HATNEA(5)
牧野の両親がエレベーターに乗ったのを見送ってから、南達は改めて牧野の病室をのぞき込む。どうやら、牧野は医師や看護師たちと何かを話しているようだ。そうしていると、牧野は部屋を除きこんでいる南達の存在に気が付く。
「勝間……さん……!?」
南ほどではないが、どうやらあいねと牧野も別に仲がそこまでよいわけでもないらしい。何故あいねが自身の病室前にいるのか理解できない牧野は驚きの表情で、他人行儀にあいねの名字を呼ぶ。
「や、牧野さん。どもども」
牧野の警戒や戸惑いを察しつつも、あえていつものゆるーいテンションであいねは挨拶をする。
「お友達ですか?」
医師は南達を振り返ってみた後に、牧野に確認をする。
「……バイト先の……同僚……です」
それを聞いて医師は軽く微笑み、看護師も頷く。
「そうですか。では我々は一旦席を外しましょう。幸い身体には異常はないようですが、何かあったらナースコールで呼んでください」
「分かりました……」
牧野が頷くと、医師たちは牧野へ会釈、そして南達にも会釈して部屋を出ていく。その後、南達は牧野の病室へと足を踏み入れる。そんな三人に牧野は警戒の眼差しを送る。
「……あんた達……何しに来たの?別に、あんたと私は何かあった時に見舞いに来てもらったりするような間柄ではなかったと思うんだけど」
その一言がみさの逆鱗に触れる。
「うちの可愛いあいねが見舞いに来たのにその態度……ぐぎぎぎぎぎ……このアマ……許さん……」
物騒なことをつぶやきながら殺意を放ちだすみさをみて、南は慌てて宥めにかかる。
「先輩……!落ち着いてください、先輩……!」
そんな二人のやり取りを気にも留めず、あいねは牧野と会話を続ける。
「そりゃお見舞いだよー。職場の同僚がが倒れたって聞いたら心配もするよ」
あいねの回答に牧野は鼻を鳴らしてつっけんどんに返す。
「そりゃわざわざどーも」
それ以上は特に会話を続けるつもりはない……と言わんばかりに牧野は押し黙る。
(なんか……虚勢張ってるなあ)
デジタルツイン上での牧野の様子を知っている上に先ほどの光景を見てしまっていた南には、彼女の態度は恐怖や不安の裏返しのように感じられた。そして、彼女の家族に対する不安に自身もどこかで共感しているからだろうか。気が付けば南の口から正直な質問が飛び出していた。
「さっきの人達ってご両親ですか?」
その質問に牧野の表情が一瞬強張る。そして彼女は険しい視線を南に送り付ける。
「あんたには関係ないだろ……!」
「す、すみません」
真向から投げつけられた敵意にも似た感情に南は一瞬たじろぐ。しかし、みさは、牧野が放つ棘のような敵意を大して気にも留めもせず問を彼女に投げつける。
「随分と娘思いのご両親みたいね。病院であんな大声出して娘にお説教なんて」
牧野はみさを思わずにらみつける。
「おめえには関係ねぇだろ……!大体おめえは誰なんだよ!二人して同じような顔やがって!」
そういって牧野はみさとあいねの顔を見比べる。それを見てみさとあいねは互いに顔を見合わせてから笑う。
「そりゃまあ、双子の姉妹だし」
みさの回答に牧野は思わず二度ほど瞬きをした後、二人を見比べる。
「あんた達……双子だったんだ……」
「うん。みさちゃん、私の自慢のお姉ちゃんなんだから」
うれしそうにあいねは笑う。そんなあいねの『自慢の』というところが引っかかったのだろうか、牧野の表情が一瞬陰る。そのことにが気になった南は思わず疑問を口にしてしまう。
「ご兄弟、いらっしゃるんですか?」
そんな南の質問に牧野はため息を漏らす。
「なんであんたはいちいちあたしの家族のこと聞いてくるのよ……」
「すみません」
南は頭を掻きながら謝罪し、そして続ける。
「ただ、なんとなく色々思うところあるのかなって……」
そう言いながら南自身も過去の家族とのやり取りが脳裏を過り、気が沈んでいく。そんな南の仕草から何かを察したわけでもないのだが、なんか引っかかりを覚えた牧野は気が付いたら彼の質問に答えていた。
「いるよ。『自慢の』兄が……」
そこから牧野はぽつぽつと自身の身の上を語り始めた。
「うちのパパはエリートでさ、昔から厳しかったんだ。ママはそんなパパにいつも逆らえなくてびくびくしてた。そんでお兄ちゃんや私にもパパはものすごくキツく当たってたんだ。成績は一番じゃなきゃだめだとかさ」
三人は無言で牧野の語りを聞く。
「お兄ちゃんはパパの期待に応えて学校ですごい成績とってたんだ……。でも、私はそういうの、全然だめでさ……気が付いたらパパは私に期待しなくなっていた」
そう言って牧野は自身の布団を力を込めて握っていた。
「それからはしょっちゅうパパに小言言われてさ……家にいるのもつらくてさ……気が付いたら学校の周りにいる奴らと馬鹿なことしてるときくらいしか気が休まらなくなっててさ……」
そう言いながら徐々に牧野は涙ぐみはじめる。
「そんな仲間内でウケたいってつもりで馬鹿やったらこんなことになるなんて……」
震える声で牧野は涙を零す。そんな彼女の背中にあいねはそっと手を置く。
「そっかそっか……辛かったよね」
それ以上は何も言わずあいねは、牧野が落ち着くまで彼女の背中をさすっていた。そんな彼女たちを見ているとき、南はどこか自分自身の心が軽くなったような気がしていた。一体、何に自分は救われているのだろうか。それは南自身にも分かっていなかった。
真っ黒な画面の中に突如として炎のエフェクトが吹きあれる。そして、さらにピンク色の髪の毛をしたツインテールの少女のアバターが現れる。
『どうも、みんなのAIバーチャルストリーマー、ククライ……DEATH!』
ククライはいつもと違った様子で断罪配信を始める。
『本日の断罪配信……それは断罪~りべーんじ!!』
そういってククライはポーズをとる。直後、背後で爆発のエフェクトが発生し『断罪リベンジ』の巨大なロゴが現れる。そんな配信の始まりにリスナー達は『いつもとノリが違う』『今日は違う企画?』などと口々にコメントをする。
「今回のターゲットは……再びっ!前回の断罪配信の時に邪魔が入って断罪しきれなかった『自動配送ロボット虐待集団』の断罪をやっていくよー!」
そんなククライの説明に再びリスナー達が盛り上がり始める。それを受けてリスナー達は盛り上がり始め、そして呼応するようにククライもテンションを上げる。
「それじゃあやっていきましょう!はいだーんざい!ほらだーんざい!だーんざい!あそれ、だーんざい!」
昨日の惨劇の続きが始まろうとしていた。