするなあ)

 学部長の挨拶とガイダンスを聞いたからだろうか、新しい建物特有のホルムアルデヒドの臭いを嗅いだからだろうか。自身が今までの生活とは違う環境に来て、新しい生活のスタートを切ったことを南は実感していた。これは、期待なのだろうか、それともあの生活から逃げられたことへの安堵なのだろうか。そんな整理できない感情は履修登録の説明という新たな情報に押し流されていった。


「うーん、やらなきゃいけないことが色々あって大変だなあ……」

 それから二時間後、ガイダンスを一通り聞き終わった南は大学近くのコンビニ『24フレンド』の従業員休憩室で大量の書類を眺めていた。この店舗ではスペースに余裕があるのか休憩室がバックヤードとは別に用意されている。現在の彼はコンビニの従業員の制服を身にまとっており、胸の名札には『研修中』のシールが貼られている。書類は『履修手続きの手順』や『語学テストの案内』『学内システムの手続き』『健康診断のおしらせ』などと多様、かつ多量だ。

「バイトの時間までにやること整理しておかないと……」

 彼はそんなことを一人つぶやきつつ、書類に目を通しつつノートにこの後自身がすべきことを書き込んでいく。そんな彼に突然声をかける者がいた。


「それ、使わないの?」


 突然声をかけられて驚いた南は一瞬身体を震わせ、書類から視線を上げる。彼の上げた視線の先には、朗らかな雰囲気の女性が立っていた。彼女の胸元の名札には『勝間あいね』と名前が記されている。

「勝間先輩。それって?」

 勝間あいね、彼女は南が通うキャンパスのある星降市に住んでいる短大生であり、同時にバイトの先輩でもあった。南は彼女が指す『それ』が何のことかわからず、首を傾げて聞き返す。

「それって、そのスマホだよ。学校で支給されたんでしょ?」

 あいねはそう言ってテーブルの上に置かれた電源の入っていないスマートフォンを指さす。

「よくご存知ですね」

「お姉ちゃんも君と同じ大学だから多少はね。なんか学校生活をサポートするためのアプリとかいろいろ入ってて手続きとかも便利にできるんでしょ?」

 星降スマートキャンパスでは学生たちに専用のスマートフォンを配布している。スマートフォンには様々なアプリが入っており、授業の出欠や学食の予約、健康的な生活を送るためのモニタリングや語学学習、自動運転車の手配などと多岐にわたるサービスを受けることが出来る。

「みたいですね。さっきのガイダンスでもそんな話を聞きました。ただ……」

「ただ?」

「俺、こういうスマートフォンとか触ったことないもんで。バイト終わってから後で家でゆっくり触ろうかと思ってたんですよね」

 南の返答を聞いたあいねは一瞬フリーズする。そして、恐る恐る南に問う。

「……スマートフォン触ったこと……ないの?」

「はい」

 あいねは口元を両手で覆い、声を上げる。

「えー、現代でそんな人いるんだー!すごいねー!」

 果たしてこれは感心しているのだろうか。あいねの内心を南は測りかねる。

「母が厳しかったものでして」

 そう答えながら、南は自身の胸が少し苦しくなるのを感じる。脳裏に小学生や中学生、高校生の頃の記憶が蘇る。母が禁止したため友達が持っているゲーム機や玩具などもろくにもっておらず、クラスの友人たちと会話を合わせることが出来なかった……そんな苦い記憶だ。

「へー、そうなんだー。でもそれじゃあ、友達と連絡とるときとかどうしてたの?」

 そんな南の内心を知る由もないあいねは朗らかに問う。

「友達、あんまいなかったんで困らなかったです。転校多くて」

「あー……なんかごめん」

 なにか南の心の地雷を色々踏んでしまったのではないか……と、思ったあいねは一瞬言葉に詰まる。もっとも当の南は何事もないような態度での物言いだったりするのだが。

「いえ、気にしないでください」

「そういってもらえると助かる~。でも司馬君、そうは言っても何か悪い気がするし、この勝間先輩がスマホの使い方もしっかり教えちゃいましょう!」

 あいねの言葉に南は軽く頭を下げる。

「それはありがたいですけど……良いんですか?」

「私、君の教育係だからねー。だからこれはお仕事だよ、お仕事。心配しなくて大丈夫」

「そうなんですか?」

「そうそう。それに君の業務にスマホ、必要だし」

 あいねに言われて南は面接した時に説明された業務内容を思い出す。

「配達……ですよね?スマホ必要なんですか?」

 南の回答にあいねは軽く「あちゃー……」とため息を漏らす。

「司馬君よ!この星降スマートシティには三河自動車製の自動運転車がたくさん走っていることは君も知っているね?」

 南は無言で頷く。

「君にはこの自動運転車を使って、依頼のあったお客様のところに商品の配達をしてもらいます。さて、ここで問題!自動運転車はどうやって手配するでしょうか?」

 そういわれて南は考え込む。

「タクシーみたいに手を上げるとか?あとは電話で呼ぶとか?」

 南の回答にあいねは手を胸の前で交差させる。

「違いまーす!正解は『スマホのアプリで手配をする』でした!」

 そう言ってあいねは懐から出したスマートフォンの画面を見せる。24フレンドのロゴが入ったアプリの画面上には地図と配達依頼情報のリストが表示されている。

「このアプリで配達をする注文情報を選んでタップすると、従業員が勤務している店の駐車スペースまで自動運転車を手配してくれるの。従業員は自動運転車が来るまでに商品を用意して、それを持って到着した自動運転車に乗り込んで、お客さんのところまで運んでもらって配達する……っていう流れになってるの」

「はあ……ボタン1つ押すだけで車が勝手に迎えに来てくれるんですか……。すごいもんですんねえ……」

 想像を超える便利さに南はただただ嘆息する。技術の進歩というものはすさまじい。

「すごいよねえ。で、このバイトをするためには自分のスマホにアプリを入れることは必要不可欠なわけ」

「だから俺にスマホの使い方からレクチャーするということは仕事の範疇だ……ということですか」

「そういうこと。だから気兼ねなく教わっちゃいましょう!」

 あいねの言葉に南は頭を下げる。

「そういうことならお言葉に甘えまして……ありがとうございます」

 そんな南の態度にあいねは軽く胸を張る。

「素直でよろしい!では、お教えしましょう~」

 こうしてあいねによる南へのスマホの使い方レクチャーが始まった。


 あいねによる南へのスマホレクチャーが始まって30分後、二人がいる休憩室に近づてい来る一人の男がいた。彼もまた、24フレンドの制服を着用しており、胸からは「店長 飯田昭」と役職と本名が記されたネームプレートをぶら下げている。

「さて、今日から新人君の研修か。いい子そうだったし、よく働いてくれるといいなあ」

 そんなことを言いながら、休憩室のドアノブに手をかけようとしたところで、室内から女性の声が聞こえてきて一瞬店長の動作が止まる。


「ほら、ここを押して……。それで、そう、ここに入れるの」

 優しいあいねの声。それにこたえるのは不安そうな少年の声だ。

「こうですか……?自分、初めてで……」

「大丈夫、私が優しく教えてあげるから」

「は、はい……」


 聞こえてきた会話の内容に絶句した店長は勢いよく扉を開けて休憩室に入り込み、若干声を裏返らせながら叫ぶ。

「な、何をしてるの君達!?」

 そんな店長の声に、室内にいた南とあいねは振り返る。南は片手にスマホを持っている。

 あいねは店長の様子に首を傾げながら笑顔で挨拶をする。

「あ、店長お疲れ様です」

「店長お疲れ様です。今日からよろしくお願いします」

 あいねに続いて南も丁寧に頭を下げる。そんな二人の要素を見て、店長は拍子抜けする。

「アレ……君達……ここで何を?」

 店長の様子を訝しみながらもあいねは店長に答える。

「司馬君にスマホの使い方とか教えてたんですよ。彼、全然スマホとか触ったことないっていうから」

 なるほど、押すとはGUI上のボタンのことであり、入れるとはスマホアプリやデータのことなどであったらしい。自身が早合点をしていたことをようやく理解した店長はがっくりと肩を落とす。

「はは……なるほどね……」

 様子のおかしい店長をあいねは心配そうに見つめ、南はいつもと比べて様子がおかしいということすら分かっていないため平静に店長を見つめていた。

「と、とりあえず司馬君への業務内容の説明は私の方で引き継ぐよ。勝間さんは今日はもう業務時間終了だったでしょ?もう帰って大丈夫だよ」

「え、ほんとですか?やりぃ」

 あいねはそういうと軽く両手でピースをする。

「それじゃあ司馬君、今から業務の説明を始めるから僕たちはバックヤードに」

「了解です」

 南は店長の指示に従いながら休憩室を出る。

「じゃ、店長お疲れ様です。司馬君、またね」

 あいねはそんな二人に声をかける。

「お疲れ様」

「はい、またよろしくお願いします」

 あいねに挨拶を返しつつ部屋を出ていきながら、南は自身がこれから自力でお金を稼いで自活をしていくことに、思ったより気合が入っていることに気づく。今の今まで自覚をしていなかったが、母の影響力から逃れて自活をしていくための手段として、このバイトを思ったよりも重要であると感じているのかもしれない。

 

 それから十数分後、挨拶もそこそこに店長か説明を受けつつ、南は配達業務に従事していた。彼はバックヤード内でスマホのカメラでバーコードをスキャンしながら商品を大きく四角いバッグに詰め込む。

「それじゃあ司馬君、さっき勝間さんが教えてくれた手順に従って、実際に配達をしてみようか」

 そんな南に店長は、これからなすべき業務を説明する。

「はい」

 それを聞いた南は、返事をしながら頷き、そしてスマホアプリを操作し始める。画面には注文の商品をすべてスキャンし終わったことを伝えるメッセージと、その下に「配車開始」と書かれたボタンが表示されている。南は画面上のボタンを押す。すると、スマホから「駐車場に停車中のナンバー星降200 15-56の車両をご利用ください」と音声が流れる。

「じゃあ駐車場に行こう」

「分かりました」

 南は頷くと店長と共に店の外へ出て、駐車場へと向かう。

 駐車場には一台の車が止まっており、側面の車窓に備え付けられたデジタルサイネージには『24フレンド 商品配達待機中』と表示されている。

「アレだね。じゃあ、乗ってみて」

 店長に言われて頷いた南は、車に近づくと後部席のドアに設置されたリーダーに自身のスマホの画面を向ける。画面にはアプリから発行されたQRコードが表示されており、それを認識した車はロックを解除してドアを開けると『司馬南さん、お疲れ様です。どうぞ中にお入りください』と音声を流す。

(車ってこんな流暢にしゃべるんだなあ)

 感心をしつつ南は促されるままに車内へ乗り込む。

「それじゃあ司馬君、あとは車が運んでくれるから、お客さんにその商品をお渡ししてね」

「了解です」

 南は頷くと、アプリの「発車」ボタンをタップする。

『それでは出発します』

 車は発車通知音声を流すとそのまま発進し、駐車場の外へと進んでいった。


「うわー……」

 南は目の前の運転席で自動で動作するハンドルやアクセル、ブレーキを眺めて驚きの声を上げる。過去には何度も新聞やテレビで自動運転が発展しているという話は聞いていたが、実物を見せられるとただただ感心することしか出来なかった。

 そして、車の窓から街を見回す。現在自分が乗っているような自動運転車がそこかしこを走っており、そのどれもがスムーズに街中を流れていくことに南はさらに驚く。


(……これなら、嫌な思いをすることなんてないんだろうな……)

 南の脳裏を過去の記憶が過る。車を運転しながら渋滞や他者の運転にいつも苛ついていた母の記憶だ。


『まもなく、目的地周辺に到着します。降車の準備をお願いします』

 しかし、配達目的地への到着を告げる案内音声が南を現実に引き戻す。


「……今はちゃんと、目の前の仕事をこなさないとな」

 南は一人つぶやくと、軽く左右に頭を振った。直後、車が止まりドアが開く。南はバッグを背負いながら車の外へ出る。

「あれ?」

 車から降りた南は周辺を見回し、さらにスマホの画面を確認しあることに気が付く。

「これ、目的地からちょっと離れてる?」

 何故だろうか。だが、その疑問に答えてくれる人間はいない。ただ、確認してみると目的地までの距離は現在地から200メートル程度らしい。

「まあ、歩けるからいいか」

 南はそう言って歩き出した。

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