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HATENA(6)

 感情があふれ出した牧野を宥めてからしばらくして、南達は病室を出て1Fの待合室に戻ってきていた。待合室にはそんな南達を待ち受けていた一人の男がいた――福田だ。

「え?福田さん?」

 南が驚きの声を上げる横でみさが苦虫を嚙みつぶしたような顔をし、呟く。

「やっぱり……」

 みさの言葉の意味が分からず、一瞬引っかかる。しかし、その引っかかりに気を止める時間を与えないかのように近づいてきた福田が南達に声をかける。

「や、お見舞いお疲れさん」

「福田さん、なんでここに?」

 福田の軽い挨拶に頭を下げて応じつつ、南は疑問をぶつける。そんな南のへの質問に福田は小声、かつ手短に回答する。

「……ククライが再び動き出した」

「!」

 驚いている南に福田は言葉を続ける。

「やつの狙いはどうやら牧野さんらしい」

 そう言って福田は自身のスマホでククライの動画配信の様子を見せる。病院内では音を出すことが出来ないため、無音の映像を南達は見る。しかし、画面下方向に字幕が出ているため、南もどうにか内容を把握することは出来た。どうやらククライは昨日断罪しそびれた被害者を今日こそは断罪すると息巻いているようだ。

「そんな……!」

 あいねは思わず口元を両手で抑える。

「そりゃ……そうか」

 一方でみさはため息を漏らす。

「さて、君に改めて聞こう。君は、彼女を助けたいと思うかい?」

 福田に改めて問われ、南は押し黙り……そして答える。

「やっぱり……分かりません」

「!」

 あいねはそんな南の回答に目を見開く。その目線には期待とは異なる回答への失望の色も混ざっているように思える。

「……」

 みさも何も言わず、ただ軽く鼻を鳴らす。

「……」

 そして、福田は何も言わない。ただ、まるで最初から分かっているかのように南の続きの言葉を待つ。そして、それに呼応するかのように南は答える。

「あの人の事情は分かりました。同情の余地はあるんだと思います。助けてあげられるなら……助けてあげたいと思わなくもないんです。でも、同時にあんなしょうもないことをして、それで自身の首を絞めたような人を……また、怖くて痛い思いをして助ける義理も、覚悟も、俺には無いんです」

 そう言って南は昨日の戦いを思いだす。ジモクにマウントを取られて連続で斬り付けられた時、死ぬかもしれないという恐怖を感じた。実際、あの時のジモクは自分を殺すことが出来るだけの力を持っていただろう。だが、そのジモクからは殺意を感じなかった。相手を痛めつけた結果、殺してしまうかもしれないが、そんなことは知ったことではない……そういった身勝手で無邪気な欲望のようなものが感じられた。そのことを思い出すと南には、あのような戦いに再び身を投じるような気にはなれなかった。

 そんな南の正直な感想を聞いた福田は、一瞬口元を小さくゆがませた後、南の肩を軽く叩く。

「なるほど。君の思いは理解したよ。だったら司馬君、君の戦う理由を作ってあげよう」

「戦う……理由?」

 福田の言葉の意味が分からず、南は鸚鵡返しをする。そんな南の反応に福田は頷く。

「ああ。司馬君……君、自由は欲しくないかい?」

「自由……?」

 福田の問いの意味が分からず、南は首を傾げる。

「そう、自由。君……お金が必要でしょ?だから必死で特待生になって、返済が必要な奨学金を借りてバイトしながら寮生活送ってるんでしょ?」

「!?」

 目の前のこの男は自分の事情をどこまで知っているのか、南は福田という男に対して初めて恐怖を感じていた。それは後ろで二人の会話を聞いていたみさも同じだったらしい。口を開けて信じられないものを見るような目で福田を見ている。だが、そんな二人の反応を意に介さず福田は言葉を続ける。

「もし、君が我々に協力してくれるなら、返済不要の企業奨学金を君に支給するよう取り計らうよ。それに、朝起グループへの就職の推薦も取り付けよう」

「!?」

 予想外の提案内容に南は思わず目を見開く。

「そうすればバイトの時間だって減らして学業に専念する時間を確保できる……。今の君には命を懸けるに足る理由じゃないかい?」

 あまりにも魅力的な提案。しかし、それを持ってきた男はまるで悪魔様に南には感じられる。全身から脂汗が噴き出し、心臓が高鳴る。福田の言う自由。それは確かに南が求めていたものだ。そして、その自由を得るためには確かに金が必要だ。だが、そのために命を懸けることが自分にはできるだろうか。金か、命か。その二つが南の頭の中でぐるぐると回り始める。


 金か、命か。金か、命か。金か、命か。金か、命か。金か、命か……。


「ちょっとあんた……気が付いたらエスポワール号にでも乗せられそうな顔になってるけど、大丈夫なの?」

 そんな南の様子を心配したみさは声をかける。しかし、そんなみさの声も頭に入らない様子で南は考える。

 そして、その末に悪魔の誘惑を払いのけることが出来なかった南は、その要求を呑むのだった。

「……俺……戦います……」

 そう答えた南の背後で、あいねは顔を輝かせ、みさはため息を漏らす。そして福田はいつもと変わらぬ表情で応える。

「そりゃありがたい。それじゃ、行こうか」

 南が頷いたことを確認し、福田は歩き出す。そして、南はそれに続く。みさとあいねは互いに顔を見合わせた後、二人の後を追いかけた。

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また、もし興味がありましたら同時に連載中の別作品の方も読んでいただけたらと思います。

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