HATENA(3)
「さて、ここからが本題だ」
福田はそう言って、替えの煙草を差し込んで起動した電子タバコを再び吸い始めた後に語りだす。
「私達はデジタルツインにとらわれてしまった人達を助けるために『Stargazer』を作った。このアプリは使用者の意識を遠渡星様が力を付与したアバターへと憑依させ、ジモクと戦う力を与えるものだ……と、いうのは君にも理解してもらえたと思う」
「はい」
福田の問いかけに南は頷く。
「作ってみてから分かったんだが、このアプリはごく一部の遠渡星様の霊力に適合出来る人間にしか利用できない代物だったんだ。そこで我々は、このアプリを利用できる人間を探すべく、様々な人物にモニターを依頼した。しかし、アプリを起動し、アバターに憑依できる人間はなかなか現れず途方に暮れていたんだ」
そう言ってから福田は電子タバコ吸い、そして息を吐き出す。
「そんな時に、Stargazerを起動し、アバターと憑依し、そしてあまつさえジモクを倒してのける人物が現れた……そう、司馬南君……君だ」
福田はそう言って南に目線を向ける。
「そこで君に頼みたい。これからも私達と共に戦ってくれないかい?」
自身を見つめる福田の目に、底知れなさを感じた南はつばを飲み込んだ。
「え……えぇと……自分は……」
その頃、星降神社の前に二台の自動運転車が止まった。片方の自動運転車からは澤野が、そしてもう片方からは西山が下りてくる。西山に気が付いた澤野は彼女に声をかける。
「西山さん、おはようございます」
「さ、澤野さん。お……おはようございます」
西山はおどおどとした様子で澤野に挨拶を返す。
(そんなに挙動不審にならなくてもいいじゃないか)
西山の反応を見て澤野は内心ため息を漏らす。彼女と初めて出会ってからは既に数カ月経過しているが、一向に打ち解ける様子はない。なんでも、福田の所属する会社の四次請け、それもとりわけブラックな会社に所属していたとの話なのだが、そこでよっぽど人間不信になることでもあったのだろうかと聞きたくなる。
「あ……」
しかし、そんな澤野の内心も露知らず、何かに気が付いた西山は神社の入り口の階段上へと目線を向ける。そこには、階段を降りて外に出ようとする南達の姿があった。澤野達の姿に気が付いた南達は頭を下げながら石段を降りて、澤野達に近づいてくる。そんな彼らに澤野は声をかけた。
「目が覚めたんだ、よかった。おはよう、司馬君」
「おはようございます」
澤野の前に来た南は改めて澤野と西山に頭を下げる。そんな南の様子を見て澤野は胸をなでおろす。
「いやー、初めてあのアプリまともに動かしたし、その後司馬君がぶっ倒れちゃうし……何かあったらどうしようかと思ったけど、目を覚ましてくれてよかった」
「……ご心配おかけしました」
知り合って間もない人物に心配されて、どう返したものかと考えあぐねた南は後頭部をぽりぽりと掻く。
「いやいや、こちらこそごめんね。あんな危険な目に合わせて。福田さん何か言ってた?」
あの得体のしれない男は想定外の事態に事情を知らない学生を巻き込んだことに対して反省の弁などはあったのだろうかと確認をする。澤野の言葉に南の頭を掻く手が止まる。
「あー……あのアプリを使ってこれからも戦ってくれないかって……」
南の回答を聞いた澤野の表情が強張る。そして、恐る恐る南に問いかける。
「それ……なんて答えたの?」
「断られてしまったな」
南達が部屋を出ていった後、星降神社の神職住宅内では遠渡星が福田に声をかけていた。
「まあ、仕方ないでしょうね。平和な一学生が急に訳の分からない電脳空間で戦わされて、色々と恐怖を味わったんです。いきなり戦ってくれといって首を縦に振る者の方が少ないでしょう」
福田の言葉に遠渡星は無言で頷く。
「しかし、これからどうするつもりだ。アプリに適合した人間は彼以外にいないようだが」
遠渡星がそう聞いた直後、福田のスマホから通知音がなる。
「ちょっと待ってください」
遠渡星にそう言うと、福田はスマホを取り出して通知の内容を確認する。そんな福田の様子を遠渡星は無言で眺める。福田の頭越しに見えるスマホの画面には『身辺調査結果』というメールの件名が表示されていた。その中身に軽く目を通し福田は口の端をゆがめる。
「まあ、なんとかなりそうですよ」
「そうか」
それを聞いた遠渡星の様子は相も変らぬものだった。
「おはようございます。福田さん、こっちにいるってさっき司馬君から聞きました」
直後、玄関の方から澤野の声がする。
「おや、もうそんな時間か」
そう言って福田はスマホを懐にしまうと、軽く伸びをする。
「さて、始めますか」
遠渡星は無言で福田を眺める。福田の言う『始める』に含みがあるように感じられたが、彼はそれが何かを問うことはしなかった。
澤野と別れた後、南達は三人で自動運転車に乗り、南が入居している学生寮へと向かっていた。これまでの生活で集団行動の経験、とりわけ女性とのコミュニケーションが希薄だった南はこういう時に何を話したものかと内心途方に暮れていたが、車に乗り込んだ直後からみさが口を開きだす。それを確認した南は心の内で安堵のため息を漏らした。
「まあ、あんた……あんな訳の分かんない話は降りて正解よ、正解」
「そうなんですか?」
スケールが大きく、自分の理解を超えた事態の連続に何が正解なのかよくわからなっていた南は首を傾げる。
「そりゃあんた……あーんなうさん臭くて訳の分からんもんなんて関わらん方がいいに決まってるでしょ」
みさが呆れたような声を上げ、さらにまくしたてる。
「大体、あんなデジタルツイン上にとらわれた人間が意識不明になるなんて話がおかしいのよ」
「でもみさちゃん。牧野さんは実際、昨日意識不明になって緊急入院したって話だよ」
そう言ってあいねは自身のスマートフォンの画面をみさと南に見せる。そこには『牧野さんの入院先。バイト先の人間として気になるなら司馬君も連れてお見舞い行ってみたら』というチャットアプリ上の福田からのメッセージと共に、病院の場所を示した地図が表示されている。
「……あんたいつの間にあの人と連絡先なんて交換してたのよ……」
みさは額に手を当ててため息を漏らす。
「えー、さっき」
「あんたって子は……」
こともなげに言うあいねにみさはさらにもう一度ため息を漏らす。
「つーかあの人、なんで被害者の入院先まで押さえてるの……?」
「そういえば……そうですね」
みさの疑問に南も同意する。
「別に福田さん、牧野さんのことを直接知っているというわけではなさそうでしたしね」
「まさかとは思うけど……職権乱用して他人の個人情報とか勝手に抜いてるんじゃないでしょうね、あの人……」
「こじんじょうほう……?」
昨今のIT事情に疎い南は、みさが何を言わんとしているのかわからず、ただ彼女の口にした固有名詞を意味も分からずそのまま漏らす。そんな南の様子から彼の内心を察したのか、みさは再びため息を漏らす。
「勝手に他人のデータを覗いて利用しちゃだめってこと」
「なるほど、ありがとうございます」
南は解説してもらったことに素直に感謝の意を述べる。
「まったくどこまで素直なんだか……」
みさはあきれ顔で鼻から息を長く吐く。
「とりあえず南君、寮戻ったら一回、牧野さんの様子見に行ってみない?」
「え?」
あいねからの提案を予期していなかった南は困惑する。そんな南の反応をあいねは不思議そうに眺める。
「だって君が助けた人だよ?様子気にならない?」
「ああ……たしかにそういえば……そうなんですよね」
どうにも現実感の無い出来事の連続であったため、南としては助けたという実感がどこか薄かったせいだろうか。あいねに提案されるまで様子を見に行くという発想が南の頭からすっぽり抜け落ちていた。
「そうそう、だからさ。ちょっとこの後行ってみようよ」
「あ、あぁはい……」
あいねの勢いに押されて南はおずおずと同意する。その背後ではみさがすさまじい圧の籠った目線を送ってくる。これは断ったらどういった剣幕で詰め寄られていたのだろうかと南は内心で冷や汗をかく。
『まもなく、目的地に到着します』
直後、目的地到着を告げるガイダンス音声が鳴り響く。
(た、助かった……)
この状況から解放されると思った南は内心で一息つく。しかし、南は忘れていた。先ほどのあいねの提案を了承してしまった以上、すぐに戻ってきて三人で自動運転車で移動しなければならないということを。