インパーフェクト(6)
牧野をククライの断罪配信から救った三日後、24フレンドで配達業務を終えた南はバックヤードで帰宅の準備を進めていた。福田が言うには奨学金がもらえるらしいが、そのための手続きには時間がかかるらしい。そのことを考えると、奨学金が入ってくることを確認できるまではある程度はシフトに入り資金を稼いでおいた方が良いだろうと考え、南は変わらずに勤務を続けることにしたのだった。
「おっす、司馬君」
南が帰ろうとするとき、トイレから出てきたあいねが声をかけてきた。
「あいね先輩、お疲れ様です」
「司馬君も勤務時間終わり?」
「はい」
あいねに問われて南は頷く。
「そっか、あたしも今丁度シフト上がるところなんだよ」
そう言いながら二人は店の自動ドアを抜ける。すると、そこには牧野が立っていた。
「牧野さん!?」
予想外の人物がいたことにあいねは驚く。
「もう、退院したんですか?」
南も驚きながら気になったことを牧野に問う。そんな南に牧野は頷く。
「まあね。元々外傷とかあったわけじゃないし……。目が覚めたらすぐに退院になったよ」
「そうなんだ。良かった!」
あいねは素直に牧野の回復を喜ぶ。
(……)
その一方で、南は南で密かに胸をなでおろしていた。先日の事件の後、ジモクによる攻撃を再び受けていないかと心配していたが、どうやら杞憂であったらしい。
「でも、どうしてここに?」
そんなことを考えている傍ら、あいねは牧野に問う。その問いに、牧野は気まずそうに笑う。
「ああ。バイト……やめることにしたんだ。店に散々迷惑かけちまったからな」
「牧野さん……」
あいねはそれ以上何も言わない。いくらあいねが牧野を許したとしても、周囲の状況はどうなる者でもない。それが牧野の責任であることも含めてあいねは理解しているのだ。
「だからまあ、退職の連絡と……ここに関係する人たちに謝罪しに来たんだ」
「そういうことですか……」
南はそう呟いて納得する。
「まあ、それもあんた達で最後だ。今回のことは本当に迷惑かけてすみませんでした!」
そう言って牧野は頭を勢いよく、深々と下げる。それから、牧野はゆっくりと顔を上げ、二人の顔をじっと見てから一言気恥ずかしそうに小声でつぶやいた。
「そ、それと……ありがとう」
牧野の言葉に南は首を傾げる。
「あいね先輩はともかくなんで俺まで?」
南の問いに牧野は首を傾げ考え込む。
「ちょっとここ数日何があったか記憶から抜けてるんだけどさ……それでも、あんたにも何か感謝しなきゃいけない……なんかそんな気がするんだ」
その言葉に南は軽く驚くのだった。どうやら昨日のジモクとの戦いに関連するあれこれについては記憶から消えているようだが、それでも彼女の中で強く記憶の奥底に残っている思いがあったらしい。
(スターゲイザーの中身は俺だって知らないはずなのにな……)
牧野は直感的に何かを感じ取っていたのだろうか。もはやそれを知ることは難しい状況にはなってしまったが、それでも、南の胸は今まで感じたことが無い不思議な気分に満たされていた。
「牧野さん、バイト辞めてこれからどうするの?」
南の思索の横であいねは尋ねる。
「ああ、大学ももうやめようと思ってる。それから……この街を出るよ」
「そう……」
あいねは牧野の回答に少し寂しそうな表情を浮かべる。しかし、炎上動画騒動のことを考えると、この街で生きていくのはしんどいであろうことも想像に難くない。今日日インターネットでどの地域もつながっているとはいえ、他所の土地に行けば炎上騒動の主犯であるとバレる可能性は低いだろう。
「牧野さん……お元気で」
南はそう言って牧野に頭を下げる。そんな南に牧野は苦笑する。
「あんたはほんとよくわからないなんかズレたやつだな……。まあ、うん、ありがとう。そっちも……元気でな」
牧野はそう言うと、手をひらひらと振って背中を向けた。
「……」
牧野が自動運転車でその場を立ち去るまで、南とあいねは無言でその背中を見守っていた。
そんなことがあった翌日、南は星降神社へと訪れていた。もっとも、訪れた理由は福田の注文の配達である。南はついでというわけでもないが昨晩の牧野の顛末について報告する。
「へぇー。彼女、街を出るんだ。そりゃよかったんじゃない?」
福田はそんなことを言いながら、南が配達した商品の入った袋から取り出したフライドチキンに齧り付く。
「良かった?」
福田の回答に南は思わず眉を顰める。いくら自業自得とはいえ、地元から出て田舎くてはいけなくなったことのどこが良かったのかが南には分からなかった。そんな南の内心を察したのか、福田は追加で説明を加える。
「だって、炎上した人間がこの街に居たら危ないじゃない」
「危ないって言いますと……?」
南の問いに福田はチキンをお茶で流し込んでから答える。
「だって、この街居たらククライの配信でデジタルツインに魂連れてかれちゃうかもしれないリスク背負い続けることになるのよ?そんなのおっかないじゃない」
福田の言葉に南は首を傾げる。
「あれ?ククライの配信の影響受けるのってこの街にいるときだけなんですか?」
南の問いに、ビニール袋から今度はおにぎりを取り出しながら福田は頷く。
「まあ、霊的な力を持っているのはこの街のデジタルツインだけだからね。あくまで検証中の仮説みたいなもんだけど、そう考えて間違いないと思うよ。逆に言えば、ククライの配信関係なく、この街で人々の顰蹙を買えば、デジタルツインに連れていかれてジモクに襲われる可能性はある……ってこと」
そう言って福田は、今度はおにぎりを頬張り始める。それからおにぎりをペットボトルのお茶で流し込み、言葉を続ける。
「まあ、ククライもどういうわけか別地域に住んでいる人間の炎上事案は取り上げたことがないし、この街の外に住んでいる人間がデジタルツインに引き込まれて意識不明になった事案は今のところないんだ」
「そうなんです?」
南は思わず目を見開く。福田はそんな南を見据えて頷く。
「……だとしたら、ククライっていうのはなんなんです?なんでこんなことをしているんです?この街で炎上した人間を罰するためだけにこんなことしてるなんて、神かなにかのつもりですかね?」
南の言葉に福田は、ペットボトルの飲み口の方をつまみ、そしてそこの部分で円を描くようにくるくると回しながらつぶやく。
「『この街では誰もが神様みたいなもんさ。居ながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。・・・何一つしない神様だ』ってところかね」
福田の言葉に南は首を傾げる。
「なんです、それ?」
南の問いに福田は苦笑する。
「今時の若い子は知らないか。機動警察パトレイバーの劇場版だよ。この街でこういった分野に関わるなら見といて損はないよ。まあ、見といたほうが良いのは一作目だけど」
「はあ……」
何故今、そんな映画のセリフを持ち出したのかわからず南は怪訝な顔をする。
「まあ、あれだよ。本質的にはククライは何もしてないのと同じだよ。そんなものがあろうとなかろうと、今のこの時代はネットワークを通じてあらゆる現実を知ることが出来る。それこそ神のようにね。そして、神が与えない罰を、自分たちの正義感から人々は勝手に与えている。ククライがいるかいないかは案外、そこまで大きな問題じゃないのさ。ククライの正体がAIか、人間であるか……ということも含めてね」
まあ、結果の出力に差は有るかもしれんがね……と、付け加えながら福田はペットボトルを置く。
「……」
南は、いまいち福田の言うことが理解しきれず押し黙る。
ペットボトルの底のお茶が、遠心力で静かにくるくると回っていた。
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