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HATENA(4)

「――ん……」

 気が付くと、視界には見知らぬ天井が映っていた。鼻腔に漂うのは嗅ぎなれない匂い……消毒液の匂いだ。

「ここは……」

 不思議に思いながら上体を起こし周囲を見回す。視界に映るのは、自身を取り囲む白い壁だ。清潔感のある室内と、先ほどから鼻腔を刺激する独特の匂いから、自身がいる場所がどこかを推測し、それを口にする。

「もしかして……ここは病院……?」

 直後、部屋の扉が開き、一人の人物が室内に入ってくる。その人物は、答え合わせをするかのように白衣を纏っている。

「あ……牧野さん、目覚められましたか!」

 看護師は、目を覚ました患者を見て微笑むとゆっくり歩いて近づいてくる。

「具合はどうですか?」

「……具合?」

 何故自身が病室にいるのか、これまでのことが全く思い出せず牧野由香里は首を傾げた。そんな牧野に看護師は頷くと状況を説明する。

「はい、貴女は昨晩急に倒れて意識不明となったため、こちらの病院に救急で搬送されてきたんです」

「意識……不明……?」

 看護師の説明に牧野は引っかかりを覚える。意識不明になったというが、昨晩の記憶が全くない。自身がどのような状況で倒れたのか思い出す。その瞬間に脳裏を過った現実感の無い記憶に身体がガクガクと震えだす。目と耳が大量にある黒い人型の化け物に取り囲まれていたときのおぞましい記憶。

「あ、あ……」

 そんな牧野を見て看護師は心配そうに牧野の顔を覗き込み、背中にそっと手を当てる。

「大丈夫ですか……?」

 背中越しに伝わる人のぬくもりのおかげか、牧野は少し落ち着きを取り戻す。

「……だ、大丈夫です」

「あなたは原因は不明ですが、意識不明になっていったんです。今ようやく目を覚まされたところですし、極力無理はなさらないでください」

「は、はい……」

「とりあえず私は牧野さんが目覚めたこと、先生達に報告してきますので、引き続き身体を休めていてください」

「分かりました……」

 看護師は立ち上がると、病室から出ていく。それから間もなくして、再び病室の扉が開く。部屋の外からは二人の中年の男女の姿が現れる。その姿を見て牧野は表情を強張らせ、そして相手の名前を呼ぶ。

「パパ……ママ……」


 その頃、南達は病院の受付窓口に来ていた。

「お姉ちゃん、南君。面会手続き終わったよ」

 あいねはそう言うと、南達に首からぶら下げるカードを手渡す。

「あ、ありがとうございます」

 受け取ったカードを首から下げながら南は礼を言う。

「ありがと。まったく……被害者の顔も知らないし、なんの関係もないのにあたしはなんでこんなところに来てるやら……」

 みさはため息を漏らしつつ、やはり首から面会者用カードをぶら下げる。

「まぁまぁ。袖振り合うも他生の縁って奴だよ、きっとこれも」

「まあ、それもそうね!」

 あいねの言葉にみさは瞬時に笑顔になる。その様子に驚きあきれた南は正直な内心の感想を漏らす。

(……ほんとこの人の変わり身凄いな……)

 しかし、そんなことも構わずにあいねは二人に病室へと向かうように促す。

「さあ、とりあえず牧野さんの病室へいこ?」

「そうね」

「はい」

 南とみさはそれぞれ同意すると、三人は病院内のエレベーターへと向かって歩き出した。


「ふざけるなっ!」

 三人が目的階にたどり着いたエレベーターから降りて、最初に耳にしたのは病室内から廊下にまで響く怒声だった。その声を聴いた三人は思わず顔を見合わせる。

「今の声……その牧野って子の部屋からの声じゃないといいんだけど……」

 みさはそんなことを言う傍ら、あいねがエレベーター横の病室案内図を眺める。それから困ったような笑い顔を浮かべる。

「あの部屋……みたい」

 そう言ってあいねは先ほどから怒声が漏れ出している部屋の方へと指さす。みさと南は互いに顔を見合わせる。そして、みさはため息を漏らした。


 とりあえず三人は、牧野が入院していると思われる病室へと近づく。そして、少し空いていた扉から病室内の様子を伺う。

 室内では、病室のベッドの上で状態を起こしていた牧野が頬を抑えている。そして、そんな彼女の眼前には中年の男女が立っている。

「……あれ、ご両親かな?」

「多分そうじゃない?」

 あいねとみさがそんなことを言っていると、男が吠える。

「こんなバカな動画を上げて炎上なんかして!しかも個人情報まで特定されて!おかげで会社の方までひっきりなしに嫌がらせや問い合わせの電話がなりやまん!お前は何もできないだけじゃなく、どこまで家族に迷惑をかければ気が済むんだ!!」

「ごめんなさい……」

 そんな二人のやり取りに、南はかつて母にぶつけられた言葉の数々が脳裏を過る。

『本当に……どうして、あんたはそんなこともできないの?』

『お父さんだって忙しいのよ!私だって、あんたの世話ばかりに時間を取られたくないの!』

 一瞬にして全身に脂汗が浮き上がり、呼吸が荒くなる。

「……司馬君……?」

 南が様子が一瞬でおかしくなったことに気が付いたあいねは訝しみながら声をかける。直後、早歩きで医者と看護師が病室へやってきた。

「何をしているんですか!大声を出して他の病室から苦情が入っている上、まだお嬢さんは目が覚めたばかりで容態だってはっきりしていないんです!」

 看護師が牧野の父を諫める。

「……すみません」

 牧野の父は諫められたことに気恥ずかしさを感じたのか、一瞬でトーンダウンする。

「とりあえず今日は面会はここで中止とさせてください。お嬢さんの容態をこちらで確認したうえで改めてご連絡差し上げますので」

「分かりました」

 医師に言われた牧野の父はバツが悪そうな顔をしながら、病室の外へと出ていこうとし、牧野の母らしき女性がそれに続く。

 それに気が付いた南達は慌てて病室の扉から離れ、他人の振りをしてやり過ごすことにした。

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